0 1 : 見 な か っ た こ と に


「…じゃ」
「待て待て」

がしり、と侵入者の腕を捕まえて。逃げかけた彼は残念、と冷やかした様子で振り返った。
武蔵森の制服を着た、他校生。

「…何その格好」
「借りた」
「…」
「笠井、三上は?」
「…教室じゃないの、さっき式終わったばっかだから」
「そっかー、教室何処?」
「あんたは、」
「…何?」
「……まだ先輩のこと好きだったんだ」
「…何それ、」

睨まれる。笠井はしまったと俯いて唇を噛む。
今日は武蔵森高等部、卒業証書授与式。
ついさっき式は終わり、卒業生が退場した後をぱらぱらと保護者が出て行く中で、見つけた他校生。

「設楽、」
「どういう意味」
「…」
「自分ばっか三上に会えるから俺のことなんか忘れてた?俺は三上の邪魔したくなかったから会わなかっただけ」
「…俺だって、先輩の邪魔なんか」

してない、つもりでいた。
三上はどう思っていたのか分からない。

「…春から俺んちの方が三上に近くなるの知ってた?」
「!」
「こないだ近所で見かけて、聞いたら部屋見てきたって」
「……うん、一人暮らしみたいだね」
「だからここでサッカーからも逃げられないお前よりは会えるよ」
「…」
「ねえ、笠井こそ」
「 」
「三上要らなかったんじゃないの?」
「! そんなことッ」
「だって夏に別れたんだろ」
「…今は、」
「それも聞いた。だけど俺は三上が好きだし止めるつもりもない、俺は自分の気持ち偽るのが一番嫌いだよ」
「…」

目を瞑る。逃げたいわけじゃない、涙で視界が滲んで。
顔を伏せた笠井に設楽は溜息を吐く。諦めているわけではない、だけど本当は悟っているのだ。悲しいけれど。

「…見なかったことにしてやるから、」
「…」
「泣きたくないだろお前だって。見なかったことにしてやるから、お前も俺を見なかったことにしろ」
「…」
「三上の教室何処?」
「…向こうの棟の、2階の一番奥」
「うん」
「ほんとは知ってんだよ」
「何を…?」
「お前がいなくたって三上が俺のところにこないこと」

 

 

 


0 2 : 構 っ て


「…笠井〜、無言でオーラ発してくるのヤメテ〜」
「…俺何か出してますかー」
「出てる出てる。物足りなさそうな顔して、遊んであげたくなるからやめて」

笠井がだらりと体を預けたソファの後ろ、中西が単語帳片手に笠井の頭を撫でる。笠井は少し上を向いて中西を見上げた。
座ると最後まで見てしまうからと、通りがかりに気になったテレビを少し見ていたのだが、悲しいかな、CMの罠で彼は足止めを食らっている。

「どうしたの、最近暇そうじゃない。三上も勉強ばっかで構ってくれないだろうけどさ」
「あの人はどーでもいいです。…中西先輩も忙しいですよね」
「俺ー、俺はねー、元々そんな真面目なタチじゃないからさ、三上とか近藤みたいにコツコツって苦手なのよね〜。…辰巳も構ってくれないし、俺も遊びたくてさー」
「あーでも、あとちょっとじゃないですか。辰巳先輩は大丈夫ですよ、卒業したって構ってくれますから」
「三上だって通うんじゃないの?ここに」
「…さぁ」

笠井がふっと視線を逸らす。中西は一瞬違和感を感じたが、それが何か気付かなかったので流してしまった。
…誰にも伝えていないが、笠井は夏に三上と切れた。
自分から突き放した、あのまま一緒にいてはいけない気がしたから。時間に囚われて、三上がこの先へ進めない気がしたから。

「…中西先輩」
「んー?」
「俺、そんなに構ってもらいたそうにしてますか」
「してるしてる。捨て猫みたい」
「…」

未練がましいなぁ、言葉にはせずに笠井は溜息を吐いた。

 

