s t a r t


「泊めてくれないか」
「・・・喜んで!!」

突然の申し出に中西は寝起きの顔をほころばす。
よかった、と辰巳が小さく微笑み、中西は幸せ一杯で彼を部屋に招き入れた。

「急にどうしたの?嬉しいけどー。いつまでもいて!なんて」
「じゃあ1ヶ月」
「・・・・・・」

 

 

「それでー、マンションの改装工事終わるまで辰巳とふたりで生活なのv」
「幸せ一杯ですね」
「ホントにv」

幸せを振りまきに来た中西は笠井を前ににこりと笑った。
笠井は何となく面白くない表情でコーヒーを口にする。
ところでこの人は暇なんだろうか?薬局の薬剤師というのは平日の昼間暇なのか?
聞いてもまともな答えはないだろうと思うのでそれは聞かない。

「楽しいのは始めだけですよ」
「あらホント?」
「段々分かってきますから」
「経験者は語るのね。でも辰巳と三上を一緒にしないでくれる?」
「分かりませんよ?だって俺 辰巳先輩のマンションの改装工事2ヶ月って聞いたもん」
「・・・・」

 

「・・・三上が喋ったのか?」
「笠井が言ってた!先の1ヶ月もしくは後の1ヶ月どうしたの」
「・・・・」

辰巳は溜息を吐いてフライパンに水を差す。
朝、敢えて時間のない時に聞いてくるか。目玉焼きの黄身が中央へなかったのを悔しがっている場合じゃない。

「先の1ヶ月、大学の友達の所」
「何で始めっからうち来ないのよー、ていうか聞いてないし」
「・・・忘れてたんだ。それにここからだと大学遠いだろ」
「じゃあ何で急にうち来たの」
「彼氏が出来たって言うから、俺が居たら不味いだろう。他に行くところもないし」
「・・・・・・」

辰巳はコンロの火を消して目玉焼きを皿へ移した。
冷蔵庫を開け、ベーコンを忘れていたに気付き今から焼き始める。

「・・・友達って、女?」
「そう」
「・・・・」
「・・・言っとくがお前が期待してるようなことは何もないぞ」
「期待はしないけど差・・・でもフツー友達だからって1ヶ月も男と暮らす?何もナシで?そんな魅力のない女の子なわけ?つーかその女の子はよっぽど理想が高いわけ?」
「じゃなくて・・・お前のこと知ってるから」
「・・・幸せフレーズっぽかったからもう1回」
「・・・お前のこと言ってあるから」
「なんて言ってあるの?」
「・・・行ってきます」
「行ってらっしゃいv早く帰って来てねv」
「お前はちゃんと仕事行けよ」
「行きまーす今日は張り切って仕事しちゃう!」
「・・・・」

 

 

「辰巳!今日暇か?」

帰り支度の途中に友人に捕まる。
少し考え、早く帰れと言われたが特に用があるわけじゃないんだろう。

「暇だけど」
「ちょいと人数あわせに付き合ってくんねェ?」
「・・・合コン?
「頼む!いいじゃんお前フリーだろ?」
「・・・・」
「奢るから!」
「・・・・」

 

『えーっ遅いのー?』

電話の向こうの中西の声に少し罪悪感。
やっぱり帰ろうかと思ったが既に始まっている、今更引くのも気が引けた。
何より向こうで折角気合い入れてご飯作ろうと思ったのに、なんて聞こえてくるので。料理自体に問題はない、悲惨なのは台所だ。

「・・・メシなら明日一緒に作るから」
『いいけどー。何で?』
「・・・友達と飲んで帰る」
『俺も行っちゃ駄目ー?』
「いや・・・授業の話もするから」
『はいはーい。何時頃か分かんないのね?俺寝てるかもしんないから』
「わかった・・・」

電話を切って、更に増す罪悪感。嘘ではない、全部正しくはないけど。

「辰巳くん?」
「あ、ごめん」
「何?彼女に電話?」

クスリと笑う女の子に友人が辰巳を差して笑う。

「いないいない、こいつ中学ン時から彼女いねえっつってたから、な」
「・・・・」
「えーホントに?嘘だぁ、もてるでしょ。告白とかされたことある?」
「・・・何度か。でも多分サッカー部だったからって言う程度」
「え?」
「こいつさー、何だっけ?武蔵?サッカーの名門のガッコ行ってたんだって」
「・・・武蔵森?」
「そう」
「そこって渋沢克朗の出身よね」
「・・・サッカー分かる?」
「高校でサッカーやってたんだ、あたし。大学上がってからは専らファンだけど」
「渋沢は一緒にやってた、藤代とか」
「マジで?あたし藤代君好きなんだー、可愛くない?」
「・・・やっかいだった、試合で監督の指示無視して突っ走ったり。自分が上手いって知っててそれに自信持ってるから。組むならやりやすいけど」
「・・・辰巳君ポジションは?」
「FWやってた。一応藤代とツートップもやったけど、流石に限界感じたな」
「えー、じゃあ上手いんじゃんサッカー」
「藤代と一緒にやると限界見える、あいつや渋沢は成長スピードが落ちないんだ」
「ふーん・・・」

懐かしい話に苦笑してグラスに口を付ける。
正面の友人からきつい視線、どうやら狙っていた子だったらしい。
話が発展するようなネタを降ったのはそっちだ。いただきます、辰巳は声には出さず彼に軽くグラスを向ける。奢って貰えなければ来た意味がない。

