0 1 : か わ い い


「かわいい」

「・・・嫌味?」
「まさか。いいなー」

羨望なのか。
どうしたんだろう、と椎名は様子を伺うように笠井を見る。
向かいの席の笠井は椎名の髪に手を伸ばして毛先を弄ぶ。
笠井の傍に立っていた人がそれを不思議そうに見てきた。別に今後会うこともないだろうから椎名は気にしないことにする。
・・・どうせ、自分は女だと思われているのだろうし。
ガツンと電車が揺れた。その衝撃で笠井の手が髪から離れる。

「・・・俺もどうせならそんなに可愛ければよかったのに」
「嫌味なの?」
「違いますー。なんか俺中途半端じゃないですか?」
「・・・まぁ少しいじれば女の子に見えるかも知れないけど」

笠井は溜息を吐いて視線を外に移した。
何階建てなのか瞬間では数えられないマンションや高いビル、古そうな建物や落書きされた壁。
あっという間に電車がそれらを追い越していく。

「翼さんぐらい可愛かったらよかった。それかキャプテンみたいに格好いいか」
「・・・どういう比較だよそれ」
「この顔キライ」

電車の窓ガラスに映る笠井の顔を見て椎名は考える。
何か嫌だろうか。整った顔だと思うが。

「何で?」
「誰かの顔に似てるから」
「誰か?」
「父さんが好きだった人」
「・・・それは、」
「母さんじゃない。全然似てない、血も繋がってないらしいし」
「・・・・・・」
「・・・父さんは多分俺をその好きだった人にしたかったんだ」
「・・・・・・」

カタン

電車が揺れた。しゃっくりをしたような感覚。

「・・・ごめんなさい」
「・・・いや」

駅が見えて、車内放送が掛かる。
電車は失速して止まり、何人かを吐き出して何人かを飲み込んだ。

「・・・でも笠井の顔俺は好きだよ」
「・・・どうも」
「俺も昔は嫌だったけどね。慣れると面白いし」
「はは」

笠井が笑った。
・・・ああ、
椎名はそこで納得する。再確認。
それに人は惹かれる。

「可愛いことは罪なんですよ」
「笠井が言うと普通だなぁ」
「先輩が言うと犯罪でしょ」
「セクハラだよね」

小さく笑いあって、それから何となく黙り込んでふたりで窓の外を見た。
少し焦点を変えれば窓ガラスに映る自分が見える。自分と目が合う。

「・・・人間所詮外見ですよねー」
「笠井」
「あの人も外見ぐらいしかいいとこないもんなぁ」
「・・・それは言えてる」
「まぁ中身も結構可愛いんですけどね」

でもそれは俺しか知らないはずなので秘密。
表情の変わらない顔は多分照れているんだろうと思い、椎名は何だか可笑しくなった。

 

 

 


0 2 : さ わ っ て


「さわって」

「・・・・・・」
「裏もなんもないですから」
「・・・具体的に何処をどう触れば良いんですか」
「うわ変態くさ」
「・・・・・・」
「ね、」
「・・・なんか笠井にから言われると妙に萎えるっつーかなんつーか」
「そのくせ触るんですね」

笠井が小さく笑う。頬に触れた手はゆっくり下がって裸の胸を撫でた。
上着を脱いだ笠井はその手の上に自分の手を重ねる。

「今日どうした?」
「別に」
「続けるべき?」
「どっちでもいいけど、多分今日はつまんないと思いますけど」
「ふーん・・・」
「先輩 俺生きてる?」

変なセリフだ。
三上は直接触れた肌の下で確かに器官が活動していることを感じたので頷いた。
そうですか、
笠井はそれ以上何も言わずに自分の手を下ろす。
どうしようか迷い、三上は手を引いた。その手をベッドについて笠井にキスを落とす。
一瞬触れてから、深く。

