狸 は 平 均 台 の 夢 を 見 た
「おいッ」
「アラー元気なワンコね」
「中西!」
「よしよし」
「……」睨んでくる辰巳の視線も笑顔ではねのけ、中西は頭を撫でる。その手を振り払いたくとも辰巳は手が出せなかった。それは全く言葉通りに、辰巳の両手はベッドの足に通された手錠によって拘束されている。身動きするたびに金属同士が触れてガチャガチャうるさい。
「中西!」
「わ、暴れない暴れない」
「暴れもする!」目が覚めたらこれだ。辰巳が自由な足を踏みならすのを、中西はやんわりと膝を押さえて止める。足の間に入り込んで見上げてきた。
「何かご不満が?」
「不満以外に何があると?」流石の辰巳もこの状況に甘んじることは出来ない。中西は笑って辰巳の頭を抱く。
「ふふ、ごめん。ちょっとからかっただけー」
「…」
「でもちょっと楽しい。このままいたらいいのに」冷えた手が辰巳の頬に添えられ、唇に触れそうな位置で言葉がつむがれる。くらりと甘い誘惑。
「…このままで、する?」
「…しない」
「いいじゃんたまには〜」
「よくない!」
「えー」
「…いいから外せ」
「なんで」
「……トイレ」
「…ごめん」ポケットから鍵を出して手錠を外す。手首をさすりながら辰巳は部屋を出ていった。
中西は溜息を吐いてベッドに座って倒れ込む。(…ウザいかな〜俺…)
でも本音だ。本音の一部。毎日会えないせいか、現実感が薄らいで自信がなかった。
「中西」
「…手首痛い?」そんなに、呟いて辰巳は側へ腰を下ろした。その腿をつねってやると叩かれる。
「どうした」
「…学校つまんない」
「…」優しい手が中西を撫でる。ずっと変わらない温かい手が嬉しい。確かにずっとこの手に守られたいとか守りたいとか思っているのに、距離は遠ざかる。
「…辰巳は学校楽しい?」
「…忙しい。楽しいけど」
「…ふぅん」
「中西、疲れてるなら帰るぞ」
「だめ」充電、呟いて辰巳の腰にすがりつく。
(女々しい。ダッセェ…)
中西は脆い。…と言うよりそうさせたのは自分なのだろう。辰巳は溜息を吐いて眠る中西を見る。
「…」
むらっと沸き上がった衝動。辰巳はゆっくり手を伸ばす。
「うおっ」
ああやってるな、辰巳は笑いを殺して本を閉じた。ベッドの様子を見に行くと、中西が手首をさすって悶絶している。堪えきれずに吹き出し、振り返った中西がキッと睨んできた。但し涙目なので迫力はない。
「…ちょっとッ!なに笑ってんのさ変態!」
「お前がしたことと同じだろうが」
「同じじゃないよ!ベッドから落ちたよ!関節外れたらどうすんのさ!」
「外れなかっただろ」
「ウ〜…」辰巳が傍に寄って手首を撫でてやる。手首に巻き付いた手錠の先は、ベッドの柱と中西をつないでいた。気付かずにベッドからおりかけて落ちたのだろう。中西が睨み続けてくるが気にしない。
「────このまま」
「あ?」
「帰るのやめるか?」
「…」なだめるように頬にキスを落とす。中西が振り払うように首を振り、強引に唇を合わせた。
「────辰巳」
「ん?」
「今すぐ外さないと大声で叫んでやるから」
「……」ポケットに隠していた鍵で手首の手錠を外した。すかさず中西が辰巳を押し倒し、腹の上に乗ってくる。
「…重い」
「あんたがそうしてほしいならここに住んだっていいよ、鎖なんかなくても逃げない」
「…いいよ早く帰れ」
「幾らなんでも心変わり早すぎない?」顔をしかめた中西は体重を預けてくる。胸の上の中西の頭を撫でて辰巳は溜息を吐いた。
「お前よりはましだ」
「ま、随分俺のことわかってんのね」
「狸だってことがわかりゃ十分だ」
「せめて狐にしてくんない?」
辰巳んちの壁は薄いといい。
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