た ん す


「ただいまー……」

足を踏み込み、違和感。笠井は靴を脱ぎながら中の様子を伺うが、どうも人の気配がしない。さっきメールを送ったときは返事があったのだが。
なんだあいつ、うどん食いたいと言い出すからわざわざスーパーへ寄って来たというのに、待ちきれずに出て行ってしまったのだろうか。

(…そして、お礼が、ない…)

照れくさかったのだろうか。つーか俺も我ながら恥ずかしいことをしたとは思ってるけどね、それを思うと触れられない方がいいのかもしれない。
台所へ入って買ってきたものを冷蔵庫へしまう。シンクが恐ろしいことになっていた。俺、一泊空けただけだよね?家事なら自分よりもずっと得意なくせに、笠井が黙っていると絶対しない。仕方なく山となった食器を片付け始めると、奥から物音がする。

「……」

うち、盗るもんないですけど。
思わず洗いかけの包丁を握ったが、ふと玄関に靴があったのを思い出す。またソファーで寝ていただけか。思わぬ解決に手を拭い、電気のついていないそっちへ向かった。

「せんぱーい、ただいま」
「…おー…」
「……声死んでない?」
「お前、帰ってくんの今日だっけ?」
「一泊っていったじゃん」
「一泊?…げ、俺何時間寝てんだ…」
「おーい」

さっきの物音はソファーから足が落ちた音らしい。かかとをさする三上を笑いながら電気をつける。
……部屋の中も恐ろしい惨状だった。なんで俺、一泊でも外泊したんだろう。以前はこうではなかったはずだ。一緒に住み始めたのはまだ最近で、それまではお互い一人暮らしをしていたのだから片付けぐらい出来るはず。三上は忙しいからと、無意識に甘やかしていたのだろうか。

「あーっやっべ…今何時?」
「6時すぎです。うどん食べます?台所片付いたら、ですけど」
「いる。6時か…」

ソファーから起き上がった三上が笠井を見た。思いがけず見つめられ、笠井が緊張する。

「…お前、もう一泊ぐらいどっかで泊まってこねぇ?」
「はぁ?」
「いや…」
「この部屋の惨状見てから家出れますか。…ナニ?部屋のどっかに誰か隠れてんですか?」
「ンなわけあるか」
「…ほんとに声凄いんですけど。風邪ですか?」

喉をやられているのか、普段よりも声が低い。どう考えても風邪だろう。まさか大声を出し続けた、とは考えにくい。
近寄っていくと三上は嫌な顔をする。というよりも露骨に顔を引かれ、今度は笠井が嫌な顔をする番だ。

「何ですか」
「インフルエンザ」
「……」

ぐ、と三上が咳を堪えた。しかしやはり堪えきれず、笠井から顔を逸らして咳をする。その瞬間の後頭部へ笠井が平手を打った。

「イッテ!」
「ソファーで寝るな!」
「いや…ベッド行くのしんどくて」
「あんたはガキか!」
「上あがったらトイレ行けねーし、テレビないから暇だし」
「だからってこんな……あーもう!」

三上をソファーに押し付けて、笠井は階段を駆け上がった。着替えもと思ったがとりあえずは布団だけ抱えて下へ戻る。
馬鹿じゃないの。この一瞬でうつるはずもないが頭痛がした。

「笠井」
「ソファーでいいから寝て下さい!」
「か、」
「寝る!」
「……ハイ」

横になった三上に布団をかけて、部屋の暖房も入れて体温計を探しに行く。
あとなんだ?どうせ飯も食ってないし着替えてもいない。ガキかあの人!人の心配する余裕あったら自分のことしろよ!
言いたいことはいろいろあったが今は抑えて、台所で鍋をセットして、体温計は流石に三上の近くで見つかった。

「病院は行ったんですね」
「薬、どっかに」
「ったく…薬あるなら食べなきゃ飲めないでしょうが!せめて暖房ぐらい入れてなさい!」
「いや、熱くなってきたから。んで気付いたら寝てて」
「もー…あんた誠二笑えませんよぉ…」

丈夫なのか奇跡なのか、熱はそんなに高くない。しかし相当だるいはずだ。それは中学のときから見ていて知ってる。
じっと三上を睨んでいたが、はっと思い出して台所へ戻った。鍋を見てうどんを落とす。食わせて薬飲ませて体拭いて、流石に三上を抱き上げは出来ないからここで寝てもらうしかないだろう。ソファーの上より布団を敷いた方がいいのだろうか、いや、あれはソファーベッドだ。机を退ければ広げられる。三上は机をどける気力もなかったのだろう。

「……たんす、なんか開けてないだろうなぁ…」

あとで回収に行こう。時間が経てば恥ずかしいばかりだ。
出来たうどんを持って三上の下へ。咳に加えてくしゃみまでした三上にすぐに上着を取ってくる。どんぶりを持ち上げられないので机に置いたままだ。この前いつ食べた?聞いてみても返事はない。