「・・・また?」
「・・・またかなぁ」
「俺って信用されてない?」
「じゃなくて、俺が俺を信用出来てない」

笠井は時々切り出す。
俺は先輩が好きですか、なんて、笠井にしか答えられない質問をしてくる。

「・・・俺・・・俺、」
「うん」
「もっと早くから先輩見てたかったな。もう少し性格ましになったかもしんない」
「お前性格悪いもんな」
「・・・三上先輩に言われたくないんですけどー」
「いい男だろうが。やる気ないなら服着ろ」
「やる気はあるけどたたないかな」
「お前タイミング悪いよねー」
「先輩のタイミングが悪いんですよ」
「違ェよ」
「なんでこんな人好きなのかな」

溜息。
こっちが溜息を吐きたくなってくる。
と言うよりも思わす大きい溜息をひとつ。笠井がそれを見て、シャツを着てから三上にもっと近付いた。
伸び上がるようにして一瞬唇に触れて。

「・・・先輩の育った環境ってきっと豊かなんですよ」
「そうかぁ?」
「俺の世界は狭くて暗い」
「お前結構性格暗いしな」
「煩いな・・・」
「俺も別に明るくはないけどよ」
「・・・触ってて」
「・・・・・・」

笠井の頭を撫でて抱きしめる。
体全部を三上に預け、笠井は少しだけ笑った。三上には見えない。

「・・・先輩ごめんね」
「何が?」
「うざくない?」
「うざい」
「ホラ」
「でも迷惑じゃないし嫌じゃないし寧ろ役得?」
「・・・俺」

・・・静かな呼吸。
笠井が息をするたび体が小さく上下する。

「・・・なんか駄目だなぁ」
「何で?」
「もう少し自分コントロール出来るようになりたい」
「良いよ別に。俺いるし」
「ばかですか」
「バカで結構」
「・・・バーカ」

多分好きだからね、
自分に確認するみたいに笠井が言って、三上は溜息を吐いて笠井を撫でた。

 

 

 


0 3 : い き な り で す が


「いきなりですが」

「・・・何だ?」

いつの間に入ってきたんだろう。
背後に立った笠井の気配に全く気付かなかった。いきなりすぎて本当にびっくりした。
それでもポーカーフェイスを保てた自分に拍手を送りたい。渋沢はゆっくり息を吐く。

「ちょっと良いですか?」
「・・・・・・」

笠井が談話室を出ていくので、渋沢は少し迷って後を追った。
廊下を少し行くと食堂だ。もう消灯も近いこの時間には誰も居ない。

「笠井、どうした?」
「・・・キャプテン、」

ぴたりと足を止め、笠井は振り返らない。
渋沢はその背中をじっと見た。三上や中西が可愛い可愛いと言うが笠井は立派に少年で、その背中は案外にたくましいものだ。

本当のことを言うなら渋沢は笠井が苦手だった。
どう扱って良いのか分からないと言うのが本音だ。ユニフォームを着てグランドに立っている間は別として、制服でもない彼をもう見慣れているはずなのに何故だか近付けない。
・・・それは渋沢の所為ではないのだろう。何となくそれを悟っている。
笠井という人はきっとそう簡単に出来てない。

キャプテン、笠井の背中が言う。声が震えている。
後ろから両腕が見えない。前でその手を握りしめているんだろう。笠井の癖だ。もしかしたら三上も知らないのかも知れない。
緊張したときの仕草だ。三上の前で笠井が緊張するなど、渋沢には想像が付かない。
勿論渋沢の知らないふたりの場面は多いのだが。

「・・・どうしたんだ?」

部活絡みであることはだと思うが。もしくは不調の原因か。
ここの所続く笠井の不調。原因は分からないが相当なようで監督に警告もされている。

「・・・俺、」

どうしよう・・・
細い声。
辛うじて聞き取れた声。こっちがどうしようだ。

「・・・笠井、」
「キャプテン、俺、独り言言うから聞いててくれませんか」
「・・・・・・」
「独り言だから聞かなかったことにして下さい」
「・・・分かった」

それから 笠井はそこに立ったままいきなり話し始めた。
感情的な抑揚は声に余りこもっていない。寂しい声。 もう消灯の頃だ。渋沢は腕時計を見る。

「姉さんが行方不明になったんです」

いっそ冷たいとも言える声。
とうとうと流れるように声は続く。
渋沢はそれをただ聞いて何も言わない。口を挟む隙間もなければ何と言っていいのか分からない。
声の大きさは渋沢にしか聞こえないぐらいだろう。
背中の方で誰かが渋沢を呼び、振り返って手振りで制しておく。
はあ、と笠井が溜息を吐くまでに何分掛かったのか分からなかった。さっき時計を見たのに時間を認識していない。
階段の上の方で誰かが笠井を探す声がした。
もう一度笠井が息を吐いて。

