羅 生 門


「あっ婆ちゃん」

寺だか神社だか知らないけど、そういう辛気臭いのがうちの傍にはある。婆ちゃんはそこに通うのが日課だ。
あっなんて偶然みたいなことを言ったけど俺は婆ちゃんを待っていた。石段の途中で婆ちゃんを捕まえる。

「丁度よかった。婆ちゃん、ちょ〜っとだけ小遣い貰えねぇかな!」
「また?」
「いいじゃんお願い!」

手を合わせてお願いしてみる。
婆ちゃんが財布に手を伸ばすのが見えた。しわしわの細い手。

「幾ら?」

婆ちゃんの言葉は聞こえてなかった。
初めて見た、婆ちゃんの財布の中身。
頭の中に欲しいものが次々に浮かんでくる。それから、ある考えも。

「婆ちゃん・・・それ全部ちょうだい」
「えっ・・・あっ、こら!」

婆ちゃんの声も聞かずに中途半端な幅の石段を駆けおりる。
手には婆ちゃんの黄色い財布。後ろで聞いたことのない婆ちゃんの高い声がしたけど俺は振り返らなかった。
石段の下に置いていた自転車に飛び乗る。通学チャリってのがいまいち決まらない。
思い切り自転車をこいだ。
前方に猫発見、だけどドラマじゃないから俺は避けない。猫の方が勝手に避ける。
────―だけどクラクションを聞こえない一瞬。俺はトラックを見た。




*




「・・・お?」

目を開けたつもりだがそこは真っ暗で、目を開けてるのか閉じてるのかよく分からなかった。
あー、これってもしかして死んだんだろうか。体を起こしてみた。
だけど元から寝ていたのかどうかも分からない。

「起きた?」
「あ」

振り返ると女の子。真っ暗な中に何故か浮き上がって見える。
目が慣れたわけじゃないらしい、俺は自分が見えない。
女の子は不揃いなおかっぱ頭で、セーラー服を生徒手帳の校則通りに着ている。
ファッション面を覗けば外見は俺好みだったり。余り派手な子も好きじゃないけど、センスがないのも考えものだ。

「お早う」
「・・・・」
「・・・あぁごめんなさい、忘れてた」

彼女の姿が一瞬消えた。
そうかと思えば彼岸花を持って現れる。真っ白な彼岸花。
赤いのだってまともに見たことがないのに、白いのは何だか気味が悪い。

「はいどうぞ。光源よ」
「・・・・」

距離感がよく分からない。
取り敢えず見当をつけて手を伸ばすと花に触った。それを手繰り寄せると同時に自分の姿が見える。

「・・・誰これ」
「蝉丸」
「・・・・」

独り言に彼女はご丁寧に質素簡潔に答えてくれる。何も分からない。
立ち上がってみるとこれは俺の体じゃない。
そんなに長くなかった筈の髪はウルフだし、俺よりずっと背も高い。着ているのは真っ黒なカッターシャツに同じく黒いズボン。うちの制服は上が白で下は灰だ。
喪服か?

「あのね、あなたの体は今病院にあるからそれはその代わりよ。そんなのでもうちの貴重な人員だから大切に扱ってね」
「はぁ・・・」
「さて申し遅れました。あたしは門番の蝶子です。もう2度と会わないことを願うわね」
「・・・病院ってことはあれか?俺は今魂とかそういうこと?」
「そういうこと。そしてここは羅生門」
「・・・・」

生憎と門は見えない。
まぁいい、どうやらここは死んでるのか生きてるのかと言う場所だから何でもアリなんだろう。
どうせ病院のベッドで見てる夢だ。俺ってば案外想像力が豊からしい。

「その花は悲願花。あなたを門まで導くわ。あなたはそこで中に入り、あなたのものを探してくるの」
「は?」
「さぁ選んで。あなたがこの先未だ生きたいのなら羅生門へ、それとも死ぬならあたしと一緒に」
「・・・・」

