一昨年は知らなかった。
去年は忘れられてた。
さぁ今年はどうだ?

「…女々しい」

 

 

 

「笠井悪ィ」
「…はい?」

俺なんかされたっけ。あ、それともこれからされるのか?
状況の読めない笠井は顔をしかめて三上を見た。
携帯に電話がかかってきたため一旦談話室を出て行った三上、多分家からだったのだろう。彼の家は関西で、人の前で方言を使うのを嫌がって電話のときはひとりになる。

「何がです?」
「今度の休みどっか行くって言ってたろ、ダメんなった」
「…家の用事ですか?」
「悪ィな」
「いや別に、どうしても三上先輩と一緒に行きたかったわけじゃありませんから」
「あぁそうですか。中西とでも水野とでも出かけて下さい」
「…何拗ねてんですか」
「何〜?デートの約束してたの?」
「違います」

からかいにきた中西が笠井の答えの速さに笑う。
よせばいいのに、中西に捕まっていた水野が顔をしかめた。

「三上相当楽しみだったみたいね〜、さっき電話してたの凄かったよ」
「なっ…聞いてんなよ!」
「家の人にハゲ散らかってろとか言ってたもんねぇ」
「亨だって」
「お兄さん禿げたら三上先輩も禿げますよね」
「そっくりだもんね」
「お前らな…」
「…三上先輩お兄さんいるんですね」

意識して三上に敬語を使っている水野は慎重に喋る。三上は今更どうでもいいと言ったが周りがそうはいかなかった。

「そっくりよ〜、気持ち悪いぐらいそっくり」
「バカかお前、あんなアホと一緒にすんな」
「亨さんの方が頭柔らかいよね」
「あれは弱いっつーんだよ」
「三上は器用貧乏なんだよ、標準語と関西弁使い分けられてもねぇ」
「ほっとけ!」
「そんで、楽しみにしてたデートをうっちゃるほどの用事って何よ」
「じいちゃんの法事」
「ふーん」
「今年は京がどうしても抜けられないんだとよ、欠員補助。バイト代払わせるからしたら何か奢る」
「わーい」
「お前じゃねぇ」

中華がいいわと茶化す中西を三上はしっしと手で払う。京と言うのは三上の姉だ。

「…あんた法事みたいな場で金儲け…」
「子どもに金やるのが生き甲斐みたいなジジババばっかなんだよ。金はあるけど孫はいねぇみたいな」
「うわぁ…」
「そこで可愛い俺が孫代わりになってだな」
「自分で可愛いとか言わないで下さいよ」
「…かっわいくねぇ」
「聞いときましょう」

〜♪

再び着信音を告げた携帯に顔をしかめ、三上はディスプレイを睨んでまた談話室を出ていった。
あのハゲ、とかなんとか罵声が聞こえる。

「…残念ねぇ笠井?」
「別に?」
「よしよし拗ねちゃって。先輩とデートする?」
「ん〜、折角部活も休みなんだし先輩は先輩で楽しんで下さい」
「そう?じゃあ水野くんでも虐めながら過ごして」
「そうします」
「!?」

 

 

 

 

じゃあ行ってきます、と三上が前日から行ってしまって、同室の笠井は暇を持て余しているようだ。
藤代も実家へ帰ってしまい、中西も笠井の言葉通りデートらしい。
水野もすることがないので課題などしていたのだが、

(…うっぜぇ…)

いや笠井はベッドに横になっているだけだ、水野が勝手に構ってほしいオーラを受信しているだけで。

「…そんなに不満だったら引き留めればよかっただろ」
「ん〜?三上先輩?」

険悪そうに見えて三上の気持ちは相当だと水野はなんとなく気付いている。笠井がちょっと甘えれば、三上に勝ち目はないことも。

「無理無理、あの人は家族第一だから〜」
「そうなのか?」
「…マザコンだし」
「…」

ちらりと一瞬悪意が覗いたか?
水野は鳥肌の立った腕をさする。

「羨ましいけどね」
「…」
「うちは子どものために離婚しない、てな雰囲気だしね」
「笠井…」
「でもそれとこれとは話が別だよね〜」
「…」
「どうせ俺はただの後輩だよー男だしー」
「卑屈…」
「…言うね」
「…珍しく素直なんだな」
「…テンション低いしね」
「何かあったのか?」
「…ちょっと」
「…」

ごろんと仰向けになって、笠井は天井を見上げた。高等部に進級し、まだ入室して一年経たない部屋は時々違和感を感じる。
同室の水野は笠井に迷惑をかけることはないので、去年までと比べるとかなり生活は落ち着いた。

(…俺もしかして世話焼き…?)

