パ ン の 耳


お金がないですよー。
リアルに財布が問いかけてくる。えーと、今月何に使ったっけ?新年会行って新年会行って…あ、新年会行った。
馬鹿か俺は!真剣に財布を壁に投げつける。即座に隣室から講義の音がしたが気にしない。

(…なんか、かっこつけたこと言った、俺……)

俺の誕生日だけど、いつも世話になってるし飯奢る、みたいな感じのことを。
数週間前の自分を恨んでみたって始まらない。そしてそれを告げたときの笠井が珍しく表情を崩して(最近ではそりゃもう達観した表情で全てを受け流していたのだ)、そこで思わず調子に乗って調子に乗ったことをしたら(その日はまぁ泊りであったわけで)怒らせてしまってあれ以来会ってない。しかし予定のキャンセルの知らせはないから、待ち合わせの場所には来るだろう。
ごめん金ないからやっぱ割り勘で、というのは簡単だ。もしかしたら誕生日ですからねと奢ってくれるかもしれない。そっちの方が好感度アップな気がしてきた。やっぱり三上先輩ですね、とか言われそう。
…それじゃ駄目だ。三上は財布を拾う。一人暮らしを始めてからひとつひとつのリアクションが大きくなったような気がして、誰かが見ていたわけでもないのに後悔する。

もう大学を卒業する。4年間、やはりサッカーをしていた。
そこで終わりにするつもりだった。就職活動をして素直に社会に出て、出来るならば安定職。

(…変われねぇなぁ…)

留学していた笠井が帰国したのはまだ最近だ。傍にいたくてしょうがない。それでもサッカーを選んだ。
また、サッカーを……

三上の思考を中断したのは来客だった。呼び鈴が壊れているのを知っている知人なのだろう、乱暴にドアが叩かれる。思わず舌打ちをして、それどころではなかったが仕方なしに玄関へ向かった。

「はいっ……」
「どうも」
「……あの…?」
「先制攻撃をと思って」

笠井だ。
…どうしていつも勝たせてくれないのだろう。自分が財布を握ったままだったと、笠井の視線で気がつく。

「…先輩の、誕生日なので」
「笠井…」
「パン屋さんからどっさりパンの耳をもらってきました」
「…泣いていい?」
「やだなぁ感涙してもらえるなんて、考えた甲斐がありました」
「……あの…ギャグ?」
「本気」
「…俺は礼をいわねぇぞ」
「何なら卵もお付けしましょう」
「性格悪くなったなお前」
「誰のせい?」
「俺のせいではないのは確か」
「……中入っていいですか?鳩にパンやってたら寒くて」
「残りかよ!」
「流石に鳩がついでです」

笠井が中に入り、パンの耳のぎっしり詰まった袋を押し付けられる。えーまじすか笠井さん、これで何日か生きれそうだけど、でも俺パンの耳嫌いなんだよ、あ、承知ですか、承知の上ですね、すんません馬鹿なこと考えました。笠井の視線だけでも悟って三上は諦めた。

「今日どうします?」
「はい?」
「俺が何か作ってもいいですけど」
「えー」
「……人が嫌がるときは作らせるくせに…」
「つか」
「どうせお金ないでしょう。女の子侍らして死ぬほど飲み会やったらしーですし?」
「いや…侍らすっつか、寄ってくる」
「あ、認めた」
「……」
「やだなーなんかあんた読めてきちゃった自分が…」
「誰かに聞いたんじゃねぇのかよ…」
「…どーせ、祝いだなんだとこじつけて引っ張りまわされてたんでしょ」

読まれきっている。おまけに祝いという割りにキッチリ三上にも払わせるのだ。

「いいよ、ご飯はまた今度奢ってもらうってことで」
「…笠井、」
「あんたが俺といるためにサッカーを諦める理由はないよ」
「……」
「だから、応援してますから」
「…給料入ったら、おごります」
「うん」

サッカーチームに入ることになった。気になっている選手のいるチームから声をかけてもらえたのだ。
相談する間はなかった。深く考える間も。あの瞬間は、笠井を忘れていたのは事実。
さぁ何にしましょうか、笠井が笑いかけてくる。買い物行きます?と聞かれて抱きしめた。

「…おーい」
「笠井さんが、って言ったら、怒る?」
「…おっさん…」
「食べたい。出来れば今すぐ」
「パンの耳片付けたら考えてもいいですよ?」

三上のあごに指先を添えて、ご丁寧にウインクを添えて女王様はささやく。
どうしてこんなに可愛くなくなっちゃったんだろう。昔の彼ならパンの耳をぎっしり詰め込んだビニール袋を持って往来を歩くなんてこと出来なかったはずなのに。

「……せめて夜まで待ちません?」
「それは、それ」

 

 


自分のインフルエンザに阻まれて当日完成しなかった…

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