水 音


────水音。
水音で目が覚めた。もしかしたら起きた瞬間に聞こえてきただけかもしれない。
厚いカーテンを通して入ってきた朝日が僅かに部屋を明るくし、辰巳はまた目を閉じる。
続く水音は台所からだろう。カチャカチャと音が混ざる、食器でも洗っているのか。そういえば昨夜テーブルをそのままに寝入った気がする。
片付けを任せてしまったと思いながらもまだ覚めやらぬ家主は再び眠りを選んだ。




「・・・・」

水音。
中西は体を起こしてベッドに座り込み、半分落ちた布団を引っ張り上げる。携帯に手を伸ばし、時間を確認しようとするが画面は真っ暗。しばらく考えて自分で電源を切ったことを思い出す。
再び息を吹き込んでみれば10時過ぎ。確認してみればメールが1分おきに10通ほど同じ人物から届いていた。残ってはいないが電話もそれぐらいあったんだろう。
・・・相手は仕事場の同僚、今から連絡したところで相手の方は仕事中だ。少し考え、とりあえず遅刻とだけ返事を返す。

雨のように水音は続く。
それを聞きながら小さくあくびをしてまたベッドに伏せた。しばらくまどろんで、再び起き上がって今度はベッドを降りる。
まだ続く水音を追って、浴室へ。
水音のやむ前に床に置かれたバスタオルを取り上げて壁に隠れた。キュ、と水音がやんで今度はドアの開く音。

「・・・中西」
「何で迷わず俺かな、忘れたのかもって少しぐらい考えてよね」

呆れた表情の辰巳の前に出てバスタオルを広げる。濡れた辰巳は少し寒そうだ。

「俺が拭いてあげよう!」
「いい」
「遠慮すんな」
「・・・・」
「あ」

近づいた中西からタオルを奪い、着替えまでも手にして辰巳はよく室内に入って鍵までかけてしまう。
そこまでするか、中西は顔をしかめてドアに背を預けた。

「俺さー、きょう9時からだったんだよねー」
「・・・いいのか」
「大丈夫でしょーウチ人手足りてないから」
「いや寧ろそれだから・・・お前朝起きてなかったか?」
「ん?あぁ、あれ朝っつか早朝。皿洗ってすぐ寝なおしたよ」
「お前目覚まし止めるな」
「いいじゃん休みの日ぐらいゆっくり寝ても」
「休みじゃない」
「午後からでしょ、大丈夫よ」

開けるぞ、
辰巳の声に中西は預けていた体をドアから離す。
薄く開いたドアから覗いたのは、シャワーの先。中西の頭が働く前にそれは水を噴出し、一瞬にして中西を濡らす。

「・・・・・・ちょっとッどーしてこーゆーガキみたいなことするかなッ、コラ開けろ!」

再びドアに鍵をかけ、辰巳は中に閉じこもってしまう。上半分のガラスに背中の影。
開けようと思えば爪でだって開けられる鍵だがそれはせずにドアを思い切り蹴り飛ばし、中西は濡れたシャツを脱いで洗濯機に突っ込んだ。勝手にタオルを出してそこを離れる。

しばらく待って辰巳は浴室を出て部屋に向かった。見回してもいないと思えば台所から水音、覗いてみると肩にタオルをかけたまま中西が手を洗っている。

「中西」
「何食べる?何も食ってないよねぇ」
「・・・・」
「何となくパスタな気分ーあったっけ?あーあるある」

棚をあさって食料を取り出し、流しに鍋を持っていく。集中豪雨に鍋底が悲鳴を上げた。
怒ってない、はずが無いのだが。
ゆっくり近づくと中西がこっちを見て、濡れた手で辰巳を捕まえた。伸び上がってキスを。歯列を割って進入し貪るように 深く。
その間に水は鍋に溜まっていき、そのうち音もなく静かに満たされていく。微かに金属を擦るような音。

「・・・ん」

ひたりと水が溢れ鍋の側面を滑った。ふと、無意識に支えた中西の肌に直接触れているのに気づく。

「ちょっと盛り上がってきた」
「・・・・」

辰巳の手が伸びて水を止める。





「ア、イタッ」
「・・・大丈夫か?」
「ん」

ぶつかった食器を入れた籠から箸が落ちてくる。籠といっても数センチ感覚に並んだ針金が直方体を作っているという程度で乾燥に使っている荒いものだ。
気を取り直していざ、と言うところにまた中西の声。痛い、に少し距離をおけば肌に映える赤。

「・・・うわ」
「ちよっ・・・それどうし、」

持ち上げた中西の腕からポタリと血が落ちる。すぐに籠からはみ出ている包丁を見付け、辰巳は慌ててそれを流しに下ろした。

「お、コレやばげ?」
「当たり前だッ」
「・・・続けて?」




「・・・辰巳・・・それ血痕?」

遅刻ぎりぎりできた友人のシャツを指し、彼は疑問を素直に投げかける。
服の柄、というにはあまりにもリアルすぎだ。医大にその格好で現れる未来の医者、というのもやや先が不安なところ。

「・・・あっ・・・飛んでた・・・」
「何したんだよ」
「・・・火サス・・・」
「は?」
「食器乾燥機高いかな」
「買うのか?」
「もうやらないとは言っても一応安全性を・・・いややりたいわけじゃなく・・・」
「は?」



さっき来たはずの同僚が姿を見せず、奥に引っ込めば勝手に商品をあさっている。遅刻してきたかと思えば仕事をしない、厄介な後輩に溜息が出る。

「・・・中西君勝手に何してるの?」
「あ、先輩丁度よかったー包帯結んでv」
「ハイ?・・・うわッパックリ!病院行け!」
「大丈夫未来の医者に応急処置はしてもらったから」
「あんたねー、数メートル隣病院でしょう」
「保険証ないんだ。いいじゃんどうせこの薬局くるんだから医者省いたって」

はい、と差し出された腕は綺麗に切り傷が入っていた。綺麗な腕に、とつぶやけば責任は既に取ってもらっているからなどと返ってくる。

「ゲー、何したのコレ」
「@修羅場 Aヤクザの喧嘩に巻き込まれた Bキッチンプレイどれでしょう」
「B」
「あら?」
「中西君ならどれもありえそうだけど絆創膏あげようか?」
「・・・・」

ココ、と鎖骨の辺りを突かれて中西は一瞬固まる。
どこ、とつぶやいて手で探り、

「・・・鏡持ってる?」
「一応女だからね」
「・・・あ、ホントだ珍しー、いつもつけないのに」
「絆創膏」
「いらないv」
「それで接客すんなよ」
「もうキッチンじゃやらないって言われたんだけどさぁ。二人とも時間なかったから現場そのままで来ちゃったー火サスみたいになってんの!」
「そりゃね・・・」

哀れな彼氏さん。
事情を知る薬剤師(独り身)はあったことのない医大生を哀れんだ。

 

 


日記にあげたときは後半反転仕様だったんですがフェイントみたいなのでやめました。
どうせなら水音にこだわりえろでもと思ったんですが挫折こきました。
因みに辰巳は医大生、中西は薬剤師。んで一緒に住んでるわけではなくて中西が辰巳のところにお泊りです。

 

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