どうも落ち着かないのだ。藤代を毎日のように怒鳴っていたせいか、すっかり母親体質になってしまったらしい。

(…つか誠二でストレス晴らしてたのかな俺…それはヤな奴だなぁ…)

♪〜

響くメロディに笠井がびくりと体を起こした。素早く携帯に飛びついていく。
ここ最近耳にしていたメロディと違うのに気付き、水野は呆れて課題に戻った。着信音を変えたのでなければアドレス別に設定されたものだろう。聞かないのは、身近な人に設定されているからで。

「───キモッ!」
「?」

ボスッと笠井がベッドに投げつけ、それは跳ね返って床に落ちた。
笠井はじっと不満顔で携帯を睨む。

「…どうした?」
「…見て」
「…」

水野は椅子を降りて携帯を拾った。ディスプレイを見る。

「ッ…───」
「キモイ〜…中西先輩に送ってやろうかな…」
「…」

新着メールのその文面は、絵文字を駆使した愛情こもったラブコール。
メールでは人格の変わる人もいるが、そうだとしても許しがたい。三上にはこんなポエマー的性格が隠れていたのだろうか。

「…笠井、三上ってメールで関西弁出たりするか?」
「しないよ、変なとこで完璧主義だから」
「ここの言い回し」
「…」
「関西弁ぽくないか?」
「…あ〜うん、そうね。分かった」

携帯を返してもらい、笠井はそのまま何処かへ電話をかける。
相手はすぐに出たようで、笠井の浮かぶ作り笑顔とあまり聞かない声色が怖い。

「どうも。うん、声聞きたくなって。今大丈夫ですか?よかった───」
「…」

鳥肌。時に相手は中西かと疑う甘いセリフまで返す笠井に水野は嫌悪を押さえられない。
一言二言話した後に、笠井はにこり。

「こんなもんで満足ですか?亨さん」
「?」
「分かりますよ。標準語は巧かったけど、そんなセリフ出てきませんって。…代わってもらえますか」

言いながら同時に、水野に手を振る。あくまで笑顔だ。

「…出てけって?」
「誕生日だから目を瞑って」
「…」

誕生日じゃなくても効力はあるくせに。
…しかし彼のこの手のお願いは滅多にない。水野は課題を抱えて部屋を出る。

 

 

「ホンット、マジでごめん!つか俺ポケットに携帯入れてたはずなんだけど!」
「電話早いとこ終えてこっち手伝えよ〜」
「今までサボってた奴が言うなっあっち行け!───あ、悪ィ」

兄を台所に押し込み、三上は自分の部屋に駆け上がる。
夜には電話をしようと思っていたが、気にかかっていたので丁度いい。

「誕生日おめでと、…ちょ、なんでそこでキレんだよ!素直じゃねぇ〜…俺がいなくて寂しいんじゃねーの? ───…」

三上は一瞬動きを止め、がしがしと頭をかいてベッドに腰を下ろした。

「ひとり?…部屋。下とか宴会の最中でやかましいから。そっち静かだな。
 ───何か欲しいもんある?なんでもいい…それは無理」

見慣れた天井。中学に上がるまで、一緒の部屋だった兄も武蔵森へ行ったため殆どひとりで使っていた部屋。
やはり落ち着く雰囲気、それなのにどこかしら違和感。

「…うん、来年は。───俺 今日帰り、遅くて11時ぐらいになるんだけど」
「亮ッ」
「はぁい!悪い、あとでまたかける。じゃ、」

 

 

 

電話は嫌いだった。閉じた携帯を落として笠井はベッドに倒れ込む。
たまに途切れがちになる声、切る瞬間の虚しさ。

(電話越しで俺の何が伝わったんだろう)
(つか俺は何か伝えたかったのかな)

携帯のストラップを指で弾いて目を閉じた。

「…誕生日…」

今年気付いたのは三上が初めてだ。
親さえおめでとうの一言を忘れているのに。

(なんて、また日本にいないって母さん言ってたけど)

今更誕生日を祝ってもらいたい年ではない。しかし祝ってもらえれば嬉しいと思う。

「…」

ふと立ち上がりって笠井はドアへ向かう。そっと開ければ、中西の姿。

「…う〜ん惜しい、うまくいけばテレフォンなんとか…」
「…すいませんね期待にそえなくて」

忘れ物でもあったのか、中西の側で水野が困っている。
ちらっと視線を合わせれば大慌てで首を振った。分かってると笑ってやる。

「さっき思い出したんだけどね、笠井今日誕生日じゃん?おめでと〜と思って」
「あ、ありがとうございます」
「そこで今夜はお部屋をお貸ししようかと」
「…」
「なんなら必需品のあれも付けますぜィ旦那」
「ケッコーです。」
「ちゃんとリボンもかけてあげるわよ」
「…あ、先輩言ったね?じゃあ先輩が綺麗に蝶々結びして下さいね?凄く大変だと思うけど頑張って下さいね?」
「…今日の笠井は意地悪…」
「たまにはそういう日もあります。あ、水野部屋いいよ、予想外に早く終わったし」
「そうか?」
「結構忙しいみたい」

 

誕生日だって特別じゃない。だからといって誰かがいないことが特別だとも言いたくない。
落ち着かない気持ちをどうしてくれよう。

(好きってなんでこんなに扱いにくいんだろ)

誕生日まで特別になる。

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