「ほんとは父さんなんか大嫌いなんだ・・・」

 

 

行方不明というかそれは母さんがそう言うだけで、もとから家を出てひとり暮らししてたんですけどこの間電話をしたら引っ越してたらしくて、そのうち連絡があるだろうと思って待ってたけど全然みたいで。姉さんの親しかった友達に当たっても何も知らなくて。それで母さんが毎日みたいに俺の所に電話してきてごめんねって謝るんです。悪いのは母さんじゃないんですよ。でも俺も姉さんみたいにいなくなったらどうしようって思ってるんでしょうね。だって俺にはいなくなる理由があるんですよ。でも俺はここに来たことでどんなに救われたか分からないし、なのに最近は母さんまで帰ってきてほしがる。母さんには悪いけど俺はもうあんな家で生活できないんですよ。父さんが姉さんに何を言ったか。ごめんねと謝るから俺は大丈夫だよなんて返すけど、電話越しじゃ母さんもそれが嘘だってことに気付いてくれなくて

 

 

 


0 4 : た す け な い で


「たすけないで」

別にそのつもりはなかった。
でも振り向かない笠井は本気なのだろう。
笠井は嘘を吐くとき相手の顔を見る。嘘がばれたかどうか確認するため。本気の時は相手の反応を確かめられない。
藤代は手を握りしめて踵を返した。笠井を置いてそこを離れる。
見慣れない先輩と話をしていたところに声を掛けただけだ。
・・・助けたことに、なったんだろう。やっと状況が分かった。

「・・・あいつ要領悪いモンなー」

藤代にはない経験だった。
少しぐらい来るだろうと覚悟はしていたが予想外に全くなかった。
三上が言うには藤代は凄すぎるらしい。
要は手出ししてばれた場合が相当痛いと言うことだ。藤代の性格なら故意的に誰かにばらしかねないと言うこともあるんだろう。
たまに物がなくなったりと言うことはあるが、それは自分の所為なのか他人の所為なのか分からないという程度。
しかし笠井は違う。
溜め込んで自分の中で消化する。
多少怪我をしたって代わりもいる。調子が悪くてもサッカー部に支障は出ない。

「あ、三上先輩みっけー」
「あ?何だよ」
「いや別に用はないですけど」
「じゃあ呼ぶな。視界に入るな。瞬時に消えろ」
「ヒデー」

しっしっと追い払おうとする三上をただけたけた笑う。
あー俺頭悪く生まれてよかった、なんでしみじみ考えて。

「じゃあ用 作ります」
「いらねぇよ」
「三上先輩ってやっぱ先輩からいじめられたりしたんスか?」
「現在進行形で藤代にはイジメを食らってるが」
「いじめてませんよー」
「・・・そりゃ、な、それなりには。一応10番背負ってるし敵も倒したし」
「いじめた方なんスか?」
「そう言う意味じゃねェよ」
「ふーん、まぁどうでもいいですけど」
「じゃあ聞くな!」
「あ、もういっこ。いじめられてるときって誰か助けてくれるんスか」
「・・・何考えてんだ?」
「なんも。頭空っぽですから」
「・・・その時は何もねェけどよ、まぁ中西と一緒にリベンジとか言ってちょっとやらかしたことはあったけどな」
「あはは」
「何もすんなよ」
「大丈夫っスよ〜面倒臭い」
「・・・・・・」
「あ、あとラストー。今日は多分タクひとりで寝ると思いますよ」
「・・・お前」
「助けちゃ駄目なんですよ」

助けないで、
だってそれはお願いの言葉。彼が先へ進むための。

ぽんぽんと自分より少し背の低い先輩の肩を叩き、藤代は笠井のいた方を指さしてやる。
これは助けじゃない筈だ。
ちょっと分かったフリして笑うと三上に思い切り叩かれた。

 

 

 


