キ ー パ ー


「・・・面白い?」
「ムカつく」

その返事に三上は溜息を吐いた。フェンスに背を向けてそれにもたれかかり、三上は静かに目を瞑る。
いつも聞く声と聞かない声が耳に滑り込む。疼く。
だけどこのフェンスは三上には越えられない壁だった。

「・・・楽しい?」
「虚しい」
「・・・・・・」

三上は隣を見る。
道場破りの勢いで寮に押し掛けてきたその人は九州出身らしい。わざわざ九州から来て感想がそれとは浮かばれない。

「・・・勝負しちゃらぁ・・・と思いよったばってん、また次の機会や」
「何、ビビってんの?」
「舐めんなや。よう考えたらキーパーはひとりで勝負できなか」
「確かに?俺に言わせりゃどう勝敗つけるのか分かんねーけど」

風が吹いたが目線より少し下の彼のキャップはびくともしなかった。
迷彩柄のキャップ。鍔の下にある顔は真っ直ぐフェンスの向こうを見ていた。怖いぐらいの表情である一点を睨み付けている。

「帰んない?」
「・・・・・・」

フェンスの向こうにいるのは東京選抜。選抜の練習のために部活を抜けているメンバーがそこにいるはずだ。
自分はと言えばここにきても居場所はないのに、部活に出てなくてはいけないのに。
キャップを無理矢理下げてやった。

「何す」
「帰るぞ」
「おい」
「俺は帰るからな。ひとりで帰れるならずっといろよ」

三上はゆっくり歩きだす。





「三上」
「功刀はわざわざ渋沢見るためだけに高い金と時間使って東京まで来たワケ?」
「まさか。渋沢はついでっちゃ。親についてきただけで暇やし」
「じゃあ何の用で?」

三上は功刀のキャップを奪う。抗議も無視して被ってみるが、

「・・・お前頭ちっさ」
「遠回しにチビとかゆっとーやろ」
「返す」

頭に返されたキャップを被り直す。しかめっ面に少し笑った。

「爺さんの葬式やと。但し親の恩師とかゆー人で俺にとっては知らん人」

どうも具合が悪かったらしく、功刀はまたキャップを取った。被り直そうとした手を三上が止める。

「被んない方が可愛い」
「・・・女に言え」
「日帰り?」
「泊まりやろ、学校はずる休みせろとか言われた」

親の台詞かよ、と三上が笑うのを聞きながら功刀はキャップを被った。

「お前も似たようなもんっちゃ」
「・・・部活ぐらいサボるだろ」
「ぐらい?」
「嘘」

三上が功刀を抜かしていく。
前を歩く背中を見た。さっきまで隣を歩いていた男。
ひとりだと功刀は思う。ひとりが似合ってしまう男だと思う。

「どこ泊まんの?」
「知らん。そのうち連絡来るんちゃう?」
「泊めて」
「は?」
「もしくはお前が泊まりに来い。率直に言うとやらして」
「・・・何を」
「メイクラブ」
「死ぬか」
「だってお前の所為だ」

背中は歩き続けるので功刀もそれに続いている。
そして今更気付いた。この男が今いなくなれば自分は迷子決定だ。だけど三上は絶対そうしない。根拠のない自信。
それに気付いた今でもあんなセリフを言われたさっきもその自信は揺るがない。そして嘘もからかいもないセリフだと何故か思っている。

「俺選抜落ちたんだよ」
「・・・・・・」

別に道案内しろと強制したわけじゃなかった。
三上は自らの意志であそこまで行ったはず。部活も抜けて。





「・・・片付いてるもんやな」
「同室が小姑」

渋沢、功刀は声に出さずに呟く。廊下のネームプレートにあった名前。
入るときこそ何処かの窓からだったが、あとは堂々と廊下を通ってきた。誰にも会わなかったとはいえ三上は手慣れた様子だった。

「待ってろ。渋沢に交渉してくるから」
「交渉」
「部屋空けてもらえるように」
「あ・・・」

三上が部屋を出ていって、功刀はやっと緊張を解いた。歩くたびに増していた緊張は勿論三上のセリフの所為で。
座り込んで渋沢のスペースの方を見る。
綺麗に整理整頓されていて、少し布団の乱れたベッドだけが生活感を漂わせていた。
間もなく三上が戻り、功刀の背中に再び緊張が走る。三上は黙ったままペットボトルを功刀に差し出した。

「まだ帰ってなかったから伝言頼んできた。だから帰ってくるかもしんねぇ」
「う」
「何でキーパー?」
「・・・チビで悪いか」

唐突な質問に戸惑うも、功刀は直ぐに三上を睨む。
それはいつか聞かれたことのある質問。ただ三上の言葉にはあの時のような嫌味がなかった。

「悪いとか言ってねぇだろ。チビなもんはチビでしょうがねぇし、お前チビだからって誰かに何か劣るかよ」
「は」
「大体お前態度でけぇんだから十分ツリが出るっつの」

受け取らないペットボトルを押しつけられた。

「・・・・・・なして」
「あ?」
「なしてキーパーなんやろ」
「・・・俺が知るか」
「・・・渋沢は」

三上の口から出た名前に一瞬身構えた。
その名前だけで威力は十分なのだ。驚異すら。

「キーパーっつかキーパーソンなんだろうな」
「・・・・・・三上」

ここで
三上は渋沢と生活をする。
ポジションは違えど比べられることはあるだろうし、実際選抜にも落ちて。
ひとり、残され。







「・・・いいぞ寝てて。明日英語あんの忘れてた」

ベッドこっちな、と確認のように指を差す。
動けない功刀を見て三上は笑った。その表情に功刀は一瞬騒めき反論できない。

「何もしねぇよ」
「・・・・・・」
「して欲しいなら別だけど」
「いいっ、していらん!」

三上はまた笑って、功刀の頭をぐしゃりと掻き乱す。

「おやすみ」
「・・・・・・」

確か同い年だったはず。
功刀は悔しまぎれにベッドに潜り込む。

「・・・・・・」

軋んだのはベッドではなく机の椅子。
紙の捲れる音にペンの走る音は確認しなくとも聞き慣れた音だった。
ただ落ち着きのない、抽き出しを開け閉めする音やビニールの音、やたらと軋む椅子が睡魔を逃がす。

「功刀」
「・・・」

いつの間に傍へ来たのか。近くで聞こえた三上の声。

「寝た?」
「い・・・いや、起き」
「俺も寝る」

功刀が答え切る前に三上は部屋の電気を消した。
いつもは全部消して真っ暗にするが、三上は豆電球の明かりを残す。それからベッドの軋み。

「・・・なしてこっち」
「渋沢のベッドで何か寝れるか。悪夢見る」

壁側へ寄った功刀に確認するように触れ、三上は隣に潜り込む。

「おやすみ」
「・・・み、かみ」
「何?」
「全部、消して」
「・・・誘われてるみたい」
「違う!」

三上の肩が震える。笑われてばかりだ。

「面倒臭い」
「ちょ」

抱き締められた。
功刀が焦るが三上の力は案外強い。三上の影で闇が出来る。

「おやすみ」
「・・・・・・」

何度目かのおやすみにも応えられず、功刀は黙ったまま目を閉じた。

 

 


三上がナチュラルにキモイ。
えーと、三上攻めオンリの時の無料配布・・・つか自己満足というか・・・
あのときは紙1枚に納めるために盛大にはしょっているので恐ろしく話が違うと思います。

031207

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