・・・まぁ、別に、やり残したことがあることがあるとか夢があるとかじゃなく、俺は頭も悪いし将来に期待もないけど。
ただ漠然と、死にたくない。

「・・・行くよ、その何とかって門」
「まぁ、何とかとは失礼ね。同名小説を知らないの?あの門はあれをモデルにして・・・まぁ、知らない方がいいか。タイムリミットは花が教えてくれるわ。赤くなってきたら時間切れよ。 それでは行ってらっしゃい、あなたのものを見付けたら帰ってきて」
「行ってらっしゃいって言われても」
「大丈夫、適当に歩いて。何処を歩いても悲願花が道を作ってくれるから」
「・・・・」

不安が残る。
それでも次の瞬間には彼女は消えてしまったので俺は仕方なく歩きだした。
相変わらず一面の闇で、歩いてても立ち止まっても何も変わらない。その門までどれぐらいの距離があるのかが見当もつかなかった。
あぁヤダなー、面倒臭い。やらなきゃ死ぬってんならしゃーないけど。どれぐらい歩けばいいんだろう。
白い悲願花は相変わらず俺しか見せない。
自分の物じゃない体にも凄い違和感を感じる。足場も見えないせいなのか何かを踏んでいる気がしない。
それでも歩き続けていると疲れてきた頃に何かにぶつかった。油断していた所為でかなり痛い。
さてどうしよう。ここに何かあるというのは分かった。だけど何だ。

「・・・雨?」

水滴が落ちてきて反射的に上を見上げる。
一面の闇には何も見えなかったが、冷たい雫が鼻に落ちた。それが合図だったかのように見えない雫が一気に降り注ぐ。

「げっ」

じわりと服が濡れていった。
雨宿りできる場所があるとは思えない。あっても見えないけど。
反射的にさっきぶつかった何かに体を寄せた。途端に壁が姿を現す。
あぁ、理解した。この花で触ればいいらしい。
数歩下がってみる。左手に大きな扉があった。

「羅生門?」

真っ白だ。
壁を瓦も扉もペンキ塗り立て。
気持ち悪いほど白い。真っ黒な俺(俺じゃないけど)が対照的だ。
取り敢えずこのままだと濡れるだけなので扉を開けて中に入ってみる。門と言う癖にそれは建物だった。
中はじめっとしてかび臭い。いや、かびだけじゃなくて・・・何だ?何かが腐ってるような匂い・・・。
建物の中身も全くの白だった。真っ白な建物の中は暗くもなく明るくもない。
慎重に足を進めた。真っ白すぎて気持ち悪い。
中は影も出来ず、薄っぺらな絵の中を歩いているようだ。主線だけの不安定な世界。
真っ白な階段を見付けて登ってみる。段の途中に何か塊があった。
目が変になったみたいで、フィルターがかかったように赤く見える。CGのような視覚。近付いてみると赤は濃くなって、言うなればモザイクみたいなものだった。
あ・・・これだ、腐敗臭。
何かの死体だ。ここへきてから初めて生というものを実感する。
死にたくない。

取り敢えず階段を登った。
俺の物、俺の物を探せば帰れる。
階段は軋まないどころか俺の足音すら吸い込んでしまう。気持ち悪い場所だ。
階段を登り切った、途端に酷い匂いと赤いモザイク・・・何だココ・・・死体ばかり!?
今度こそ目が可笑しくなったんじゃないだろうか。魚河岸の如く転がっている物体、それら全部が赤い。動きこそしないが、前は生き物だったことを思わせる。
・・・あれ・・・人か?いや、よくみると人だと思える大きさの影ばかりだ。
・・・もしかして、

