俗 に 言 う …


起きるのめんどくさい。もう聞き飽きたその言葉に溜息を吐くのも飽きた。
朝食予定の目玉焼きを焼きながら、またふたり分食べる羽目になったらどうしようかと考えた。自分よりも彼が何も口にせず部屋を飛び出す方が心配だ。

「…中西ー」
「うー…」
「社会人なんだからいい加減しっかりしろ」
「社会人になりたかったわけじゃないもーんなっちゃったんだもーん」
「…」

なんとも情けない発言だ。昔から寝起きは悪かったが年々酷くなっていく気がする。しかし今あれだけ喋ったのだから、今朝は割と覚醒しているようだ。
出来上がった目玉焼きを皿に移し、冷蔵庫に残っていたミニトマトを添える。皿には既にこんがり焼けたベーコンが載せてあった。嗚呼自分はこんなにも大切に想っているのに?

「────」

牛乳は嫌いだと文句を言うからコーヒーか紅茶でと残りを見る。あぁ紅茶がないな、頭にメモをするつもりで呟いて、カップを手にしたままベッドへ向かう。

「中西」
「眠い」
「コーヒーか紅茶」
「…辰巳v」
「コーヒーでいいな」
「やだー」
「…」

さっさと行こうとしたのにシャツの裾が捕まった。諦めて振り返るとにやりと笑う中西。…起きていたってこれだ。

「キスしてくれたら起きる」
「……〜〜〜」

誰のためにこうして朝から手間をかけてやってると思ってるのか。それがわからないほど馬鹿ではないはずだ。 しかし中西が辰巳を手放す様子はない。言い合うのはそれこそ面倒なので、黙って唇を押しつけた。

「…なんか辰巳って、お母さんみたい」
「……誰がなんだって?お前は親と何する気だ?」
「うんまぁ、接触ちゅーぐらいはしましてよ?」
「……」

カップをベッドに落とし、辰巳はぐっと体を乗り上げる。
ヨーシいい子いい子。満足気に手を伸ばし、中西は辰巳を抱き寄せた。

 

*

 

「………起こせよ!」
「………お前な…俺に言うか?」
「うっさいな!俺が幾ら誘おーがはねつけて起こすのがお前の仕事でしょ!」
「俺は目覚ましか!」
「あぁ〜もう…」

時計を見て中西はベッドに沈む。冷めた朝食をどうしようか。辰巳の頭の中はそればかりだ。

「あぁ〜〜…減給間違いなし…」
「知るか」
「とりあえず電話…」
「コーヒーでいいな」
「…お前ね〜、お前は学生でいいかもしれないけど俺は社会人なの!」
「…むっかつく…」
「どさくさ紛れに人んちで食費浮かしてんのわかってんだからねっ」
「……」

それは否定出来ないので言い返せない。頭を掻いて立ち上がる。中西は深呼吸をして電話をかけた。

「…あい。すんません。…え〜…はぁい。お願いしま〜す…」
「何て?」
「午後からにしてもらった…」
「そうか」
「うー…シャワー浴びてくる…」
「お湯出すか」
「水でいい。ご飯」
「ん」

のそりと死体が立ち上がり、ゾンビの足取りで風呂場へ向かう。さっと手早く朝食だったものを温め、テーブルに並べてインスタントのコーヒーを入れる。
聞こえてきた水音はしばらくするとやみ、殆ど濡れた姿で中西が戻ってくる。水でもしゃきっとしないのか、足取りはやはりゾンビだ。

「あ…あの、辰巳」
「何だ」
「あのー…ごめん、やなこと言った」
「…気にしてない」
「うん…なんか最近変なおっさん毎日来るんだよー。何処のおっさんか知らないけど新聞読みにくんの。それでちょっとまいってて」
「そうか」
「…いや、こんなの。よし、辰巳ッ、夜暇!?」
「空いてない」
「………一緒に飯食いに行こうと思ったのに〜」
「…」
「おごる!」
「行く!」

ガッツポーズを決めて中西は机についた。いただきますと手を合わせて食べ始める。

「終わりはいつも通りか?」
「あ、どうだろ…もしかしたら残らされるかも」
「近くで待っとくぞ」
「…ウン。ありがと」
「俺のが後から出るから皿残してけ」
「うん。ありがとー大好き。あ、鍵渡しとくね」

中西と一緒に皿を平らげながら、辰巳はちらりと時計を見る。

(…どうせ遅刻だから、今更…)

自分でしたことながら溜息がもれて、溜息と一緒に卵を飲み込む。

(…惚れた弱みとは、言いたくないけど)

だけど他に考えられない。
辰巳は頭を抱えて鍵を受け取った。

 

 


お母さんじゃんね。

 

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