円 周 率
「忘れないで」
・・・今日も人の作ったコンピューターは人に勝る拘束で円周率を求めているのだろうか。
人類の諦めた途方もなく続く計算を。「俺は先輩のこと好きにはならないよ」
何で今日も求めきれないものを求め続けるんだ。
「・・・っ・・・せんぱ・・・」
「・・・・」こっちが切なくなるような声を出して、笠井はぎゅっとうつむいた。
それを上を向かせて深く口付ける。壁に押さえつけられた笠井は崩れ落ちそうになりながらそれに耐えた。「・・・先輩どうしたんですか・・・?」
「・・・・」笠井の制服を掴んだまま、三上は顔を見られたくなくてその胸に額を押しつけた。
じっと、動かない三上に笠井は戸惑う。それは笠井の知らない三上だ。「先輩・・・」
「笠井」
「・・・はい」
「笠井」
「・・・・」先輩?
不思議そうな声に三上は顔を上げることができなかった。
言葉にして伝えることは出来ない。それにはもう遅すぎた。行動で示すにももう手遅れだった。
優しく護るように頭を撫でて、甘いお菓子であやせばよかったんだろうか。
そんなのは興味すらわいてもらえない。わかってる。わかっていたはずだ。 だからもう、今更出来ることは何もない。
あるとするなら己の保身。「笠井・・・」
「・・・何ですか・・・?」殴るわけでも爪を立てるわけでもない三上の手は、笠井にしてみればやや薄気味悪い。
この人はほんとに今まで俺を怒鳴りつけたことがあるんだろうか。
笠井には何もできなかった。三上が何もできないのと同じように。「笠井」
「・・・・」そんなに、呪文のように何度も名前を呼ばなくていいから。
用件を一言告げてくれればいい。「・・・ねぇ先輩、どうしたんですか」
笠井の声が泣きそうになった。三上は返事が出来ない。自分の目に滲んだ涙は無視できなかった。
「・・・何か悲しいことでもあったんですか?」
何、そんな普通の後輩みたいに聞いてくるわけ。思いは声にならない。
先輩、笠井の方ももう名前しか呼べなかった。「先輩」
自分に嫌気が差したのだろうかと笠井の頭によぎった。
付き合うと返事をしてから三上は笠井に手を出さない。ただ時折、思い出したようにさっきのように強引に口付けては来るけれど。「笠井」
「・・・はい」
「好きだ」ヒュッと笠井は息を飲んだ。
一瞬強くなった三上の手が緩み、笠井からゆっくり離れる。
初めて聞いた。驚きを隠せないまま三上を見る。「だけど、・・・だから、」
ぽつりと、三上らしくない声がぼんやりと笠井に届いた。
どうして、そんなことを言いだすのか。笠井は理解できずにただ立ちつくす。「・・・俺は、」
何故か昔のことを思い出していた。三上は拳をかたく握る。
父親と円周率を覚える競争をしていた。どんなに頑張っても、父親には勝てなかった。「手に入らねぇもんは諦めてきた」
「・・・先輩?」
「だから」諦める。
一言、そう告げて。「悪かった」
「・・・なんで、謝るんですか」
「悪かった。無茶して、振り回して」
「違う」振り回してたのは俺の方だ。きゅっと、心が締まる。
「やだ、先輩」
「ごめんな、俺、代わりでもよかったつもりだったけど」
「待って、」
「・・・好きだ」足が動かない。
笠井はその場に繋ぎ止められ、三上を追うことも出来なかった。それがさよならだなんて。 誰が教えてくれようか。
そして自分が泣き出す意味も、誰かに教えてもらわなければきっと分からない。
自分が悪かったんだろうか。酷いことを言ったから。「やだ・・・」
きっと自分勝手すぎた。
全てを受け入れてくれるあの人に甘えて、与えてくれるものを手に、自分は何をしただろうか。
後悔は後からするものだ。痛いほどそれを感じ、何故か流れ続ける涙に戸惑いながら、後悔を。好きにならないわけがなかったのに。
書きながら泣きそうになってたよ。情緒不安定。
一応シリーズラストのつもりでした。040908
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