へ た く そ な 嘘


「辰巳ってさー、何で洗濯好きなの?」
「好きというか習慣というか・・・」
「何で?」

辰巳の顔を見上げながら中西は器用に人混みを歩く。
新年早々辰巳の地元まで押し掛けてきた中西は何かのコロンの匂いがした。電車でつけられたと中西はいう。
何と答えたものか迷った辰巳は、無理なことを言ってみる。

「・・・うちは両親が共働きに出てて、昔から弟たちの世話をしてたから」
「洗濯も?」
「洗濯も料理も掃除も、一通り」
「へー・・・」
(あ・・・信じた・・・)

昨日読んだ本の主人公の話だったが。
まさか中西が真に受けるとは思っていなかったので、辰巳はどうしたものかと顔を逸らす。
中西は何処か可笑しい。だけど何処が可笑しいのか分からないので放っておく。
喧嘩と言うほど大袈裟ではないが、寮を出るとき少し言い合ったのが気まずいのかもしれない。

「あ、じゃあ俺が正月にお邪魔しちゃっても大丈夫なわけ?」
「・・・お前の口からそう言うセリフを聞くとはな」
「俺は常識人ですー」
「親は家にいるけど、別に大丈夫だ。まぁ挨拶はして貰うかな」
「わーい辰巳んちー。今度ウチにもおいでね、挨拶しに!」
「何の挨拶をするつもりだ・・・」
「勿論 息子さんを僕に下さいって!」
「・・・笑えない冗談だ」

ひどーい、と返す中西がいつもの様子で、辰巳は何となく安心した。
バス乗るから、とバス停で立ち止まる。
丁度バスが行ってしまったところらしく、人が多い駅前だが並んでいる人は居ない。帰る人ではなく出掛ける人の方が多いのかもしれなかった。

「・・・・」
「何?」
「いや、わざわざ鎌倉まで何しにきたのかなと思って」
「だから、辰巳に会いにv」
「・・・面白いものは何もないぞ」
「辰巳がつまんない男だし」
「うるさい」

まもなくバスが来て、ふたりは続いて乗車する。乗るついでに辰巳が運転手に行き先を確認した。

「何?路線ややこしいの?」
「いや、バス殆ど使わないから」
「ふーん。駅までいつもどうすんの?」
「送って貰うかタクシー」
「タクシー」
「あ、バス代ぐらい出すから良いぞ、どうせ優待券だし」
「優待券」

何だか聞き慣れない言葉を聞いた気がする。

「あ、良平君」
「───あ」

あとから乗ってきたのは上品な感じ女性。何となく辰巳が中学生のように見えてしまうが、結構若いように思う。
中西を先に座らせた辰巳はそっちへ行って一言二言話をした。
断片的に聞こえた単語は、仕事、缶詰、年中無休。何の話だ。

「あの子は?」
「あ、同じ部活の」
「遊びに来たんだ」

急に声が聞こえたのは体がこっちを向いたからだろうか。
中西は振り返り、女性に愛想笑いをしておく。彼女も笑い返し、それからまた少し話をして辰巳は戻ってきた。

「誰よー」
「期待に添えなくて悪いが父さんの仕事場の人だ」
「ふーん」

バスが発車する。席が埋まる程度の乗客は増えては減りとそんなに数が変わらない。
途中でさっきの女性も下車していった。
傍を通るときに会釈していく。同僚の息子に対してはいやに丁寧だ。
世の中には律儀な人もいるもんだ、と中西は自分の知人と比べてみる。小さい会社ながら一応社長の息子という肩書きを持つがそんな扱いをされたことはない。

「あ、連絡してない」
「家に?」
「そう。急に連れていくとあとで文句言われるんだ・・・」
「辰巳んち親厳しいんだ」
「いや、親は気にしないけど」
「ん?」

言葉を濁らす辰巳を見るが、それ以上言う気はないらしい。それでも何、と聞いてみれば、着けば分かるという返事だ。
辰巳がはっきりものを言わないのは今に始まったことじゃないので中西は特に気にしなかった。

 

 

「・・・辰巳んちって何屋さん?」
「本屋」
「ってーか辰巳ってあの出版社かよ」
「本屋だろ」
「違うし。っつーか何で辰巳そんなに所帯染みてんの!?」
「うるさいな・・・」

スターお宅訪問?
今辰巳の顔と表札にモザイクが掛かっていて、CM明けに正体が分かる。そんな気分。

「家でかー・・・」
「入るぞ」

門を押し開け、中西が入ってからそれを閉める。
玄関のドアを握った辰巳が少しと待った。庭は綺麗にガーデニングされ、その庭に囲まれた家は標準家庭よりちょっと豪華と言っていい。

「・・・中西」
「ん?」
「頼むから余計なこと言うなよ」
「大丈夫だって、信用ないな」
「お前が嘘を吐かないのは試合中だけだ」
「やだーそうでもないのよ実はー」
「・・・・・・」

辰巳はゆっくりドアを開けた。そして吹っ切るように、奥にただいまと声を掛ける。
靴が溢れていた自分の家を思い出し、すっきりと整頓された玄関に中西は感動する。
ふ、と顔を上げたときそこには和服の女性が立っていて、中西はその一瞬同様を見せた。
強い。この人は絶対的に強い意志を持っている。
もう老人と言える年輩の女性はしかし背筋をピシッと伸ばして立ち、質素な和服を着こなす。

「お帰りなさい良平さん。そちらは?」
「中西だ。朝電話くれた奴」
「そうですか。どうぞいらっしゃい、何のお構いもできませんがゆっくりして行かれて下さい」
「あ、いえ。早くから電話してすみませんでした」

