た っ た ひ と つ
「何だ?」
三上はベッドの下に落ちていたものを拾って埃を払う。引っ越しの片付け中で、さっきから色んなものが出てきているので今更どんなものが出てきても驚きはしない。現にいつのか分からないコンドームが出てきたりしている。
それは密閉できるチャックのついた袋で、中に小さなボタンがひとつ入っていた。あぁ、シャツの予備ボタンかと思い当たる。袋に油性ペンで丸が書いてあるのが少し疑問だが、三上は特に気に止めない。「笠井ー、ボタン落ちてたけどいらねーよなー」
「ボタン?何のボタンですか」食器をちらしで包みながら笠井がゆっくり歩いてくる。
三上がそれを差し出すと、笠井はしばらく考えた末にぎゃっと悲鳴をあげて皿を落とした。幸い割れはしなかったが三上は驚き、怯んだ隙に笠井はボタンをひったくる。
破る勢いで袋を開けて、笠井はベランダへ飛び出してボタンを真っ直ぐ下に捨てた。「おい、何だよそれ」
「何でもないです!」
「そんだけ動揺してて何でもないわけがあるか」
「何でもないの!」何やら必死の笠井は顔を真っ赤にしている。さっぱり分からない三上は怪訝な顔をした。
「何なんだ、ただのボタンだろ?」
「そう!ただのボタンです!」
「でも捨てるってこたァただのボタンじゃねぇんだろ?」
「た、ただのボタンですッ」
「……」
「……」じっと三上に睨まれても、笠井が口を割る様子はない。
「…吐かないなら帰る」
「えっ」
「ひとりで頑張って片付けろ」
「ええっ!無理ですッ明日なのに!」
「じゃあ吐け」
「……あ…」
「あ?」
「あんたに言うぐらいなら死んだ方がましだ」
「…ほーぉ…態度でかいんじゃねェ?」
「う」
「お前の引っ越しだよな?俺は関係ねぇよな?」
「…だ…」
「だ?」
「だッ、…」妙に高い声が出て笠井は首を振った。赤い顔のままうずくまるので三上も正面にしゃがみ込む。
「かーさい。笠井さん」
「……笑わない?」
「面白かったら笑う」
「怒らない?」
「…怒られるような代物かよ」
「…〜〜〜〜第二ボタンッ」
「はッ!?」
「…」
「誰の」
「あんたの!」
「…俺 お前にやったっけ?いや違う、シャツのだろ?あれ卒業式の日着たらなくて……笠井?」
「…」何故かすねた様子で笠井は顔をそらした。耳まで赤い。
しばらくそのままの状態で、からかいの言葉でも飛んでくると思っていた笠井はそっと三上を見ようとしたが頭を押さえつけられた。「ちょ、何?」
「何でもねーよ」クソ、三上は内心毒吐いて自分の頬をつねった。顔が緩む。
(ホモは若気の至りとか言ったの誰だよ、俺もこいつも大概おっさんだっつーの)
可愛い、とか、今更なのに。
笠井が困っているのが見て取れる。三上の状態が分からないのだろう、緊張して唇を噛んでいる。「……ゴム使う?」
「!?」
「この部屋でのシメみたいな」
「…かッ…片付けすんだら」
「今がいい」
「……」あ、逃げない。 三上は笠井を引いて、そのまま抱き寄せる。
「…片付かない」
「ンなモン当日で十分だ」
「…」部屋は静かだ。開け放した窓の外から通る人の声がして、笠井は三上のシャツを握る。
(…何だかなぁ)
色々と欲しいものはあった。もっと大切なものもあった。
あんたさえいればいいなんて言いたくないけど。(陳腐)
たったひとつの大切なことであるのは確かだ。
笠井は急所を掴まれた気持ち。一生言われると思う。何度目かに殺意が生まれます。
同性愛は思春期の通過地点みたいなもんらしい。050801
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