流 血 ラ バ ー


「笠井!」

普段の試合なら転倒したチームメイトの方へ向かうことは出来ない。
ボールは生き物のように動いて、目を離している好きにゴールネットに飛び込んでしまうからだ。
ミニゲームの最中だってそれは言えることだが、それでも根岸が笠井に駆け寄ったのは嫌な予感がしたかもしれない。
静かだったわけでもないのに、笠井にぶつかった藤代の、やっべ、なんて声が渋沢の耳に届いた。

「タクごめん!」
「ううん、集中してなかった俺が悪い」
「大丈夫か笠井」
「キャプテン・・・」

体を起こした笠井が渋沢と目を合わせて苦笑する。
笠井は左の腕を押さえて、ダメですと小さく呟いた。パタリ、と指の隙間から血が落ちたのが見えて根岸が悲鳴を上げる。

「げっ、タクッ、何、そんなヤバイッ!?」
「おいどうした」
「・・・後は任せた」
「はぁ?」

三上に後を押しつけて渋沢が笠井を立たせ、保健室に行って来る、と歩き出す。
監督もコーチも不在の今日、引き留める者は誰も居なかった。

黙ったままの笠井の隣を歩きながら渋沢はグローブを外す。
笠井が俯きがちなので腕を掴んで軽く誘導した。
傷を押さえる手からゆっくりと血が伝ってくる。保健室についた頃には渋沢の指先も濡らしていたが、そんなに気にはならなかった。

「先生・・・はいないみたいだな」
「ホントですか?」
「まぁ消毒ぐらいなら俺にも出来るから」
「キャプテン、笑っていい?」
「は?」
「俺我慢してて、」

言うなり笠井がくすくす笑い出す。
しかしすぐにイタッと顔をしかめて、渋沢は取り敢えず笠井を座らせた。
手をどけさせると笠井が何か持っているのに気がつく。

「何だ?」
「あ、ガラスです。これで切って」
「ガラス・・・」

道理で有り得ない出血があるわけだ。擦り傷ではなく切り傷なら納得がいく。
脱脂面できず津血をそっと拭いていくが、果てしない作業のような気がした。

「・・・よかった、怪我したのが俺で」
「よくないだろう、手ならともかく足だったら」
「キャプテン、俺は手でも足でも代わらないよ」
「・・・・・・」
「良いんですよ、俺は。だって俺が悪いんです」
「どうして?」
「これは俺が捨てたガラスだから」
「・・・・・・」

渋沢は顔を上げて笠井を見る。
手の中に血で汚れたガラスがあった。余り見ていて気持ちのいいものではない。

「よかった、キャプテンが怪我しなくて」
「・・・笠井、なんて?」
「これは俺が捨てたんです。捨てた後後悔して探したけど見付からなくて。因果応報ってこのことですよね」
「・・・・・・」
「いたっ」
「あ、すまん」

渋沢は慌てて視線を傷へ戻す。
治療しながら笠井に聞いた。

「何で?」
「あんまり、キャプテンには言いたくないですけど」
「・・・・・・」
「・・・『一軍』の人には分かんないです」

笠井の声がぐっと小さくなった。
ミニゲームを再開したらしい声が聞こえてくる。
藤代が集中できずに怪我してなければいいが、と何故かそんなことを思った。

「なんてね、力は関係ないんですよ。俺が子どもだっただけ。嫌いだっただけなんです」
「・・・誰を?」
「ひみつ」

消毒液の刺激に笠井が喉の奥で悲鳴を上げた。
渋沢の手が一瞬躊躇う。

「・・・ちょっと切るぐらい、なんて思ったんです」

笠井の声が酷く遠くで聞こえた。
傷は深くはないが腕に沿うように長く、渋沢はガーゼを当てて包帯を出す。

「あ、キャプテン大袈裟」
「だって絆創膏なんて貼れないぞ」
「うー・・・かっこわるー。 ・・・誠二大丈夫かな」

それを聞いて渋沢が思わず笑う。
笠井が怪訝な顔で渋沢を見た。

「・・・何ですか」
「いや、同じこと考えたなって」
「・・・今度は誠二が怪我してたりして」
「そしたら笠井の所為だな」

怪我してない方の手の平に乗った加害者を取り上げ、渋沢は脱脂綿と一緒に捨ててしまう。
捨てるトコ違う、と笠井が突っ込むが、ただ笑い返した。

「今は?」
「・・・もうあの時の気持ちなんて分かりませんよ。多分恨み買ってる方だし」
「それはよかった。もう無茶するなよ」
「無茶って言うか、なんて言うか」

笠井と両手をつないで、渋沢は少しかがんで額に唇を落とす。
笠井の片手はまだ血が付いたままだったが気にしなかった。

「・・・そこやだ」
「何処?」
「くち」

ふざけた口調に笑いながら唇を重ねる。
あら、と小さく声が聞こえた気がして渋沢は顔を上げた。

「・・・あ、先生勝手にすみません」
「・・・いいえ。怪我?」
「はい、笠井が」
「あ、そうだカード書かないと」

笠井が手を洗ってから入室記録を書きにいく。カードと言っても藁半紙の用紙だ。
笠井の次に洗面所を借りて渋沢が手を洗う。蛇口をどんなにひねっても水はちょろちょろとしか出ない。
赤いと言うにはほど遠い液体が、少しずつ排水溝に吸い込まれた。

「・・・あ、病気の方に書いてた。怪我こっちだ。・・・・・・放課後、部活で、すりきず」

一つ一つ確かめるように笠井が記入していく。
保健医が後ろから覗きにいって、包帯を見て首を傾げた。

「擦り傷の割には大袈裟ね」
「ですよね、俺もキャプテンに言ったんですけど」
「書けたか?」
「あ、はい」
「じゃあ笠井君気を付けてね」
「はーい。失礼しました」
「失礼しました」

笠井は渋沢を追ってドアに向かった。渋沢は入り口で待っている。

「あ」

笠井が渋沢を引き留めて振り返った。
保健医と目が合う。

「先生、さっきの秘密ね」

渋沢にぶつかるようにして笠井は保健室を出ていった。
廊下を少し歩いて、怪我をしてない方で渋沢に体当たりをしてそのまま指を絡ませる。

「学校でこういうのドキドキするかも」
「・・・俺は藤代が怪我してないかどきどきだよ」
「あ」
「早く戻ってやらないと」
「・・・俺はもうちょっとふたりでも良いんだけどな」
「・・・・・・」

多分一生かなわないんだ。
守護神はふとすれば曲がりそうな体を、精一杯前へ進めた。

 

 


可笑しい・・・!!
あれ・・・?
世間一般に出回ってるような渋笠(?)を書こうと思って
ちょっと、ほら、ダークな感じに書こうと思って
・・・・・・あれ?(ほど遠い)
すいません笠井が怖いです。

30821

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送