駆 け 引 き


深い雪の夜だった。
窓に雪が打ちつける音に混じり、ドアをノックする音が聞こえたような気がして少年は立ち上がる。読んでいた新聞を机に残し、ドアの傍へ寄ってみた。
やはりノックの音がして、少しためらう。この家には自分ひとりだ。この辺りに民家はない。
まさか強盗の類ではないだろうかと思ったが、ノックが続くのでドアを薄く押し開けた。風圧でドアは酷く重い。

「はい…」
「夜分にすみません、旅の途中なのですが道に迷ってしまったようで」

ドアの向こうに立っていたのは、雪にまみれた男が一人。寒さで顔を真っ青にして、声も心なしか震えている。
一人旅の男。一瞬警戒した様子を見せた少年に、男は慌ててポケットを探った。

「あッ…」
「…」
「…いや…すみません、十字架をと思ったのですがなくしてしまったようで。自分はハンターをやってまして、怪しいものでは」
「…ハンター?」
「えぇ。協会の方に連絡してもらえれば照会も取れます」
「…どうぞお入り下さい」
「お邪魔します」
「コートはこちらにお掛け下さい、後で乾かしましょう」
「あ、すみません」

雪を簡単に払って男は中に入った。少年にも届くようにしてあるのか、やや低めのコートかけにコートを掛けている間に少年はドアを閉めて鍵を掛ける。
中は温かく、男はほっと息を吐いた。

「どうぞ中へ。何か温かいものをお出ししますから、暖炉の傍へどうぞ」
「あ…家の人は?」
「…今日は僕一人なんです」
「え、それは…」
「あなたは身元のはっきりしている方なのでしょう?実を言うと僕もひとりで心細かったんです。雪が止むまでゆっくりしていって下さい、どうせ出られませんし、…家の者も、帰ってきませんから」
「そうか…」

男はゆっくりと部屋の奥へ向かう。ぱちぱちと小さな火花を散らせながら、使い込まれた暖炉が部屋を照らしていた。
傍へ寄って手をかざす。凍った指先がじわりと解けていき、生き返った心地だ。

「コーヒーでよかったですか?」
「あぁ、ありがとう」

少年が運んできたコーヒーの匂いが部屋を満たす。木の机にカップを置き、傍にミルクと砂糖を置いて少年は椅子を勧めた。
何も入れずにコーヒーを手にし、ふと机の上の新聞を手にする。それは数日前のものだ。

「…この雪ですから、こなかったんですよ新聞屋さん」
「あぁ、」
「あ、俺は笠井竹巳です」
「三上亮だ、少しの間お世話になるよ」
「いいえ」

机の新聞を整え、少年は部屋の隅のラックへ差し込んだ。
部屋を準備すると言って彼が出て行き、男はコーヒーを口にする。いい匂いだ。あの少年が挽いたのだろうか。

「…しっかし、寂しいとこだな…」

足を伸ばし、何気なく暖炉の火を見つめる。不規則に弾ける火花。こんなに雪の激しいときに、彼の親は何故少年をひとり残して行ったのだろうか。
暖かい部屋にほっとしたのか、眠気が襲ってくる。男は素直に目を閉じた。

 

 

「男だし…」

少年は溜息を吐く。普段使っていない部屋の埃を慌てて払い、綺麗なシーツを出してきてベッドに敷く。
ぶつぶつ文句を言いながら、自分の部屋から空の花瓶を持ってきて窓際に置いた。両親が存在しているように作らなければならない。実際この家に住んでいるのは少年一人だ。訳も謂れも充分にある。

「あーめんどくせー客…でも入れないわけにもいかないし、…この際男でもね?」

誰にでもなく呟いて、少年は掃除の手を止めて笑う。窓の外は激しい雪嵐。
…こんなものでいいだろう、多少の埃は誤魔化せる。寒さに耐えかねて少年は暖炉の部屋に戻った。暖炉の傍で、椅子に座ったまま男が居眠りをしている。これはこれは、好都合。
タオルを手に男に近付き、正面に回って雪で濡れた髪を拭く。夜のような漆黒の髪に火の色がうつって綺麗だ。
緩められた襟元をもう少し開き、少年は露わにした男の首筋に歯を立てる。

「う…ッ!?」

男が目を覚ました。暴れようとするが自分に力が入らないのか、少年の力が強いのか、彼を少しも動かすことが出来ない。
頭の芯がくらくらする。これは?

