011

「もう勘弁して…!」
「何がですか!」

せっかく飯用意して待ってたのに第一声がそれかよ!しゃもじを持ったまま玄関へ迎えにまで行ったと言うのに。しゃがみ込む三上の頭を思わず殴りつける。可愛くない可愛くないと彼は口にするが、絶対三上のせいだ。俺だってもっと素直で純粋な少年時代があったのに。

「…すんげえ酢の匂いすんだけど」
「手巻き寿司です」
「うになんだろ!?」
「……出遅れました?」
「食ってきたっつの…」
「中西先輩今年はやらないって言ったのに」
「中西じゃねえよ」
「誰?」
「……」
「……そこでためらうから疑わしいんです。ハイハイ女の子と行ってきたんですね」
「学校の女がうにで祝うかよ」
「じゃあ誰と」
「熟女」
「……あんたまた真理子さんに甘えてきましたねッ!?」
「偶然会ったら誕生日知ってたんだよ」
「あんたほんっとに年上にウケますね…」
「もてるって言ってくんねえ?」
「まーいいや、飯にしましょう。大丈夫だよ、うにちょっとしかないし。バカみたいに買うほど金ないし」
「わかった、お前米代浮かすために来たな?」

部屋の奥へ戻って行く笠井の背中に大袈裟に溜息を吐いてやる。靴を脱ぐのにうつむいて、にやける口元を押さえた。嬉しいと思っているのは絶対ばれたくない。

「お腹空いてないですか?」
「腹は減ってる」

酢飯が盛り上げられた丼を中心に、狭い机には刺身などが並んでいる。サラダだけは作ったらしい。ささやかながらも台所の形をしている台所で笠井はまだ何か仕事があるようで、三上も荷物を置きに隣の部屋へ向かう。入るなり何か蹴り飛ばしてしまい、慌てて探すと紙袋だ。中からこぼれたものは、────なんともコメントしがたいが、三上のものでなければ笠井からのプレゼントでないのも確かだ。これが贈り物ならば、真っ先に笠井を病院へ連れていかなければ。

「せんぱーい?……ぎゃっ!何スかそれ!」
「お、俺が知るか!お前のじゃねーの!?」
「違いますよ!……あっ、中西先輩…!」
「……また会ってたのか」
「いいじゃないですか!いつの間に入れられたんだろ…」
「…しっかし、あいつ…抜き身のバイブ持ち歩くなよ…」
「つーか、俺電車乗ったりしたんだけど…!」
「中西ストレス溜まってない?」
「……」
「あいつ…あーもういいから飯にしようぜ」

笠井を引っ張って部屋を出る。また辰巳やら学校やらで色々あったのだろう。ストレスの出し方を知らない友人は、進学してから保護者が世話を放棄しがちで厄介だ。
笠井が飲みたかったからと言うだけで買ってきたワインを開けて乾杯をする。

「誕生日おめでとうございます」
「おう」
「アルコール解禁ですねえ」
「飲みながらいうな」

笠井が何気なくテレビをつけると映ったのは渋沢で、三上はホタテを取り落とす。

「キャプテン……」
「あいつ……年金のCMって…」
「まあちゃんと払わなきゃいけない気にはなりますよね」
「俺らは別の意味でな」

あれは大らかな男ではあるが、全てに寛大なわけではない。特に金銭については鬼のようだ。彼なら実家の和菓子屋を継いだとしても成功するだろう。

「うに食べて下さいよ〜」

海苔とご飯を乗せたまま硬直している三上の手に、更にさっき落としたホタテとうにが追加される。豪華に、とイクラまでトッピングされた。笠井は笠井でネギトロの皿を自分の前に引き寄せていた。

「……ハタチか」
「どうしました?」
「なんつーか、お前とこんなに続くと思ってなかったからな…」
「……そうですね、三上先輩俺の扱いひどいし」
「俺のセリフですけど」
「…長いっスねえ」

溜息こそつかないが呆れた口調で笠井はぼやき、手巻き寿司にかぶりつく。テレビがついているとそっちを見てしまう笠井は手から零れたご飯粒に慌てた。その様子を見ながら、笠井が具を乗せすぎたそれを無理やり巻いてしまう。

(ほんとに、いつまで経っても、変わらない)

この思いが強くなるばかりだ。ガキか、と笑ってやった拍子にイクラが零れ落ちた。ふっと勝ち誇った顔をする笠井に腹が立つ。やっぱりどうにも可愛くない。愛しいのに。

「…プレゼントは?」
「うにとワイン」
「…そうかよ」
「もうネタ尽きたんですよね〜。あ、あと冷蔵庫にマグネット」
「コーラのおまけか」
「もらったけどいらないんですよね」
「可哀相な俺…」

