優 性 遺 伝 : 憂 鬱


「・・・どうしたそれ」

笠井の右手の包帯を見て三上は立ち止まる。
どうせずっと隠してはいられないのだが、何となく隠しておきたかった笠井は少し溜息を吐いた。

「・・・体育で・・・ドッチボールで折りました」
「折ったッ!?」
「はい・・・」
「・・・・」

夕食時たまたま食堂ですれ違っただけの話なのに、なんだか重大な話を聞いたような気がする。
今思えば部活の時いなかった気がしたが、今日はポジション別に練習をしたのでよくわからない。

「・・・それ・・・どの指?」
「小指ですけど」

隣の席の椅子を引いて三上は机にトレイを置く。
さも当然のように隣に座り、笠井の正面の藤代が露骨に顔をしかめた。

「ピアノ弾けんの?」
「無理ですね」

またかと言う表情で笠井は溜息を吐いた。
もう何度も聞かれていたんだろう、笠井は文化祭でクラスの合唱のピアノを弾くことになっていた。

「・・・笠井左利きだっけ?」
「右です」
「・・・・」

右利きだと笠井は言うが包帯を巻かれているのは右手、左手は箸を握り食事を続ける。
豆をも掴めそうな箸遣いだ。

「・・・左利きだったこともあるんです」
「・・・・」
「つーわけで三上先輩当分タク貸しませんからね!無理してひどくなったら大変ですから!」
「は?何言ってんの、手ぐらい使えなくてもやること出来んだよ」
「うわっ鬼!悪魔!」
「吠えてろバカ犬!」
「タクっ考え直した方がいい・・・ってあれ?」
「・・・笠井?」

既に笠井の姿はなかった。




「おかえり」
「・・・ただいま」

あからさまに不機嫌な声で迎えられて笠井は苦笑して部屋に入る。

「・・・ひとりで風呂?」
「中西先輩と入りました」
「・・・・」
「因みに頭洗ってもらっただけなので色々と考えないで下さい」
「信用ならん」
「それは信用できる人が言うセリフです。髪乾かしてくれませんか」
「・・・・」

差し出されたドライヤーを三上は受け取った。
テレビの傍に転がっている延長コードにプラグを差す。スイッチを入れ、風の温度を確かめて前に座った笠井の頭に向けた。
笠井は金属片と包帯を指に巻く。
三上はドライヤーを止めて笠井を後ろから抱き込み、そっとその指に触れた。

「痛そ」
「指より精神ダメージがでかいです」
「・・・・」

机の上の楽譜はまだ配られたばかりだろうと思うのによれよれで、三上は言葉が出なくて黙り込んだ。
違いますよ、と笠井。

「俺、コレ受けたら多分やばいなって分かってた」
「え」
「まさか骨折するとは思わなかったけど、突き指ぐらいするかなって」
「・・・何で?」
「・・・ピアノ、弾きたくなかったんです」








「あっちゃー・・・やっぱそうかぁ」
「何、藤代お前知ってたわけ?」
「知ってるとかじゃないですけど」

藤代は3軍に交ざってリフティングをする笠井を見る。
怪我は指だが運動は止められている笠井は見学だった。何もしないよりは、とああして簡単な動作には加わっている。

「俺、タクはピアノ弾くの好きだと思ってたんです」
「・・・違うのか?」
「タクは好きだって言いましたよ。でも合唱の曲練習してるときはすっごいしかめっ面なんスよ」
「・・・・」
「多分、義務になると重いんじゃないっスか?あいつバカだから」
「・・・お前にバカと言われちゃ笠井も終わりだな・・・」





「バーカ」
「は?」
「藤代からの伝言」
「誠二には言われたくないなーそれ」

笠井は苦笑しながら手摺りに寄り掛かってしゃがみこむ。
夜の屋上に、光源は道路の街灯しかない。

「────・・・俺、家に父さん居ないときに箸が持てるようになったんです」
「・・・・」
「左手で、ですけど。帰ってきた父さんに誉めてもらいたくて見せたんだけど、怒られた」

三上は笠井の傍まで歩いた。
隣に立って下を見下ろす。目に飛び込んでくる街灯には小さな虫が群がっていた。

「右で箸が持てるようになるまで怒られ続けた」

笠井は右手と左手を見比べる。
右手の包帯だけが白く浮かんで見えた。

「父さんの実家がそういう家なんです、形式張った常識的な。
 ・・・まぁ、それだけじゃなくて、父さんはつくりたい人が居たんだと思う」
「つく・・・」
「うん、誰かな。昔好きだった人とか、そういう人に似せたかったんですよきっと」
「・・・・」

サッカーやるって言ったときも怒られたな、
そんなことを思い出して笠井は苦笑した。その誰かさんはサッカーをしなかったんだろう。

「ピアノ弾きたかったなぁ」

笠井の指先がコンクリートをたたいた。
右手の指も並んで動くが、薬指は小指と一緒に固定されているため動かない。
それがもどかしそうに笠井は顔をしかめた。

「自業自得だよね、俺も父さんも」






「お前と一緒寝んのコエー」
「じゃあくっついとこ」
「お前・・・」

笑いながらベッドに乗り込み、笠井が三上の腕の間に納まる。
三上は包帯の巻かれたところに気を付けながら笠井を抱いた。

「おやすみ」
「おやすみなさい」

時々思う。
笠井は俺じゃなくていいのかもしれない、
少し身動きしながら丁度良い場所を探す笠井の頭を撫でて三上は思う。

笠井は、俺じゃなくても

「・・・・・・」
「・・・あっ、ちょっとっ、先輩ドコ触ってるんですかっ」
「手ェ気ィつけろ」
「ちょ・・・」

その先はもう考えない。
今は俺だ。

「せんぱーいっ」
「ん、ダメ、聞かない」
「指怖いー」
「だから気ィつけてろって」

黙らない唇を塞いでついでに憂鬱も飲み込むつもり。

 

 


わからなーい。意味がわからなーい。
因みにこの続きっぽいのを考えてるので三上2年笠井1年のつもりなんですが
それはそれでこのバカっぷりはきもいなぁ。
ドッチで骨折したのは友人・・・。

030608

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