レ ン ズ に よ る 世 界 創 造


最悪だ。
辰巳が呟き、友人はどうしたと聞き返した。辰巳が見せた指先に載っているのは、綺麗な半球を描いたコンタクトレンズ。友人がそれを覗きこむ。

「あーあ、欠けてんじゃん」
「痛いと思ったら…」

深い溜息を吐きながら、辰巳はケースを出してレンズを入れた。もう片目も外してしまう。開けたばっかりだったのに。不満気なセリフを笑われた。

「外して大丈夫か?」
「眼鏡ある」
「あぁ」

お前ってそういう奴だよな。馬鹿にされたのか誉められたのかはわからない。

「…お前さぁ、外見を裏切って守銭奴なくせに、なんでコンタクトなの?金かかるだけじゃん」
「…」

痛い質問に黙り込む。
親の希望とは異なる大学への進学で、学費は出してもらっているがそれ以外は親からの援助はない。たまに臨時に色をつけてもらうことはあるが、それでも家賃を含む生活費は自分でバイトで稼いでいる。
出来れば一円たりとも無駄にはしたくない状況で、友人の指摘も尤もなのだが。

「────眼鏡はな」
「なんか不都合か?痛いとか?」
「邪魔なんだ」
「邪魔?」
「かけたままだと」

スマートな眼鏡をかけながら辰巳は吐き出すように口にした。邪魔?聞き返されてただ視線を返す。

「…あぁ、お前むっつりスケベだもんな」
「他に言い方ないのか…」
「お前の彼女って結局誰も見たことないんだけど。なんでンな後生大事に隠してるわけ?むっちゃ美人?セクシー?」
「…ある意味」

そもそも彼女ではないわけだが。

 

 

 

「あれぇ、今日眼鏡?」
「ちょっとな」
「ふうん、珍しいの」

辰巳の顔を覗き込み、中西は何となく笑って先を行く。
大学に入って後期にもなれば大分慣れた。ちょこちょこと時間を見つけては会ったりしているが、やはり高校の頃のようにはいかない。春は周囲の変化の物珍しさや忙しさに翻弄されていたが、秋ともなると新しい生活には慣れきって、足りないものがほしくなる。

「何食う?────あ、メール」
「…俺もだ」

この時間にふたりに揃ってかかってくると言うことは、相手はもう決まったようなものだ。

「三上」
「近藤」

内容は飲むから出てこいと言う至極簡潔なもの。場所は特に指定がないのなら、もう馴染みの場所に決定だ。

「行くか」
「んー、今夜は辰巳とふたりきりって気分?」
「根岸もいるって」
「えっ?え、じゃあ行く!なんなの三上ッ、書いてねーし!あっ今来たッ」
「俺のも一緒に返事しとけ」
「ん」

中学高校と一緒に過ごしてきたメンバーは多かったが、進路先はみなバラバラなので気軽に会えるのはこの辺りだった。笠井も近くではあったがマンションも引き払って留学中。
遠くないので歩いて店へ向かう。集まるのは大抵週末だが、根岸はバイトのために滅多に混ざることはない。

「────そこのでかいのふたり!あっちあっち」
「やかましい」

店に入ってからの一言は近藤が飛ばしたもの。何故いつも同じ居酒屋かと言えば簡単で、近藤のバイト先だからだ。今日はまだバイト中らしい。

「ネギ〜!お久!」
「なか〜!」

ハイタッチを三上にうっとうしがられたが気にしない。靴を脱ぎ捨てて座敷に上がる。

「お、辰巳眼鏡じゃん。俺も俺も」
「うわっ、何そのエロ眼鏡!」
「どの辺がどうエロいんだよ!」
「三上の存在」
「眼鏡じゃねぇし」

失礼な、と真面目ぶった三上は指先で眼鏡をあげる。三上は軽い遠視だが、その眼鏡は別だろう。

「それどうしたの?」
「バイト中に傷つけちゃったのでお買い上げ」
「あー、ほんとだ酷い顔」
「顔じゃねぇ」
「飲み代何回分?」
「…聞くな」
「まだあのハズカシーバイトやってたんだね」
「恥ずかしい言うな!」
「恥ずかしいじゃんかモデルとか。どのツラ下げて?」
「すいませんねこのツラですよ」