 

*

 

「……」

人が風呂に入っている間に何をしているのだろうと見ていれば、どうもバイブが気になるらしい。笠井は三上に見られていることに気づかないようで、まじまじと観察している。姉が兄の部屋でエロ本見てるのを目撃してしまったとき、こんな気分だった。一度電源を入れてみて、その振動に慌ててすぐに切ってしまう。こいつ最近恥じらいがなくなったからな…、いつだったかお嫁に行けなくなるようなスッゴいことをされてしまった。寮でない分遠慮がなくなったのかもしれない。

「使う?」
「ヒッ!」
「興味津々じゃねえか」
「裸で何してんですか!」
「パンツ忘れたんだよ」

そのまま部屋に入ると笠井が後退した。ベッドにぶつかったのを見てそばにしゃがみ込む。

「使うか?」
「使わない!ソレもしまえ!」
「ふうん」

珍しく動揺しているようで、逃げないのでそのままキスをした。離れたふたりは複雑そうに顔をしかめてお互いを見る。

「……生臭い」
「……歯ァ磨いてくる」
「なんかもう、いいよ」

首に回った手が三上を引き寄せた。濡れた髪をうっとうしそうにしながら、再び唇を合わせる。笠井の服を脱がしつつ、そっと得物に手を伸ばした。

「使ったら殺す」
「……いっぺん!今日だけ!一回だけ!」
「やだ」
「ちょっとだけ!」
「俺このテの嫌いだって」
「知ってる」
「……うにに当たって死ねばいいのに…」
「そしたらお前のせいか?」
「まさか。勝手に死んで」

 

070122

 

 

 

 

012

※笠井がナチュラルに女の子なので苦手な方はアイシールド並みの速度でブラウザバックプリーズ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「三上先輩?」
「三上先輩?」
「……違うよ!」

渾身の力で必殺パンチを決められた藤代はグランドに沈んだ。容赦がない。あ、でも今いいもん見えた。絶対ないからね!繰り返す笠井を思わず見上げると悟られたのか、運動靴で容赦なく藤代の顔を踏みつけた。畜生、女王様め。

「絶対違う!」
「わはっははあ」

わかったから、と言ったのがわかったわけではないだろうが、ツンと眉を吊り上げた笠井はスカートを押さえながら足を離し、しかしすぐにでも藤代の頭をサッカーボールのように蹴り飛ばす準備は出来ている。彼女の脚力は知ってる。

「あのねえ、わたしは誰かと付き合うとか、そういうことは考えてないの!だから、その人にも言っといて!ずっと言ってるじゃん!」
「なんでえ、お前もてるのに」
「知らないよ!着替えてくるッ」
「ねー、ほんとに好きな人いないのー?」
「いませんッ!しつこい!」

スカートを翻して歩いていく後姿を見ながら、藤代は体を起こして砂を払う。日の光に反射する黒髪は歩調に合わせてうなじを見え隠れさせ、ぴんと伸びた背筋、制服のスカートは早歩きにも対応して巧みに下着の姿を隠す。そこからすらりと惜しげもなく太股をさらし、俺はあの膝の裏が好きだなあと藤代がマニアックな着眼点で見つめているのに気づいたのか、笠井は振り返って藤代を睨んだ。ばか、と声に出さずに言ったその唇だとか、少しきつめの目尻だとか、美人とは言わないが可愛い部類には入る。尤も笠井は自分ではそんなことはないと思っているが。

「もったいねえー」

俺ならあれで一財稼ぐ。その気になれば出来るだろう、だって笠井は妙なフェロモンを出している。それがまた、サッカー部のマネージャーなんてやっているのがまずい。
幼馴染みの笠井とは竹馬の友ならぬボールの友で、小学校の頃から一緒にサッカーをしていたが、高校に上がってからは笠井はサッカーをやめた。女子サッカー部も弱小ながらあったのだが、この先の将来ピアノをやることを決めている笠井はサッカーはもうしないことに決めたらしい。それでもサッカーからは離れられず、女子部よりよっぽど忙しい男子サッカー部のマネージャーをしているのだから元も子もない。
とりあえずあいつになんて言おう。藤代が笠井に迫った以上にしつこく、笠井の恋愛事情を聞いてこいと訴えてきた友人のことを考える。面白いから聞いてみたけど返事はいつもと同じ。それでも藤代は笠井は誰かのことが好きだろうと察している。幼稚園からの付き合いだ。

「おいそこのバカ、いつまで座ってんだ。迷惑」
「……三上先輩、タクの今日のパンツの色当てたらマック新作」
「おとなしそうな顔して赤」

ボールがひとつ、宙を裂く。結果は勿論後輩が犠牲になったクリティカル。

 