「不養生にもほどがあります。最低最悪」
「ダリィんだよ。…お前もいねぇし」
「……」
「…だっせぇけどよ、俺は、いっつもお前がまた戻ってこないんじゃないかって」
「…馬鹿だなぁ。いつまでもお姫様してられる年じゃないですよ」
「だよなぁ」
「そこで即答?」

病人じゃなきゃ殴るぞ。
笠井は実家に戻っていた。昔と比べるとずっと関係はいい。だから時々戻って一緒に食事をして近況報告をするようにしているが、やはり、忘れられないものは変わらない。もう何年も前のことなのに。

「…つーか、お前、もういいからどっか行けよ。うつったらどーすんだ」
「……」

三上をうどんから引き剥がしてソファーの背もたれに押し付ける。力のない病人の抵抗など障害ではない。何も言わずに口付けて、久しぶりの食事でようやく潤っただろう唇に噛み付いた。このまま行為に突入するかのような激しい口付けに、三上はなす術がない。

「か…さい!」
「めんどくさい」
「はっ!?」
「病人がうだうだ考えるなって言ってるんです!うつしてもらったら俺は万々歳ですよ家事の一切あんたに任せられるからね!」
「お前…」
「大体あんたを今日ひとりにしようと思えるほど非道じゃないですよ俺は!」
「今日?」
「どうせ日付感覚ないんでしょうけど。嫌がらせで買ってきたケーキは俺が片付けますからお気になさらず」
「……あー…今日か…」

携帯どっかいったからなぁ。箸を持て余しながら三上は言い訳を呟く。多分ソファーの下だけど、面倒で。ところであの、退いてはもらえないですか。
しばらく三上を見下ろして、笠井は隣に腰を下ろす。とりあえず怒らせたことは確かだとわかり、三上は顔を逸らして食事を再開した。

「…いつからそれ着てんの?」
「あー…お前出てから着替えてない」
「最悪…」
「何でたんす?」
「別に」

馬鹿だな。…俺も、馬鹿だったけど。
たんすなら開けるかなと思って、プレゼントを入れておいたわけなんですよ。冷蔵庫とか色々考えたけどね。それどころもないんじゃしょうがない。

「…仕事は?」
「電話した。つーか絶対あいつにうつされた…」
「あぁ、誰かインフルエンザ出たって言ってたね」
「くっそ…復帰したら走らせる…」
「…誰だっけ、木野くん?」
「木野」
「……先に笠井君構ってくれたりしないんですか」
「……お前さ…定職つこうぜ」
「悪かったですねまだ卒業できなくて!」

誰のせいだよ!とは言わない。自分のせいで駄目だったことにしているから。

「……食べたら熱測って下さいね」
「ああ。今日はなかったし、明日もなかったらもう学校行っていいってよ」
「学校…せめて仕事って言ったらどうですか」
「あー…一緒だろ」
「一緒だけど。 ……俺、明日は、学校行ってバイト行きます」
「了解」
「……誕生日、おめでとう…」

最悪のシチュエーションだけど。笠井が呟いたのを三上が笑う。この男、自分が何かをするときは雰囲気を気にするくせに、笠井が意識しているとそれを馬鹿にしてくる。

「愛されてんね、俺も」
「今更じゃんー、馬鹿。なんならうつされてあげる。誠心誠意俺の世話して返してくれればいいよ」
「お前にうつったら俺寮に泊まってこよう」
「ばか」
「あ、たんすのもらったから」
「……は?」
「いや、折角お前いねーからへそくりとか隠してねーかなーと思って漁ったら、出てきた」
「……死にたい…」
「3倍返ししましょーか?」
「収入違うんだから当然です」

三上が笑うのから逃げて、水を取りに行く。くそ、頭からかけてやろうか。
戻ってから三上を立たせ、薬を飲む間に寝れるように準備をする。

「…どうせそんだけかいがいしくされるならメイド…あっごめんなさい!十分素敵!そそる!」
「盛るな!」
「えー、ご奉仕は?」
「口は達者ですね。元気そうなので体ぐらい自分で拭いて下さい」
「あ、俺実は40度ほど」
「……」
「ごめん。怒るなって」

からかいながらも時々咳をしていて、笠井は黙って布団を指した。着替えを取りに行こうとする笠井を、三上が引き止める。

「いっこ いい?」
「何ですか」
「『男のレシピ』ってのは?」
「あんたに料理ぐらいしてもらわないと割に合いませんって話」

いい加減プレゼントのネタ尽きたんです。
冷たい態度で行ってしまう笠井にあっけに取られ、大人しく布団に潜り込んでから三上は笑い出す。

俺そんなに冷たくしてましたっけ?
誰かさんが甘やかしてくれるから、無意識のうちにすっかり甘えていたらしい。

「んじゃ完治したらご奉仕といきますか」
「なんならメイドでやってくれてもいいですよ」
「……お望みなの?」
「ちょっと見たい」
「ぜってーやんねぇ…」

 

 


妹がインフルエンザかかったので記念に。まとまらず無駄に長い…。たんすは?あれ?
笠井に頼りきりの駄目な三上が書いてみたかったんですが、なんとなく三上の方が強い…。

060122

 

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