 

 


0 3 : 認 め ろ よ


「タクー、何買ったの?」
「…お守り」
「何?あ、合格祈願、三上先輩か」
「…まぁね」

手の中の袋を持て余し、笠井は少し迷ってポケットに押し込んだ。
クラスの友人と年末からの約束でやってきた初詣。何を、買ってしまったのか。

「あ、やっとあっちの方ちょっと空いた」
「ほんとだ、誠二、行こう」
「あー、タク5円玉ある?」
「えー、…1枚」
「1枚か〜、タク使う?」
「…いや、別にいいよ。はい」
「センキュ〜!1円玉5枚やるよ」
「いらねー」

5円玉を藤代に渡し、財布の中の小銭を見る。
隣で藤代が賽銭を投げ、勢いが良すぎで箱の向こう側へ飛んでしまっていた。…さて幾ら入れようか。
笠井は迷って、ポケットのお守りを思い出す。…どうして買ってしまったのか。今更、渡す勇気もないくせに。
適当に小銭を1枚取る。それを投げて、100円玉に見えたのを一瞬後悔しながら手を合わせて目を閉じた。

……先輩が受かりますように。
志望校は知らない。学科も地域も。
何故ならもうただの先輩後輩、彼とはなんでもないから。

「タクー、絵馬とか書く?」
「絵馬?書くことないよ」
「あれあれ、全国優勝!大木が甲子園出場!って書きに行ってる」
「まじで?じゃあ俺らも書く?」
「書く〜!」

人ごみに来ると藤代は元気になる。
はぐれそうなのについて行きながら、既にかけられた絵馬に目を通した。やはり多い、合格祈願。

「タクー?」
「あ、ごめん」
「…何?やっぱ三上先輩とふたりで来たかったんじゃないの〜?」
「…あの人と来たってつまんないよ」
「またー、もうすぐ卒業だし一緒が良かったんじゃねーの?認めろよー」
「…卒業、か。せいせいする」
「またまた〜」
「……」

ほんとは今藤代に分かれたことを伝えようかと思ったけれど、新年早々そんな話題もないかと思い、飲み込んだ。
そうだよ。ほんとはあの人と来れたらと、去年の俺は思っていた。

 

 

 


0 4 : 愛 が あ れ ば ね


「笠井、最近大丈夫か」
「…え?」
「お前が受験生みたいな顔色してる」
「…」

咄嗟に、どう応えたものか迷った。僅かな躊躇を察知してか、渋沢は優しく笑顔を向けてくれる。

「言いたくないならいいんだ、でもあんまり一人で考え込むなよ。もう俺らが引退って形で、忙しいだろうけど」
「いえ、最近は慣れてきました。もう秋ですし」
「そうか」
「…渋沢先輩はもう決まったんですよね」
「あぁ」
「…まだの人は、長いですね」
「そうだな…。三上なんか、愛があれば乗り越えられるとかふざけてるけどな」
「ハハ、」

愛って。うまく笑えない。

「三上も夏頃から頑張り始めてるのがよく分かるよ。みんな一緒にやってきたチームメイトだけど、ルームメイトはまた別に頑張って欲しい気持ちがあるな」
「贔屓する感じですか?」
「あはは、そうだな。笠井もきっとそうなる」
「あ〜…俺は、多分藤代に贔屓される方じゃないかな〜」
「そうか?…まぁ、藤代が冬まで粘るってのは想像しがたいが」
「でしょう。…渋沢先輩の愛があれば、先輩ももっと頑張れるんじゃないですかね」

俺じゃなくてね。笠井は自虐的に笑う。
夏頃からと言うと別れた頃からで、やはり自分は三上の負担であったのだろうと思う。

愛があれば?

(何が、出来る?)