0 5 : く わ れ た


「くわれた」

「あーあ」

残念でした。
ゼリーを食べる手を止め、中西は笠井の頭を撫でてやる。悔しそうに顔をしかめた笠井に笑った。

「だから名前書いときなさいって言ったでしょ」
「なんかむかつく・・・」

ちょっと楽しみだったのに。
食堂の共同の冷蔵庫に入れていたゼリーは誰かの胃の中に消えていた。
中西は笑いながら、膨れっ面にスプーンを差し出す。笠井はそれを口にして、とりあえずゼリーを一口。

「食料管理はホント気を付けないとねー」
「うー・・・理不尽・・・」
「まぁ笠井が食べられちゃうよりはましじゃない?」
「さらりと恐ろしいこと言わないで下さい」
「三上に頂かれちゃったけどねェ」
「・・・・・・」
「どしたの?浮かない顔して」
「うーん」

整理する時間を与えるために中西はもう一口ゼリーを口に押し込んでやる。
それを飲み込んで、笠井はじっと中西を見た。

「・・・俺って卑怯ですかね」
「さぁねぇ」
「卑怯なのかなぁ」
「何で?」
「・・・先輩は相談事って誰にする?」
「・・・まぁ相談事自体が余り無いけど」
「でしょうね」
「失礼ね。敢えて言うなら根岸じゃない?・・・辰巳にはしたことないけどするかもしれない」
「・・・ふーん・・・」
「なに?」
「・・・何で出来るんですか?」
「何が」
「相談」
「どういう意味?」

笠井は溜息を吐いたように見えた。
何となく分かったように中西は笠井の口にゼリーを運ぶ。

「笠井が相談とかしてるの見たことないね」
「・・・俺、多分心が狭いんですよ」
「そうなの?」
「・・・三上先輩とか、嫌いな人以外は好きな人って感じじゃないですか」
「あぁ、意外とね」
「俺は好きな人以外は嫌いな人なんですよ」
「立派なネコ被ってそうだしね」
「だからこそ好きな人には心配かけたくないし」
「それを言うと渋沢は嫌いな人なの?」
「・・・聞いてたんですか?」
「人聞き悪いね。聞こえたの」
「物は言いようです。・・・キャプテンは、好き嫌いで考えられない」
「・・・それって最上じゃない?」
「そうですか?」
「何にせよ特別よね。いいなぁそれ」

「ところで中西先輩」
「何?」
「もしかしなくてもそれ俺のゼリーですか」
「もしかしなくても多分ね」

 

 

 


0 6 : み て な い か ら


「みてないから」

だから知らない。
笠井が続けて、三上はカッとなって笠井の腕を乱暴に取った。

「何が見てないだ、」
「だって俺は何も見てないんですから。先輩だって見てないでしょ?」
「・・・藤代が、」
「誠二が?」
「・・・・・・」
「何か見たって言いました?」
「・・・・・・」
「見てないでしょ?」

でも実際、 三上の声が細く聞こえた。笠井は黙って首を振る。

「何処も怪我なんかしてません」
「痛いだろ」
「痛くないですよ」
「触るぞ、」
「どうぞ」
「・・・・・・」
「触れないでしょう?怪我なんかないんだから、触るトコがないですよ」

じゃあその鬱血の痕は何だろう。
三上は自分でも冷たいと感じる指先でそこに触れてみた。涼しい顔で笠井は三上を見てくる。

「俺は怪我なんて見てません」
「・・・じゃあ、俺が見てるのは?」
「俺、かさいたくみ」
「・・・・・・」
「俺も先輩を見てます」

他に何を見てる?
笠井は見てないらしい殴られた痕、殴った人間。
ぎゅっと目を瞑り、三上は笠井を視界から消した。見えてないけど見えている。緩く笑う笠井。

「・・・笠井、お前」
「なんですか?」

俺は何と言おうとしたのか。

「・・・お前、笠井、生きてる?」
「動いてる心臓は見せてあげられないけど、俺が三上先輩を見てるのは生きてる証拠にならない?」

お前は何を見てる?
三上は小さく笑って笠井に口付けた。

 

 

 

かさいたくみで6つのお題

 

 

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