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全体的に、建物から働く人まで白い。中西はそこが嫌いだった。

「そんで更にお前って最悪」

 

 

「辰巳君どうだった?」
「最悪って言われました」
「頑張れ」
「・・・・」

先輩はぐっと親指を立てて辰巳へ向けた。健康的に焼けた肌に白い制服、ナースという雰囲気ではないがいい先輩だ。

「まぁ男の子だったらやっぱり看護婦さん期待するんじゃない?夜這いとかねー。なのにこんなにでかいガタイの男が担当ってがっくりでしょ」
「気持ちは分かりますけど最悪って言いますか」
「若い子?」
「高校生」
「じゃあ言うかもねー」

けらけらと彼女は笑うが笑い事ではない。辰巳は溜息を吐く。
今年から入った看護士の憂鬱を先輩は笑い飛ばす。

「胃に穴開けんなよー、桐原センセーみたいに勤めてる病院に入院とかダッセーからねェ」
「そう言う先輩は先月まで骨折で入院してましたけどね」
「骨折の時より盲腸の方が恥ずかしかったけどね」
「・・・・」

 

「あっ」

咄嗟にライターを取り上げる。
くわえた煙草にはまだ火は点いていないようで、少年は顔をしかめてそれを箱へ戻した。
掴んだライターは一瞬熱いがそれどころじゃない。彼の手から煙草も奪う。

「どろぼー」
「じゃないだろう!何を考えてるんだ」
「煙草の1本や2本でピーピー言わないでよたかが担当ってだけの男が」
「未成年だろ、しかも病室だ」
「うっさい死ね」
「・・・・・・」

口は達者。
それもそうだろう、足の骨折での入院だ。

「昼食に手をつけなかったらしいな」
「だって不味いじゃん。学校の食堂の方がましー」
「中西君」
「馴れ馴れしい」
「病院に来て体調崩したらどうするんだ」
「点滴でも打ってよ」
「・・・・」
「マックの新作食べたい、退院の頃には消えてそう」
「友達にでも頼め、食事制限はないから」
「は、来るわけないじゃん大会前なのに。来たら殴るって言っといたし」
「大会?」
「あんたには関係ない」
「あぁ、中西君連れてきた人見たことあると思ったらコーチか?」
「・・・・・・」
「武蔵森?」
「・・・知ってんの、」
「俺の母校。サッカー部なんだ?」
「・・・・・・」

ちら、とこっちを見た。何となく勝ったという思い。

「何年生だっけ」
「・・・3年」
「・・・最後の大会、か」
「・・・は、バッカみてぇ。去年の喧嘩引きずってこの様だからね。今更リベンジとかしてんじゃねーっつの」
「・・・・・・」
「・・・何笑ってんの」
「いや・・・すごい偶然だなと思って・・・」
「は?」
「・・・俺も高3の夏、ここに居たんだ」
「・・・・」
「しかも喧嘩じゃなくて体育で肋骨やって」
「・・・・・・ダセーッ」

呆れたような表情を見せた後、彼も吹き出して笑い始めた。
ずっと顔をしかめていたから分からなかったけど。笑うと人懐っこい表情になる。
それを言うとしかめっ面に戻ることも予想できて辰巳は笑った。

 

 

「電話したい」
「あぁ、いいよ」
「・・・・」
「中西君?」

ベッドを降りるのを手伝おうと傍に立つが彼は動こうとしない。
しばらくするとやっぱりいい、とこっちを見る。笑うわけでも睨むわけでもなく。

「番号分かんないや」
「・・・そうか?」
「うん。暇だなー」
「本とか読むか?何なら明日持ってくるけど」
「・・・・・・」
「中西君?」
「ん?何か言った?」
「オーイ・・・」
「ね、あんたは彼女とか彼氏とか居る?」
「彼氏って」
「わかんないじゃん、人それぞれだし」
「まぁな・・・今のところは居ないけど」
「ふーん?まぁあんた『いい人』で終わりそうな感じだよね」
「・・・どうせ・・・。中西君は?」
「どう思う?」
「・・・彼女のひとりやふたりはいそうだけど」
「残念、彼氏がふたり!」
「・・・・・・」
「・・・なんて?信じた?」

顔を覗き込まれて我に返る。ニヤリ、とからかって中西が笑った。

「単純」
「・・・・・・」

 

 

「ガキが煩い」
「・・・・・・」

彼は毎日表情を変える。今日は隣のベッドの見舞いが煩いらしい。
・・・確かに、少し煩いとは思う。隣は中学生だったはずだが迷惑を考えることなく騒いでいるようだ。隣に注意するとハッと静かになる。
戻るときに中西のベッドを覗くと布団に潜り込んでいた。が。
しばらく後にナースコール、行ってみればまた中学生は騒ぎ始めている。凶悪とも言える表情で中西が辰巳を睨み付けていた。

「・・・散歩に行こうか、戻ってくる頃には帰ってるよ」

 

「くっそー・・・帰ったら隣のガキ殺す」
「やめろ・・・」

松葉杖のペースに会わせて隣を歩く。もう少しで退院だろうと見当をつけた。
今日は天気も良く、中庭を散歩している患者は多い。顔見知りに挨拶をしながら中西が進むのについて行く。

「・・・知り合い?」
「あぁ、担当してる人」
「・・・俺だけじゃないワケね」
「そりゃそうだろ、患者の方が多いんだから」
「ふーん」
「?」

一瞬見せた表情が気になる。
彼は足を早めて歩いた。何となく追い越してはいけない気がする。

「・・・ねぇ!」
「何?」
「あんたの実家って何処?」
「・・・ここ」
「は?」
「一応、院長が親父だよ」
「・・・・・・そうなの?何であんた医者じゃねーの?」
「頭が悪いから」
「嘘でしょ」
「嘘、好きな人がナースだったから」
「・・・この病院?」
「そう。俺が大学で出る前にこの病院で死んだけど」
「─────勝てねェじゃん」
「え?」
「部屋ひとりで帰るわ」
「・・・・・・」