「自分の物が見つからなかった場合・・・」

・・・だったりしねぇよな・・・?
自分の考えで背筋が寒くなる。

「・・・・」

むせるような匂いに吐き気がした。
だけどこんなところで止まってられない。俺は歩きだす。
殆ど無意識に・・・いや、花に引っ張られるように奥へ。

ガタンと大きな物音が聞こえて飛び上がる。
俺以外に生きてる奴がいるんだろうか。会いたいような会いたくないような。鼠なんてオチでも微妙だ。
山になった人影があった。戦争の絵みたいな光景なのに、赤いフィルターと主線だけの建物の所為でリアリティがない。
その向こう側・・・動いた。

「・・・女?」
「・・・・」

何だろう・・・ゴスロリと言うんだっただろうか。
ちょっと普段にゃ着れないゴテゴテフワフワした、いっそドレスと言うのが近い。俺と同じ、真っ黒なその衣装。
手には俺と同じ、白い彼岸花・・・

「・・・・」

「え?」
「・・・いえ、何でもないの」

彼女は居心地が悪そうに首を振った。
日本人形みたいな顔と服が合わない。彼岸花が加わっていっそうシュールだ。

「あ・・・あんたも自分の物探してるのか」
「えぇ・・・」
「ふーん、俺以外にも・・・なぁ、その財布見せて」
「え・・・」

ためらう女の手から財布を抜き取る。
背景と同じ、主線だけの財布はなんとなく見たことがあった。婆ちゃんの財布?中を見てみると福沢さん複数形。

「あ」
「おーっあった、これじゃん!?俺のって!」
「・・・・」
「ありがとな見付けてくれて!」
「・・・ううん、」
「おっしゃー帰るぞー!・・・あんたは?」
「私は・・・まだ、見つからないから」
「・・・じゃあ、手伝ってやるよ」
「え?」
「だって別にまだタイムリミットじゃねーし。あんたのお陰で俺の物見つかったわけだし。命の恩人じゃん!」
「あ・・・ありがとう・・・」
「よし、そうと決まればさくさく行こうぜ」

財布をポケットに押し込んで歩きだした。
実はこの気持ちの悪い空間が少し恐かった。仲間も増えてややテンションがあがる。

「名前は?」
「たま」
「何それ、猫? なんかさー、俺トラックに撥ねられたっぽいんだよなー。生き返ったらどこ怪我してんだろ」
「あら・・・酷くなければいいわね」
「あんたは?」
「私は・・・階段から落ちたの」
「はは、間抜け」

しばらく歩くと赤い影はなくなった。
その代わり、他になにもない。始めの闇の白いバージョンって感じだ。

「・・・あ?」

赤が見えた。・・・白かった筈の彼岸花が少し赤くなってピンクになっている。
それは見ているうちにそれはどんどん赤みが増した。たまの手にあるのはまだ真っ白。

「・・・タイムリミット」
「・・・・」

彼女は黙って俺の手から花を取ってそれで壁に触れる。
次の瞬間、墨でも落としたかのようにそこに暗い穴がぽっかり開いた。外、だ。

「帰り道よ」
「・・・あんた何で」
「・・・前にも来たことあるの」

たまは手を開いた。俺は初めてたまが何か持っていたのに気付く。
・・・お守り?
手を引かれたかと思うと花を返すついでにそのお守りも押しつけられた。相変わらず色を塗り忘れた線画のようなお守りががふたつ。

「持ってて」
「・・・・」

たまの顔が険しくなった。見たことがある気がする表情。

「・・・・」
「・・・あっ!」

たまが俺の体を力一杯突き飛ばす。
そのまま闇に引っ張られるように、・・・いや、引力じゃなくてホントに引っ張られてる!
真っ赤な彼岸花が先に闇に沈む。

「ッ!」
「バイバイ すぐる」

何で俺の名前・・・
────―そう思いながらも俺は叫んでいた。

「婆ちゃん!」

あとはぷっつり闇の中。






*






「・・・ホラ夢じゃん」

目を開けるとそこはまた白い。
だけど今度は立体感を持った天井。俺が寝てるのはベッド、病院だろ?
だけど俺が予想していたのと違って傍に親は待機してない。
ふと持ち上げた手が何か持っていた。
・・・お守り・・・!?