 

せっせとボール回収に励む笠井の姿を、部員は完全に緩みきった体で眺めていた。可愛い、とにかく可愛い。小学校の頃教室で飼っていたハムスターを思い出す、と呟いたのは誰だったか。

「笠井を嫁にするやつは幸せだよなー」
「タク料理できないっスよ。不器用なのはわかってるから包丁触んないって」
「お前はいいよなー、藤代んち隣だろ?」
「あー、まあ」
「洗濯物とか見える?」
「あー見えます見えます」
「今度実家帰ったときとってこい!」
「それは何?写真を?パンツを?」

「聞こえてますけど!」

顔を真っ赤にしてボールを蹴り飛ばしてくる笠井さえも可愛い。こいつら馬鹿だよなあ、と先輩も含めたサッカー部員を眺める藤代は、耐性がついているだけだ。サッカー部おそろいのウインドブレーカーの袖をまくり、怒った様子の笠井は無言でベンチに戻っていく。慌てて一同は謝るために駆け寄った。つい先日怒らせて、手痛い攻撃を食らったばかりだ。水分がレモン100%だとか。

「……タクの今日のパンツはー」

笠井を助けるつもりで藤代が叫ぶ。確かに笠井の身は一時助かったが、得策ではなかったのは確かだ。今度だんごになるのは藤代の方で。しまった、と思っている間に藤代は肉団子の中心となり、むさくるしい男達の隙間から、笠井に近寄る三上が見えた。

 

*

 

「あ、あの」
「何もしねえよ」

定番の告白スポット、体育倉庫の裏まで引っ張ってこられた笠井は慌てて袖を引っ張ったり前髪を気にしたりする。ちょっと待てっよこんな展開になるならちゃんと腕のうぶ毛だって処理してきたし眉毛もちょっと気になるしあと朝から寝癖が直ってなくておまけに部活中だから唇もかさかさで!パニックを起こしかけた笠井の手を、三上が掴む。もう無理です、溶けそうだ。笠井がうつむいてしまって三上は溜息をついた。面倒くさい女だと思われただろうか。びくびくしてそっと顔を上げると、三上が無表情で見下ろしている。

「あのな、笠井」
「は、はい…」
「隠しとこうって言ったのは俺だけど、あれなし」
「え、でも」
「自覚なさ過ぎ無防備過ぎ。ちなみにお前の水玉なら昼休みに屋上で見れました。お前バレーやってたろ」
「!」

スカートでもないのに、笠井は空いた手でお尻を隠す。そんな動作に三上が心の中で悶絶していることを笠井は知らない。笠井が告白してきたときはどうしようかと思った。確かに可愛いとは思っていたが、それこそ小動物的なもので、三上はそれ以上に部員全員を敵に回すのが怖かった。それでも真っ赤になって好きと言った唇と、ぎゅっとカーディガンを掴んだせいでシャツが引っ張られて見えた鎖骨と胸の間の白い肌だとか、短すぎないスカートと手触りの良さそうな太股だとか、……そういうものが目に付いてしまった。三上だって男だったと言う話で、今でこそ我慢しているがいつ理性が飛ぶかわからない。

(やべえ、オチそう…)
「み…見えたんですか?」
「…俺じゃなくて、中西が」
「!」

ああ、そうやって目まで潤ませて。掴んだ手首が細くて、布越しでも感じる体温、目の前で真っ赤になっている生き物から顔を逸らしても逃げられない。逃げる気がない。

「……なんもしねえから、俺にも水玉だけ見せてくんない?」

殴るべきかどうか笠井が死ぬほど迷っている間に、部員達の執念により三上は現行犯逮捕となった。

 

061104

 

 

 

 

13

 

0

 

 

 

 

014MD

「三上先輩、コンポもらいにきました」
「……誰がいつ、やるって言った?」
「やだな、昨日の夜くれるって言ったじゃないですか」
「俺を部屋から追い出しておいてよくそんなセリフが吐けるな」
「軽い冗談です。コンポ借りますね」

有無を言わさず部屋に入ってきた笠井に渋沢が笑った。三上が睨んでもどこ吹く風で、渋沢も笠井も気にしない。

「お前らもう少し俺を大事にしろ…」
「キモい」
「それをやめろっつってんだよ!先輩だぞ!」
「はいはいいい子だからちょっと邪魔しないで」
「〜〜〜!」

三上を適当にあしらって、笠井はコンポの前で説明書を広げた。笑い続けている渋沢に怒りを向けてみるが、お気に召したようで机に突っ伏して体を震わせている。お前らほんとに飽きないな、わずかにそんな言葉が漏れて渋沢を蹴り飛ばした。