 

 

 


0 5 : 気 が 狂 う


「あッ…ちょ、先輩」
「んー…」
「…ぁ、う…」

体を撫でられて背中が大きく反る。
エアコンも切って窓まで締め切った室内、夏真っ盛りの今、そんな空間での自殺行為。
互いの熱を高ぶらせてギリギリまで攻め込んで、熱ばかりの空気に熱を発す。言葉にならない思いが熱で伝わり、熱はまた、飛散する。

夏は始まったばかり、部活を引退した三上たち3年はこれから受験へと集中する頃。
まだサッカーに出し切れなかった思いが、今になって笠井に当てられているような気もする。
汗が額を流れた。シャワーでも浴びたように濡れた体が熱い。暑さで体力も奪われたような気がするのに、あんたばっかりが欲しい。
いっそ気が狂えばいい、他の何も考えられないぐらいに。

「せ…先輩、ッ…」
「手、どけて」
「や、終わったら、寝るって言ってたじゃないですか…明日、テストだって」
「いいよ」
「よくな、い…」

唇。
シーツを握り締めていた手をゆっくり解いて、明かりを消した部屋で三上の頬を撫でた。
湿った肌が熱い、心臓が飛び出しそうなのを押さえて、そっと顔をなぞる。

「笠井、」
「……」

いつだって、聞こうと思って聞けない。まるで言わせまいとするかのようなタイミングでいつも口を塞がれて。
だから、確認するのが怖くなる。俺はあんたにとって邪魔ですか。

「あッ……」

ほんとはあんたの中が俺だけになればいいと思っている。
だけど笠井を抱く今の三上だって、頭の中を占めているものが何かぐらい、分かる。明日はテストだから。
去年までの夏とは違う。彼は今年受験生であり、こんな行為をしている暇はないのだ。この時間にどれほどの勉強が出来たのかと、笠井だって思うのに。

「ふ…ぁ、あぁ…」

だからゆっくり決意をする。

俺が居なければいい?

 

 

 


0 6 : 雷 鳴 轟 け


「おーッ、すっげぇ雷」
「…ッ…今のはびっくりした…」

窓の外をうかがっていた三上が勉強机に戻った。嵐ともいえるような暴風雨、窓はがたがたと鳴り、建物ごと揺れているような気がするときさえある。
笠井は三上のベッドに寝転がって雑誌を広げ、三上はごっそり出されたという課題に取り組んでいる。
春になってから三上は勉強漬けだ。受験生、という響き。
笠井がそれを意識していたのは小学校の6年の頃で、中学高校はエスカレーター式で上がったので意識はなかった。三上もそれは同様で、今度は言葉だけでも身構えてしまう大学受験。三上の勉強量が増えたのも当然で、そして最後の大会へ向けての部活での動きもずっと精彩を増した。
少し三上が遠くなったような気がする、笠井はそんな事を思って雑誌を繰る。

……近くへ落ちたのではないかという大きな雷鳴が轟いた。
次の瞬間に、瞬きして部屋の証明が落ちる。笠井が一瞬状況を理解できない中、三上の舌打ちが耳に届いた。

「クッソ…」
「…停電ですかね」
「あーもうやる気なくした。明日やろ」
「いいんですか?」
「提出日金曜だから」

…足音。
空の唸り声に紛れて三上が近付いてくる。真っ暗闇の中、慎重に様子を伺いながら。
三上がベッドに辿りついたのだろう、足元の辺りでベッドが軋む。合図みたいな、どきりとする音。

「笠井」
「…勉強しなくていいんですか、受験生」
「笠井の後にする」
「…」

それは俺の方が優先ってこと?好きに解釈すると受験生にあるまじきセリフになる。
それでも何となく嬉しくなって、笠井は手を伸ばして三上を捕まえた。

「雷 もっと酷くていいのになァ」
「…なんでですか」
「笠井が好きに声出せるだろ?」
「…聞こえないのに?」
「あ」

雷止まないかな。からかって笑っているのを、口付けられて遮られる。
深く、甘い魔法のようだ。闇に取り込まれそうだと思った。

 

 

 

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