たまがくれたふたつのお守り。白い手触りのいい生地に、金の糸で健康祈願。
片方はもう白というには汚れすぎてるけどもうひとつは新品同様だ。

「夢だろ?」

ふいにカーテンが開いて傍へ来たのは親父。
俺と目が合って狼狽える。

「優、」
「・・・・」
「・・・良かった・・・」
「親父?」

親父は崩れ落ちるように椅子に座った。
両手で顔を覆ってうつむく。・・・泣いてる?
小さく肩を震わせる姿はいつも俺を怒鳴りつける親父とは別人だった。見たことない親父の姿。

「よかった、お前は生きてて」
「は?」
「・・・そのお守り・・・婆ちゃんのか?」
「ッ・・・」

顔を上げた親父が泣いていて、いつものように喧嘩腰で返事なんて出来なかった。

「そうか・・・それがお前を守ってくれたのかもな・・・」
「・・・・」

何だ?
さっきから何か引っ掛かる。俺は・・・

「あ、」
「どうした?」
「・・・いや、何でも」

財布。
婆ちゃんの財布はどうなったんだ?ぶつかったショックでどこかに飛んだんだろうか。傍に落ちたならばれてるはずだ。
・・・それに、夢の中で貰ったお守りがあるなら、俺の物の筈の財布はどうしてここにない?

「・・・婆ちゃんは?」
「・・・・」

親父が顔を曇らせた。
嫌な予感がする。いつもの親父が全く見えない。

「・・・ここに、入院してる。お前が事故に遭ったのとと同じ頃に、石段から落ちたんだ」

ぞっとした。
血の気が引くという感覚を初めて知る。絶叫マシンなんてメじゃない。

「・・・婆ちゃんの名前・・・何だっけ・・・」
「は?・・・珠、だろ」
「ッ・・・!」

婆ちゃん。
俺だって知らない奴の体だった。じゃあ、羅生門のたまも自分の体じゃなかったはずだ。
婆ちゃん?

・・・あの財布は、婆ちゃんの財布だ。

「・・・・・・親父、婆ちゃんどこ!」
「おい、どうした」
「いいから、婆ちゃんとこ連れてけ!」
「無茶言うな!お前は骨折してるんだぞ?それに・・・婆ちゃんは、まだ治療室だ」

婆ちゃん。
俺は初めて自分の足が吊られていることに気が付いた。
何だよ、俺の体の癖に何で動かない?

「・・・・・・親父、これ、婆ちゃんに渡してきて」
「優?」
「絶対、今すぐ!」

親父にお守りを持たせてどつく。
怒る気も起きないのか、親父は動揺したまま立ち上がった。

「早く!」

婆ちゃん

もどかしい。
親父の腹を殴るとハッとしたように俺を見て、それから病室を出ていく。
だけどぐっとお守りを握りしめるのを俺は見た。
バカ、急げよ。間に合わねぇぞ!




・・・何だよ。
なんなんだよ。
新品のお守りはきっと俺の物だ。
婆ちゃんが毎日通っていたところで売ってるちゃちいお守り。
きっとあれのお陰で帰ってこれたんだろう。
あの財布は婆ちゃんのだ。

婆ちゃんはまだ羅生門にいるんだろうか
花が赤くなりきるとどうなるんだ?
あの真っ白な世界で自分の体じゃない婆ちゃんはひとり。
バカじゃないのか、俺なんかが死ねばいいのに。
婆ちゃん・・・

 

 

 


婆ちゃん頑張れ。
婆ちゃんの体に遂に穴を開けるらしい。
栄養流し込むんだよ。

ネタが先走ってキャラクターの性格が物凄く曖昧・・・自覚アリ。痛
蝶子と蝉丸は他のオリジで考えてたキャラですが仕事が違います。

031017

 

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