サ ッ カ ー バ カ


中等部の敷地にはなかった八重桜もすっかり散って、深緑の季節に変わろうとしていた。

「つーか、アチィ」
「この間まで中西の『寒い』を聞かされてた思ったら今度は三上の『暑い』が始まったか」
「文句あるか」
「別に」

四年目の付き合いになる渋沢が苦笑する。
高等部一年、同じクラスになるのは三度目だ。

「・・・で、渋沢は何度目の高一?」
「中西・・・」

下敷き片手に袖をめくっている三上の隣に、まだセーターを着てる中西が並ぶ。季節感のなさにこれからを不安に思った。
高等部に進み、馴れ親しんだ寮にも別れを告げてきた。
渋沢と去年まで同室だった三上のルームメイトは中西だ。

「お前見てるだけで暑いから脱げ」
「力ずくでやってみな?」
「ぜってーヤ。お前の所為で変な噂たってたまるか」
「・・・・・・」

二人のやりとりに渋沢は溜息を吐いた。
一度冷房病にかかりかけた中西が三上基準の夏場の室内温度に耐えられる筈がない。
とはいえ三上が中西に勝てるとは思わず、三上から八つ当りを受けていた根岸は今年から居ない。つまりストッパーが居ない。
辰巳じゃないが胃薬を準備しておくべきだろうか。

「・・・あ、そうだ」

ストッパーで思い出す。

「来週中等部と試合するらしいぞ」
「あぁ、OB戦だね」
「・・・・・・」
「新キャプテンがどう成長したか楽しみだな」
「それにしても監督は冒険したよねェ・・・」







気持ちのいい晴れの日だった。
お前相変わらず晴れ男だなぁと三上が言うのを聞きながらグローブをつける。
中等部のグランドは久しぶりだ。

「キャプテーンッv」
「もうキャプテンじゃないよ藤代」
「キャプテンはキャプテンっスよ!」

懐いてきた藤代を渋沢が慣れたように落ち着かせる。少し懐かしさを感じて渋沢は隠れて苦笑した。

「お前成長しねぇなー、試合前に敵陣に乗り込んでくるなっての!」
「はーん?三上先輩さてはタクが来てくれないからって拗ねてるんスね?」
「消えろ」
「タクは今日をすっごい楽しみにしてたんスよー」
「え・・・」
「中西先輩に会えるの」
「・・・・・・」
「多分会いにいってるんじゃないっスか?」
「あいつぜってー泣かす・・・」
「や、多分泣くの三上先輩だと思いますよ」
「何で」
「見れば分かりますよ」
「・・・・・・」

消えていた中西が戻ってきて、渋沢の点呼がやっと終わる。
藤代に気付いて三人の方へ足を向けた。

「藤代そろそろ向こう練習始めてるよ」
「げっマジですか!キャプに怒られるッ」
「は?キャプテンお前だろ」
「笠井のあだならしいよ」
「あぁ・・・理由は何となく分かる」
「何ですかそれーっ!今日はちょっとテンション上がりすぎただけですよッ、いつもはちゃんと出来てますーッ!」
「いいから藤代早く戻れ」
「あっ、ハイそれじゃ!絶対負けませんから!」

最後までテンション上がりっぱなしで叫び、藤代は慌てて走っていく。
その後ろ姿を見て渋沢が苦笑した。

「藤代何も変わってないねェ」
「つーかお前何処行ってたの?」
「・・・笠井のとこ」
「その間は何だ」
「・・・いや別に?」
「・・・何だよ」
「見れば分かるよ」
「は?」






「分かった?」
「・・・・」

ベンチの隅で体力の復活を待つ三上の隣に中西が座る。
春先だがあれだけ走り回ればそれなりに熱くなり、しかし三上が頭からタオルを被っているのはその所為だけじゃないように思う。

「・・・何様だあいつ」
「副キャプテン様じゃない?」
「・・・・」

三上は少し顔を上げ、タオルの隙間からコートの向こうの笠井を見た。
・・・人が、群がっている。
少し悔しそうな表情で新しいチームメイトに声をかけたり、話し掛けてきた後輩には笑顔で返す。

「女王みたいねぇ」

中西が楽しそうに笑った。
そのうち皇后様のように手を振りそうだ。

「・・・でも1年の時みたいな顔してるね」
「・・・・」
「そうか・・・笠井そんなに俺と離れたのが淋しかったのね」
「は?」

三上の声が聞こえたかのように笠井の顔がこっちへ向く。
中西と目が合ったのか笠井が小さく笑い、後輩達に声をかけてからこっちに走ってきた。

「中西先輩」
「お疲れ笠井ー」
「あ、三上先輩だったんですか、お疲れ様」
「・・・おー、お疲れ。・・・背ェ延びた?」
「あっ、そうなんですよー。新学期の身体測定で170!」
「あらーオメデト。三上幾つだっけ?」
「・・・73・・・」
「差は変わんないねぇ」
「くそ、お前何で延びてんの」
「成長期ですかねー!あ、今筋トレしてるんですよ、誠二とどっちが先に腹割れるか競争」
「するな」
「やめなさい」
「えー」

「中西ー、監督からごしめーい」
「えー?やっぱバレたかぁ。じゃあね笠井」

笠井に手を振って中西が歩いていく。
残された二人の間に少し気まずい流れがあった。

「・・・久しぶりだな」
「そうですね・・・」
「・・・・」

「・・・先輩ちょっとプレイ変わった」
「そうか?」
「はい」
「・・・・」

自分じゃ分からなかった。
高等部のプレイに影響されたつもりはなかったが、そう言われたのなら事実だろう。

「・・・何で、」
「ん?」
「何で、俺ら会わなかったんですかね」
「・・・何でだろうな」

別に退寮時に会いに行く約束をしたわけでもなかったが、別れたわけでもない。
サッカーの次ぐらいの支配力で中等部の生活を大きく変えたこの人物に会わなかったのは何故だろう。

「でも、先輩いないと思いっ切りサッカーが出来る」
「うん、それは俺も思った」

笠井の場合はどうか知らないけど。
本気で好きなサッカーだったけど、どうせ試合中他人を気にしている余裕があることは殆どないけど、それでも少し、よく見せようと思っていた節があるのかもしれない。




「笠井ッ、三上も!」

中西が走ってきて笠井に飛びつくようにして足を止めた。そうでもしなければグランドを突っ切っていそうな勢いだ。
ふたりが目を丸くしているのもお構いなしで中西は大きく息を吐いた。

「根岸ッ!」

まだ息が整わない。
だけど全部言わなくても三上は理解して、立ち上がって中西がいた方に目を凝らした。
監督を中心に集まっている集団の中で、ひとり手を振る人物がいる。

「今日OB戦だって、教えてたら」

同輩にやるように中西の肩を叩いて、笠井は振り返って藤代に叫ぶ。
それが聞こえたかどうかの確認もせず、輪の方に走っていく。

「・・・中西、大丈夫か?」
「カッコワルー」

こみ上げた感情を誤魔化して、中西も笠井の後を追った。
向こうから藤代も走ってくる。他の元2年も何人か続いていた。

「バカばっかし」

慣れた疲労感は殆ど気にならない。
三上はゆっくり歩いていった。

 

 


根岸は外部進学。
三笠って言うか中ネギっぽい・・・

030622

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