白 衣


母さんが死んだ。

アタシに残されたのは僅かな財産と新しい父親だけだった。



その男は薄汚れた白衣を着ている。
別に医者でもなければ理系教師でも研究者でもない。あの男は画家だった。落書きみたいな絵を描いて、そこそこのお金で売る。詐欺みたいな職業。
白衣はいつも色んな色に浸食されていて、元白衣ってのが一番適切。

「生理用品買うからお金頂戴」
「・・・・・・ふーん、なっがいねェ。2週目?」
「ホントー毎日毎日大変でー」

あたしはこの男が嫌いだ。
ホントの父親、と言う奴らしい。あたしは今まで父親を知らずに生きてきた。
タクシーの運ちゃんだった母さんは、昔に出来たあたしを男には知らせずひとりで育ててきてくれた。だけど2ヶ月ほど前に、たまたま乗せた客が「あたしの本当の父親」で後はなし崩し。
母さんのウエディングドレスは見れなかった。この男が式なんかやらないと言ったからだ。
母さんとこの男がどんな関係だったかあたしは知らない。

「いいか、あいつの保険金と貯金分は全部お前に当ててやる。
 だからお前がその金で遊ぼうが何しようがお前の自由だ。例え金が尽きても俺は一切お前に金出さないからな」

男のセリフはそっくり母さんの遺言だ。
結婚はするけど、この子をアンタの娘にする気はない。
母さん。
母さん。
母さん。

母さんは事故で死んだ。
酔っぱらいに車ぶつけられて死んだ。
葬式の夜この男はちょっとだけ飲酒運転をした。
大嫌いだこんな男。
母さんは大好きだけど母さんの愛したこの男は一生かかっても好きにならないと思う。

確かに顔はそこらの芸能人と言っても通じるかもしれないし、人当たりも良い(これは外面がいいだけだけど)。落書きにしか見えない絵は芸術的価値が高いらしく金持ちで、趣味で少年サッカーのチーム作ってそこの監督とかまでやってる。
ホントかどうか知らないけど公式プロフィールじゃ結構良い大学出てたり。
完璧すぎて気持ち悪い。

「何でそんなに金がいんの?」
「アンタには関係ない」
「冷たいねー」

男はキャンパスを見ながら軽口を叩く。
だけど目は真剣で、一心不乱に手を動かした。器用な奴。

「・・・作りたいものがあるの」
「・・・へぇ。何?」
「言わない」
「俺も随分嫌われたな」

・・・この物言いが嫌いだ。
本心が見えてこない。

「じゃあさ、俺んトコでバイトやんない?」
「・・・何の」
「裸婦モデル」

らふ。
一瞬何のことか分からないで居ると笑い声がした。
・・・・・・娘(そう思ってないかもしれないけど)に、言うかそれ。
無性に腹が立ったので直ぐTシャツを脱ぎ捨ててやった。男は笑うのをやめて顔を上げる。アレは父親じゃない、三上亮だ。

「・・・その辺の椅子もってこい」

自分は書きかけの絵を外してイーゼルをたたみ、クロッキー帳を開く。
あたしは風呂にはいるように服を脱いで裸になって、一生縁がないと思われた高そうな長椅子を引っ張ってくる。趣味の悪い柄だ。

「テキトーに、寝ても良いから楽な格好してろ。下手にポーズつけると耐えらんねェぞ」

アドバイスに従ってこれでもかとばかりに力を抜いて横になる。顔は天井。
直接触れる椅子に貼られた布は、高そうなだけに肌触りは良い。

「似てるな」

鉛筆を動かし初めて男が言った。
大きく窓を取ったアトリエは明るい。
だけど羞恥心も何もなかった。人を嫌うというのは恐ろしい。

「お前の母さんに似てる」

男は母さんを「お前の母さん」と言う。もしくは「あいつ」とか。
絶対愛されてないよ母さん。

ずっと母さんとは似てないと言われていた。
今思えばあたしはこいつ似なんだろう。母さんはブスでないにしろ十人並みで、自分で言うのも何だけどあたしはそこそこいい方だとは思う。
でも性格は母さん似だ。ずっとお手本にしてたんだから当然だろう。

「・・・何で母さんと別れたの?」
「それは俺が聞きたい」

返事は迷うことなく帰ってきた。
こっちが迷う。母さんがこの男を振った?