 

 

夜勤はあまり好きじゃなかった。
その手の話は平気だが、夜の病院というのはやはり不気味だ。夜になると己を嘆く若い女性が一番怖い。
ふと入った病室で、窓側のベッドに灯りが見えて近付いた。中を覗くと病人はまだ起きていた。

「あれ、辰巳さん」
「中西君か、」

いつの間に名前を覚えたんだろう。ふと思う。
手にしていた本を閉じて中西はパッと顔を向けた。

「まだ起きてたのか」
「いいでしょ?この部屋他に誰も居ないんだから」
「・・・もう遅いから、適当に寝ろよ」

隣のベッドの中学生も退院していき、珍しいことに4人部屋に中西がひとり。長い入院なら移動もあるのだろうが彼ももう明日には退院だ。

「辰巳さん、」
「ん?」
「寝れないんだ」

はし、と中西が辰巳の手を捕まえた。驚くほど冷たい手を思わず握り返す。

「あのね、辰巳さん」
「・・・何だ?」

じっと、視線。
自分は透視でもされてるんじゃないかという錯覚。心の中を覗くような、強い、視線。

「好きなんだ、あんたが」

危ない。
危険信号は、遅い。それでも次の行動への警告にはなったはずだ。
それでも大して力の加わっていない手に引き寄せられ、辰巳は傍へ立つ。
ねぇ、と、何をねだる?

 

「お願いだから、」

泣きそうな顔なんて初めて見た。
荒い息を整えながら辰巳は手を滑らせる。ともすれば忘れてしまいそうな足のことをどうにか頭の端に留めて居る状況。直接的な刺激に中西は声を殺す。
この行為にはふさわしくない乱れた制服をたぐり寄せるように、中西が手を伸ばして辰巳の頭を抱いた。

「お願いだから、もう会わないとか言わないで」

ばれたら流石に息子でも首だろうかと考えていた自分が自分を怒鳴る。

「っ、あ」

俺のこと離さないって約束して。
後から思えばひどく強引で。

 

 

 

「・・・制服で何やってるの少年」
「・・・・・・」

睨まれた。
溜息を吐くと面倒臭そうに口を開く。

「あんた看護婦?」
「一応ね、今は看護婦って言わないけど」
「俺こないだまで入院してたんだけど」

確かに傍には松葉杖。それなら尚更裏口にいる理由が可笑しい。
あぁもしかして、先に声を発す。

「君が中西君?」
「・・・辰巳良平って、首にでもなった?」
「まさか、よっぽどのことしなきゃ彼は首になんないわよ。患者に夜這いした程度じゃね」
「・・・あんた何処まで知ってんの?」
「因みに辰巳君は礼儀正しい女性がお好み。病院の中にいるから探してみなさい」

 

中庭の心地よい日差しの中、自分よりも大分年上の女性と談笑していた。松葉杖でその頭を殴りつける。

「ッ・・・!何、」

振り返った辰巳が息を呑んだ。
そんなにひどい顔してる?それとも厄介払いが出来なくてうんざりした?
馬鹿野郎、声がかすれた。

「・・・なかに、」
「何でいっつも大人はそうなの!」
「え?」
「子どもは自分の物にする癖に俺の物にはなってくれない!捨てるんだったら構って来なきゃいい、見舞いにも来れないなら息子になんてしなきゃいいんだ、」
「なに、言って」
「・・・・・・」

衝動に負けて中西は俯いた。結局は彼も親と一緒なんだろう。
言いたくない、見たくもない。目を瞑る。泣きたくない。
名前を呼ばれて、頬に体温を感じて泣きたくなる。
ゆっくり目を開けると、・・・視界に違和感。顔を上げると予想外に辰巳が近くて一歩引く。違和感。

「・・・・・・なにそれ」
「・・・・・・」

何であんたが松葉杖?
ベンチの女性が笑いながら立ち上がる。用がなくなったみたいだから、と手を振って離れていった。

「・・・帰りに事故って、ちょうど入院と退院で擦れ違ったから」
「・・・・・・アホくさ・・・・・・」

足が固定されてなければしゃがみ込んでる。どうにもやりきれない中西は片手で顔を覆う。

「・・・今のは?」
「・・・受付の子・・・」
「・・・・・・」
「・・・連絡先聞き出そうとしたんだけど」
「・・・・・・あんたが入院してどうすんの?」
「・・・・・・」
「ダッセェの」

だけどにやけてしまうのは何故だろう。それを悟られないように顔を逸らす。

「・・・あんたが入院しても俺は夜這えないんだけど」
「・・・・・・」

 

この先どうなるか分からないけど。
何にせよ完治を待つばかり。

(・・・あの夜階段から落ちたってのは黙っとこう・・・)

初めて見た照れた表情をもう少し見ていたいから、笑う顔はまた後で。

 

 


フェイント。ナース辰巳。調子に乗って長すぎ。
書いてるときはノリノリだったんですが読み返すとすごい頭の悪そうな(悪いけど)。
ちゅーか足折れてんのにやんなよとか辰巳がひたすら頭悪いとかシメ方可笑しいとかセルフつっこみ連続。
因みにタイトルは軽い嘘。内容と言うよりはナースについて。ナース中西期待されすぎなので。別に嘘吐いてないけどね・・・!

 

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