「三上先輩、これどうすんの」
「ああ?何したいんだよ」
「録音」
「あー…ああ、これが解除されてねえと。CDは?」
「入れました。1枚目」
「ってお前出したCDそのままにするなよ!」
「ケース探すのめんどい。あ、これでいいのかな、よし」
「クソガキッ…」
「消さないで下さいよ!」
「誰が消すか、消したらよけいうるさくなるのわかってんだよ」
「いい子ですねー」
「撫でるな!」

笑いを提供しているつもりはないが、渋沢は腹を抱えている。それ以上身動きが取れないようだ。

「お前もほんと、笑いのツボがわかんねえな」
「そうですよ、面白いのは三上先輩だけなんですから」
「おい!」
「じゃあまた後で取りにくるんで、こっちのMDにも入れといて下さい」
「……俺が?」
「はい」
「……なんで」
「可愛い後輩からのお願いです。じゃ、中西先輩がケーキをくれるので行ってきます」
「ケーキ……だから笑いすぎだって!」

渋沢の笑い声で曲は全く聞こえなかった。浮かれた笠井が出ていくと泣きたくなってくる。愛されてんのかな俺、思わずつぶやいた言葉が渋沢を更にあおった。

 

*

 

できましたか?と笠井が顔を出し、身の危険を察知した渋沢が入れ違いに出ていった。もう腹筋が大変なことになっているらしい。笠井を見るだけで顔が緩んでいた。そこだけみると変態に見える。

「何拗ねてんですか」
「別にー」
「……ちゅーぐらいならしてあげますよ」
「嫌そうに言うならしていらん!」

せっかくなんだから素直になればいいのに。口を尖らせて笠井はMDを再生して確認している。本当に信用がないらしい。

「ねえ先輩、ほんとにコンポちょうだいよ。パソコン使ってるからいらないでしょ?」
「……使うよ」
「使ってるとこ見たことないよ」
「可愛くおねだりしたら考えてやるよ」
「……そんなこと言ったら本気にするからね?」

ふっと笑った笠井の顔は邪悪だ。三上はこらえて引きつった笑みを返す。用がなければ部屋までこない笠井から、これ以上理由を減らされてたまるか。邪魔な機会もそれを思うと可愛いものだ。どうやって三上をたらしこもうか考えている笠井を前に、気合いを入れ直す。

「……よし、どっからでもこい!」  

 

070602

 

 

 

 

015

じゃあな、と小さく声が聞こえた。窓の下、ふたりは別れて片方は寮へ侵入してくる。月明かりの眩しい夜で、去っていくのが誰なのかはっきりと見て取れた。嬉しそうな顔。
メールを送ってやろうか考える。爪で窓ガラスを叩いて適当なリズムを取った。送るとしたら何と送ればいいのだろう。楽しかったですか、とでも聞けばいいのか。どうせ自分は頭がかたい。夜に出歩くと言うことには抵抗がある。だからって堂々と浮気をされる理由にはならないはずだ。ばれたって気にせずやるのだから、どういうつもりなのかわからない。

机の上で充電中の携帯が振動する。彼だけに設定してある白の着信ランプが目を刺した。藤代は部屋にいない。気付かずに寝ていたことにしようか。そのことにどんな意味があるのかわからないが、今は話をしたくない。ひどいことを言ってしまう気がする。いや、ひどいことをされているのだからそれぐらいは許されるのかもしれない。しかし誰が許すのだろう。
そうしている間に携帯はもう一度振動した。まだメールの本文を見ていないのだから、自分は早とちりをしているかもしれない。どんな内容だと思ったのか忘れてしまった。見られたことへの弁解なのか、気付かれていないと思っての愛想なのか。そのどちらも彼には似合わない気がする。でも自分は完全に理解したわけじゃない。だって浮気の理由もわからない。着信はもう続かなかった。しばらく窓側に立ったまま携帯を見つめる。触れてはいけない宝のように思えた。

ノックに顔を上げ、とっさに声が出なくてうろたえていると客はさっとドアを開けた。なんだいるじゃん、と件の人物。メール見た?笠井が何も言わないうちに入ってくる。

「……気づきませんでした。ちょっと寝てたんで」
「お土産」

やたら手触りのいいぬいぐるみを渡されて、またゲーセンですかとあきれて呟く。あそこは音が氾濫していて好きじゃない。

「これだけですか?」
「何?欲張りだなお前」
「────」

欲張りはお前だ。そうじゃなくて用事、三上はやっと理解する。

「顔見てなかったなと思って」
「……ばかじゃないの」

きっと浮気をさせているのは俺だ。泣きなくなって、窓を開けて誤魔化した。

 

060930

 

 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送