絵 の 具 色 し た 手 の 平


どうしてこうなったのか、今やっと考え始めた。
隣を歩く彼女は小声で辰巳に囁いてくる。それを頭にとどめながら足を止め、壁にかかった絵画を見上げる。魂こもる一枚。

「あたしこの絵好き」
「…うん。綺麗だ」

何故か彼女は笑った。他に人もいないのに声を潜めてしまう。なんだか秘密めいていた。

(…あ、やられた…)

やっと思い出す。隣の彼女が自分に行為を寄せていたのは知っているが、応えられないのでさりげなく流してきた。それが友人連中のいらぬお節介で、今の状況がセッティングされたのだろう。本当に余計なお世話だ。
なんとベタな作戦だったか。お調子者がたまには芸術をめでましょう!と辰巳を誘って、結果ふたりきりで美術館。あいつらが絵画に興味なんて持つもんか。己の考えの浅さを呪う。
彼女が一歩進み、慣性的に辰巳は歩き出した。さりげなく辰巳に進路を譲って彼女は従って着いてくる、彼女の意志だと言わんばかりに。

(…やっぱり、こういう女が…)

辰巳の視線には気付いているのか、彼女は絵画を見上げている。いつもフェミニンな服装でブーツの似合う彼女が今日はスニーカー、聞けば足音がうるさいでしょと笑顔を見せた。
────以前にもここへ来たことがある。中西と一度。中西は芸術に興味はなかったからなかば強引だったような気がする。よく覚えていない。取り上げられていた画家は今回とは違う。それでも館内の雰囲気はそうそう変わらない。この辺りで中西の手を取った。やはり誰もいなくて、中西が飽きているのは目に見えていたから。その時の笑顔。一瞬だけで、ごまかされないとばかりに睨まれた。そして指が触れる。振り返って彼女を見た。

「おいてかれちゃった」
「ごめん…早かった」

ベージュに近いピンクの指先。泣き出しそうな目の色だ。

「…辰巳くんは好きな画家っている?」
「ドガ」
「バレリーナ」
「そう、ダンス教室。光が綺麗だ」
「今度また、やるよね」
「へぇ」
「印象派が好き?」
「うん…そうかな」

手は触れたままだった。遠慮がちに、でも辰巳を捕らえて、辰巳の合わせた歩幅で着いてくる。絵の前を通るたびに足を止め、一言二言話したり話さなかったりしつつ進路を歩く。
中西の手を考えていた。寒さで真っ白になる手の平、節の目立つ指。手の甲に小さなほくろが薄くある。爪の綺麗な指先。

「手の平」
「え、」
「いや、あったかいな」
「…あたしね、指先だけ冷たくなるの。辰巳くんの手あったかいよ」
「そうか」

そうこれは俺のものだから、中西以外の誰に与えたっていい。だからこれぐらいなら貸すよ。

「────ドガ、」
「…」
「一緒に、見に行かない?」
「…いや…今度は」

好きな奴と行きたい。彼女の手が離れた。チョコレートみたいな甘そうな指先が泳ぐ。
好きになれたらとは思ってたんだ。本音を告げる。今の相手を突き放して自由にしてやりたくて。このままでいいはずがないから。
彼女の顔色は沈んでいく。そうさせているのは自分だ。

「…付き合ってる人いるんだ」
「うん」
「どんな人」
「本当は俺が引き留めてはいけない人」

だけど手放せなくて。

「…不倫?」
「…それは秘密」
「不倫って噂流していい?」
「え…」
「それぐらいの憂さ晴らしはいいよね?弄ばれたんだから」
「────強いな、女は」
「…そう見えるなら成功よ」

先に帰るね。引き留めたくなる後ろ姿。

(…好きになれたら、ね)

中西以外の誰かを好きになった自分が想像出来なかったのだ。俺に絵の才能はなし。手の平を見つめて苦笑する。
足りない想像力で、美術展に誘われる中西を考えてみた。

 

 


こういう話は書くのが楽です。monoのあと辰巳と中西はほんとにデートに行ったらしい。

 

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