「お、お前ッ…バンパイア!?」
「ん…あ〜…やっぱ男は不味いや…処女とはわがまま言わないからせめて女じゃないとな…」

ぱっと少年が離れ、男は勢い余って椅子ごと倒れた。
床に思い切り体をぶつけ、おまけに頭も重くて起き上がれない。少年が手を貸して床に座らせる。

「おニーさん甘いんじゃない?バンパイアハンターなんでショ?」
「ッ…」
「やっぱハンター相手だとダメだな、何か薬打ってる?俺の麻酔効いてないよね」
「…バンパイアに噛まれたときの対策ぐらいはしてる」
「でも寝てた方が幸せだったのに」
「……」
「あーあ、折角部屋掃除したけど無駄かァ。俺は夜は寝ないから、あんた寝るんだったら奥の部屋か、別にここでもいいけど」
「どういうつもりだ」
「どういうも何も、こんな時期に食料が迷い込むなんて稀だしね」
「…」
「…大丈夫だよ、あんたをバンパイアにはしてないから。出来れば明日の昼にでも殺して」
「!? お前、」
「…俺だって始めは人間だったよ」
「……」

 

 

結局三上は眠れなかった。一晩中まだ幼いバンパイアと対峙していた。
相変わらず止みそうにない雪で今が夜だか昼だかも男には分からなかったが、少年は朝だと呟いて、薪を加えて暖炉の前に丸くなる。まるでハンターの男など存在していないように、自分がバンパイアでもないように。
…バンパイアには2種類いる。生まれもって妖怪であったバンパイアと、後からバンパイアによって仲間にされた人間と。少年は後者なのだろう。

「…おい、バンパイア」
「さっさと殺すなり出て行くなりしたら?」
「いつからだ」
「…仕事?」
「そう」
「……忘れた。でも2、30年は前」
「お前俺より年上か…」
「やっぱりこんな雪の時にきた客がそうだった」
「…そいつの名は分かるか」
「本名かどうか知らないけど、中西秀二」
「そいつだ!」
「!?」
「俺はそいつを探してる」
「……」
「そうとわかりゃ話は早い。お前、俺と取引しないか」
「取引…?」

少年は訝しげに体を起こす。男も椅子から降りて、少年の前にあぐらをかいた。
耳の傍で暖炉がぱちぱちと笑う。

「お前、俺と一緒にこないか」
「…なんで、」
「バンパイアにされた人間ってのは、血を吸ったときに相手の血を体内に入れられてバンパイアに成る」
「知ってるよ」
「だから、『本体』が近くにいると共鳴するんだ」
「…俺に探知機になれって?」
「そう」
「俺にメリットは?」
「あ〜……俺がお前の餌になってやる」
「え、それは嫌。女の子がいい」
「ワガママ抜かすな!殺すぞ」
「殺せば?」
「……」
「…なんでそいつ探してるの?」
「…俺の姉貴が」
「……」

少年は迷った様子で俯いた。

「…じゃあ、餌はあんたで我慢するから」
「あぁ、」
「絶対俺を置いていかないで」

緩く、男の服の裾がつかまれる。冷たい手を握り返した。暖炉の前にずっと居ても、バンパイアの体温は高くならない。
ずっと昔に、彼はここに一人残されたのだろう。男はハンターを始めて何人かそんな人間を見た。

「絶対」

 

 


こっぱずかしーパラレルを書いてみようと思ってこんな事に。三上をバンパイアにしようと思ってたはずが。
三笠だよ三笠(言い張る)

050316

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