「じゃあさ、サッカー選手に知り合い多いでしょ。この世代だもん」
「多い・・・かな、会ったことある程度ばっかりだけど」
「今プロの人と試合したことある?」
「・・・水野とか、椎名。水野は高校では同じチームだったけど中学は別だったから。藤村もそのときは水野と一緒だった」
「え、うそ、シゲちゃん?」
「ああ・・・何故かキーパーだったけど」
「キーパー?できるんだ、すごーい・・・。・・・椎名ってずっとあんな感じ?」
「・・・やりにくかった、今よりよっぽど可愛い癖に容赦がないのは変わらないから。トータルで何人潰されたか」
「アハハ、すごいねー」

・・・中西の時は死人が出ると思った。
不意に中西を思い出す。今夜は何を作る気だったのか。

 

「今度ふたりで遊ぼう」
「え」
「サッカーの話こんなに出来た人初めて、みんな知ったかぶりなんだもん。楽しかった」
「・・・俺も久しぶり、こんなに話したの」

ほろ酔いの彼女はうっすら頬が赤い。それが新鮮で何となく見てしまう。
セリフの真意に迷った。何か先を期待しているのか、純粋にサッカー関連だけか。

「駄目?また」
「あ・・・」
「ハァイ辰巳さん」
「・・・・」

トン、と肩に乗った手を辿る。
にこりと笑った中西。ひょいと爪先で立って辰巳の頬に一瞬キスを。

「お迎えに来てあげました」
「・・・わざわざ」
「そう、この俺がわざわざ。持つべきものは友達って言うの?椎名が見かけたらしくて」

会話まで聞いてたのか?なんてタイミングの良さ。
大きく溜息。彼女はじっと中西を見ている。

「俺が居ながら浮気とはいい度胸じゃない?冷蔵庫に入れて海に沈めるよ?」
「出来ないだろ」
「・・・幾ら俺が辰巳のこと好きだっつっても我慢できることと出来ないことがあるわけよ」
「奢りで飲んでただけだ」
「俺に隠す必要はないよね?」

笑顔が怖い。
だって言ったら許さないだろう、と返したところで負けるに決まってる。

「・・・瀬田さん、コレ付きでよかったらまた付き合うよ」
「・・・・・・ホモ?」
「彼女は居ないけど」
「・・・・」
「中西帰るぞ」
「嫌、お前ばっかり都合よすぎ!」
「何でもしてやるから」
「・・・何でもっつったね?」

 

 

「何して貰おうかなー」
「・・・・」

散々飲んだだろうに、またビールの缶を開けた辰巳の手からそれを奪った。
机において、辰巳のソファに倒して上に乗る。

「・・・たつみ」
「・・・・」
「・・・あ、じゃあ辰巳がいつから俺のこと好きなのか聞きたい」
「安い奴・・・」
「いーの。だって辰巳 始め俺のこと嫌いだったでしょ?」
「いや」
「あ、そうなの?すごい嫌われてると思ってたんだけど」
「中1から見てた」
「・・・・・・」
「いたっ」

中西が真顔で頬を叩く。軽いものだったが早い。

「てきとーなコト言わない」
「ホントに。もっと言えば気にし始めたのは入部テスト」
「だって俺が散々好きだって言っても信じてくれなかったじゃん」
「見てたから。俺の名前どころか同じクラスだったことも知らない奴に告られてたまるか」
「・・・・」
「・・・始めから好きとかで考えてたわけじゃない、お前入部した頃FWだっただろ。似合わないから気になってた程度」
「・・・・・・なんか凄い恥ずかしいんですけど」
「プールの更衣室の鍵職員室からとって授業中止にしたのお前だろう」
「嘘ッ何で知ってんの!?俺今の瞬間まで忘れてたのにッ」
「体育館の傍の渡り廊下の屋根に隠して」
「何 懐かしいこと言い出して・・・うそぉ、見られてた?・・・・・・じゃあ先生にチクったの」
「・・・あぁ、そういえば言ったな」
「ざけんな・・・」
「いて」

また辰巳を叩いて中西は彼から降りる。缶を取り上げて台所へ引っ込んだ。
体を起こして視線だけで中西を追う。

「・・・中西」
「もーお前嫌い!」

何故告白させておいて嫌われなくてはならないのか。しかも叩かれて。

「缶 返して」
「いや」
「・・・・」

辰巳は小さく溜息をつく。
追いかけるのも癪で、しばらく放っておくと中西の方が戻ってきた。後ろから少し軽くなった缶を返し、へたりとくっつく。

「俺のこと好き?」
「それなりに」
「因みに明日学校は?」
「・・・ない」

中西がソファを乗り越えて隣に落ち着く。
缶を弄んで辰巳は目をそらし。

「・・・飲み終わったら」
「寝るなよ」
「・・・・」

可愛い嫁が欲しかったんだ。
辰巳の呟きに中西は黙って攻撃する。

「お望みなら可愛い嫁でも鬼嫁でもなりますとも」
「いらない」
「誠心誠意尽くして貰おう」
「・・・寝たいんだが」
「寝かせるとでも?」

 

 

「1ヶ月と言わずずっと一緒にどう?」
「・・・疲れるから却下・・・」

寧ろ後1ヶ月、この調子なのか。
受け入れがたい現実を見た気がして、工事終了を待たずに引っ越し先を探そうと決めて辰巳は布団に潜り込む。

 

 


同棲三笠と同じ時間枠と考えて下されば。
実は片思い期間の長い辰巳というのをずっと考えてました。
辰巳氏のご両親は遊ぶための仕送りはしてくれないのでぎりぎりなご様子。バイト探し中。
というか金を持ってない辰巳というのを書きたくてしょうがないんですが。

 

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