やけくそで三上は酒をあおる。モデルと言っても三上いわく、女性向けファッション誌の添え物程度だ。近藤が若干色増ししたジョッキを持ってきて中西と辰巳の前にドンッと置く。

「もうちょいで上がりだから」
「別に近藤いなくてもいいよ」
「むかつく!」

去りかけたジョッキを中西はすぐに捕まえた。ついでに幾つか注文する。

「根岸は明日はバイトないのか?」
「うん。こないだ試合やったから」
「うまいとこ潜り込んだよな〜お前は」
「なんかこないだ恋愛相談されて焦った」
「根岸に恋愛相談!よっぽど切羽詰まってんな!」

根岸は少年サッカーチームのコーチだ。決まったときは三上に爆笑されていたが、面倒見がいいのでぴったりだろう。
中西だけバイトはしていない。本人曰く中西家のお姫様なので働かざる者でも食えるのだとか。因みに部屋代はこの中で一番高い。

「笠井と連絡取ってる?」
「あー、返事返してこねぇ」
「俺返ってくるよ?」
「……」
「メールじゃなくて電話にしたらいいのにー」
「時間合わねぇんだよ」
「あぁ、時差か…。金髪美女と仲良くなったって言ってたから三上お払い箱じゃない?」
「…初耳」
「あらあら。もう三上捨てる気だね」
「…」
「いじめるな…」

何となくいつものポジションで、三上の隣の辰巳が背中を叩いて励ました。

 

 

 

「辰巳次はいつ空いてる?」
「あ〜…木曜はお前が駄目なんだよな」

歩きながら記憶を辿る。酒の入った中西は上機嫌で、鼻歌など歌いながら隣を歩いているが、…これを言うとどうなるだろう。

「会う時間ありそうな日は来月…」
「────はい?」
「パタパタッと人やめていったからシフト詰まってて…」
「…え〜〜…」
「…」

一転。こうなると酒が逆効果だ。

「何それ〜またバイトバイトって!」
「仕方ないだろ金ないんだから」
「俺の計算では結構余裕あると思うんですけどね!」
「人の給料計算するな!」
「やだー遊びたい!」
「やだって…」

腕にすがりついてくる中西に閉口する。この程度の酔いなら記憶もはっきりしているだろうから迂闊なことは言えないが、このまま拗ねられてしまうのは困る。今日は中西の部屋に泊まるつもりだったのだ。

「────飲みに行く金が、いるだろう」
「…そんなけ?」
「昼間会う機会ないからどうしても夜になるし」
「…」
「…誰かさんの誕生日もあるし」
「!」
「自分で欲しがった癖に」
「え、え…でもッ、いや…時間だけ空けてくれたらよかったんだけど、俺が金出すし」
「お前が稼いだ金ならそうしてる」
「…え、じゃあ、待つよ、来月まで」

そうしてくれ。辰巳の溜息も聞いてない。酔いも醒めたことだろう。

「…しまった、コンタクト…」
「…前から思ってたんだけど、何で辰巳コンタクトなの?サッカーやるわけじゃないんだし」
「…そこは、そう」

機嫌のよくなった中西の頭をぽんぽんと撫でる。首を傾げられるがそれ以上何も言わない。

(…真っ暗にすればいいか…)
「あ、なんかエロいこと考えてる」
「三上じゃあるまいし」
「辰巳が結構変態だってことはようやくわかってきたからいいよ」
「…」
「俺も眼鏡の辰巳落ち着かない」

中西はひょいと辰巳の眼鏡を奪って胸ポケットへしまう。辰巳が声を出す前に、中西が手を引いて歩き出した。
線のはっきりしない姿。レンズ越しの世界が自分のものになっていたから、改めて裸眼の世界は不安だ。

(現実が不安定だと思い知る)

 

 


捏造万歳。中西の誕生日には温泉旅行に行きます。

 

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