「2ヶ月前にまた会ったときに聞いても答えてくれなかった。あの時はただあいつからもう会わないと言ってきて、それをホントに実行されただけだ」
「・・・・・・」
「多分お前が出来たからだと思うけど。俺が丁度賞貰った頃。
 あいつの行動力にはホント泣かされた。電話もつながんねェし携帯なんかないし家まで行きゃ引っ越してるし仕事場行きゃやめてるし」

そうだ、母さんはそう言う人だ。
それが正解なのかどうか分からないけど、それがその人のために一番良いと思ったら自分を犠牲にしてでもやり遂げる。
母さんは少し臆病だ。

「俺が初めて裸婦描いたときのモデルがお前の母さん」
「・・・初耳」
「スタイルよくねーもんあいつ」
「あんたねー・・・好きな人にそう言うコト言う?」
「好きだから言う」

笑いながら男は言った。

「嘘なら誰にでも吐けるから」

あたしはこの男のことを殆ど知らない。名前と知名度ぐらいしか。
母さんが愛した男。
何故か急にタイタニックを思い出した。
母さんは何処でどうこの男と知り合って裸の絵を描かせるまでになったんだろう。

「・・・何で白衣着るの?」
「癖」
「クセ?」
「俺絶対何処か汚すから。でももうすぐデートでもギリギリまで描いてるから、着替えてて遅刻するから」
「・・・ズボラなだけじゃん」
「同じこと言われた」

・・・母さんに、だろうか。この話の流れで行くと母さんにだろう。
何だかこの男と話していると母さんが生きてるみたいだ。

「・・・悪ィ」
「え?」
「ごめん、服着て」
「・・・・・・」

男がクロッキー帳を閉じた。
モデルなんてやったことないから分からないけど終わるには早すぎる気がする。
起き上がってみると男は両手で顔を覆っていた。

あたしは男について何も知らない。母さんとどういう出逢いをしたのかどういう恋愛をしたのか。
ついでに言うとアタシは男の人が泣いているのを見るのは初めてだった。
この男は体で泣く。

のろのろと立ち上がって裸のまま男に近付いた。
クロッキー帳を拾い上げ、あたしを捜してページをめくる。

「・・・・・・腰の、火傷?」
「え?・・・あぁ、そう。小学生の時カップラーメンこぼした」
「ダッセ」

流石画家と言うべきか、目聡い。
紙の中に見付けた未完成のあたしには火傷の跡がない。

「女の子なのにな」
「・・・・・・」

涙は流れる音がしないからいい。
そうでもないと何でもないフリをするのは難しいから。

「・・・卑怯だよなぁあいつ」

白衣の裾で顔を拭って男は俯いた。

「・・・お昼ご飯作ってあげるからこの辺片付けて」
「・・・どういう風の吹き回しだ?」
「バイト代割り増しで宜しく」
「はっ」

男はもう泣いてなかった。

「裸エプロンぐらいサービスしてくれるなら考えてやるよ」
「いっぺん死ね」






「おま・・・また芸術的なモン作ったなぁ・・・」
「まぁアンタの絵よりは綺麗じゃない?」
「いらんトコばっかり似やがって」

白衣の男が母さんの料理下手を知っている。
何だか不思議な気分だ。

「お前嫁に行くまでにぜってー料理上達させてやる」
「余計なお世話。母さんだって結婚できたもん」
「・・・ごもっとも」

男は笑って席に着いた。
白衣ぐらい脱げと言うと大人しく脱いで椅子に掛ける。

「お前これで俺死んだら国家の損失だぞ。いや世界だな」
「言ってろ。炒飯如きで死んだら恥ずかし〜」
「殺人犯め」

いや、味はそんなに悪くはないと思うんだけどなぁ。
そんな恐る恐る口に運ばなくてもいいでしょ。



「・・・あたしね」
「ん?」
「ウェディングドレスを作るんだ」
「・・・・・・」
「母さんの結婚式に作るって約束したんだけど誰かさんが式なんてやらんって言ったから」
「・・・・・・」

きっと母さんに白は似合う。
完成させた日ぐらい、この男にスーツを着せてやろうじゃないか。

 

 


ドレスも白衣ってコトでだめですか。

030722

 

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