電話に出たのはこの人だったのか、中西は勝手に母親だと思いこんでいた。

「マサさん、お父さん達は」
「ふたりとも書斎でございます」
「分かった」

行くぞ、と急かされて中西は会釈をし、辰巳に続いて階段を上った。

「・・・今の、おばあさんって感じじゃないよね」
「あの人と血が繋がってたら俺はもうちょっとしっかりしてる。俺の乳母だよ」
「乳母」

何それ、
思わずそう言い掛けて中西はやめた。乳母。

「・・・洗濯は?」
「・・・まだ言ってるのか?」
「嘘!?嘘吐いたー!」
「早く気付け、俺に弟は居ない」
「・・・そうだよ、辰巳一人っ子じゃん・・・」

辰巳が嘘吐いた・・・
ショックを引きずる中西を引きずって辰巳はドアの前に立つ。
ノックして、中から女性の返事があってから辰巳はドアを開けた。

「ただいま、」
「お帰り良平」

書斎・・・
中西は書斎というのを初めて見た。父親が格好つけて書斎と呼ぶ部屋はあるが、あんなもの何でもない。
そこはドアとベランダを覗く壁に本棚が狂いなく立ち、本屋のように本が詰まっている。辰巳の部屋の本棚を思った。

「友達が来たんだ」
「いらっしゃい」

優しく笑う女性がソファから立ち上がった。ベランダから入ってきた男が辰巳を見てお帰りをいう。
とりあえす中西が分かったのは、辰巳の長身は母親譲りと言うことだ。
モデルでもやれそうなスタイルの母親と、ミニマムとまでは言わないが白雪姫と生活していそうな小人という雰囲気の父親。そのふたりから辰巳。

(・・・まぁ性格を作ってるのは遺伝だけじゃないしね・・・)

印象だけで語るならふたりとも辰巳に似ている気がしない。本の虫と言うだけが共通らしいが。

「年明けてすぐどうしてこちらに?」
「前から鎌倉観光がしたいと言ってたんだ。正月ぐらいしかゆっくり出来る時間がないし」
「そう」
(嘘っぱち・・・!!)

淡々と嘘を吐く辰巳を初めて見た。もしやずっと考えていた言い訳なんだろうか。

「観光に行くなら車使って良いぞ」
「いいよ、仕事入ったら困るだろ。どうせ人混みじゃ車使えないし前田さんも正月休みさせてあげないと」

・・・中西は少し頭痛がした。
ポジションが逆だ、と思う。いつも振り回されるのは辰巳の方で(自覚アリ)中西が困惑することは今までに殆どない。

(こ、この男・・・)

部屋を出て、中西の視線に辰巳は苦笑する。

「別に観光なんて行かなくて良いぞ」
「いや、そこじゃなくてさ。・・・えーと、もしや運転手とか居る?」
「・・・いるぞ」
「あと、辰巳って嘘吐き?」
「・・・割合」
「普段嘘吐いてないよね?」
「吐く意味ないからな」
「・・・辰巳って読めない・・・」

同じ階の一番端、そこが辰巳の部屋らしい。
中西が一歩踏み込んで感じるのはデジャブ。

「・・・書斎?」
「悪かったな俺の部屋だ。まぁ入学してからは物置だけど」
「あぁ・・・そりゃ全部辰巳のとかは流石に有り得ないよね」

本。だ。
本本本。この部屋の奥に、ここを通らなくては入れない部屋がある。奥に長い部屋で、壁に本棚、ぎっしり本。

「うーわー・・・凄い量。床抜けない?」
「半分以上親の趣味だけどな、多分読んでない本とかあるし。コレクターの域」
「図書館みたい」

本棚を珍しそうに見ているのは辰巳も同じだ。
その後ろ姿を見て何だか悔しくなってくる。今日1日押されっぱなしだ。
そう広くない小部屋、本に押しつぶされそうな錯覚。
だけど中西はそんなもの怖くない、油断している背中にいきなり抱きついてみる。案の定辰巳は手にしていた本を落としかけ、ゆっくり振り返った。

「・・・何だ?」
「あのね、ここの声って何処まで聞こえるかな」
「・・・多分、どこにも・・・」

辰巳にこっちを向かせ、中西は辰巳を逃がさないよう体にもたれ掛かった。
服のサイズは変わらないが、身長差は結構ある。

「辰巳」
「─────」

 

 

「───良平さん?」

部屋にいるの思ったのだが。
考え込むマサの前に、小部屋から辰巳が出てくる。

「あぁ、いらしたんですね」
「ちょっと奥にいたから」
「お茶をお持ちしましたよ。お友達は今夜どうなさいます?」
「あぁ・・・もう遅いし泊めても良いかな、俺と同じ部屋でいいから」
「分かりました、お伝えします」

・・・多分家の中で一番厳しい人は、いつもと変わらない調子で部屋を出ていった。
やはり自分は嘘が上達しているだろう。少し前なら動揺をさとられただろう、前科はある。
辰巳はドッと肩の力を抜き、大きく溜息を吐いて小部屋に戻る。

「・・・あのおばあさん見えてんの?タイミング良すぎ・・・」
「見えてるかもな・・・。・・・どうする、ああいったけど。泊まっていくか?」
「いいなら泊めてーv」

近付いてきた辰巳に腕を伸ばし、そのままぎゅっとしがみつく。
中西を押し返して、ふとそれを見つけて首に触れた。

「辰巳?」
「これどうした?」
「・・・何かなってる?」
「赤い」
「・・・さぁ、何だろう。昨日酒入ってたからよろけてどっかにぶつけたのかもね」

中西は咄嗟の嘘がへた。
少し考え、辰巳は本棚に手を伸ばす。
中西が言わないなら聞かない。首筋の鬱血。

 

 


辰巳やりすぎ?一人ぐらいおぼっちゃんが居ても良いかなと思って。婆ちゃん書くの好きだー

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