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じゃあ稼いでくる!の文面に思わず吹き出し、隣の友人に不審がられながらメールの返事を送る。今朝あれほど嫌がっていたくせに、なんだかんだで本心では楽しんでいるのだろう。

「クリスマスだってのに、なんであたしは三上といるのかねー」
「そりゃあ受験生にクリスマスはないからですよ、山本センセ」
「うわ、三上センセー夜まで入ってんじゃん。彼女に怒られない?」
「向こうもバイトだから」

テキストの見返しを終えて、時間を見ながらネクタイを締め直す。だらりと机に突っ伏している友人の肩を叩いて立ち上がった。

「行くぞ」
「所長からプレゼントでないかなー」
「所長に聞いてみろよ」

クリスマスを働きながら過ごすのは初めてだ。去年は卒業した高校の寮へもぐりこみ、毎年恒例の大騒ぎに参加していた。大人数でわいわいとやるのも楽しかったが、こんな過ごし方も悪くないとは思う。

「前から思ってたけど、三上くんの彼女ってドライだよね」
「……まあ、な」

『彼女』が女なら、また状況も変わるのかもしれないが、笠井は男で、もう何年つき合ってもふたりでムードのあるクリスマスを過ごしたことなんてないから今更、という気もする。お互いイベントに熱心になるたちでもない。
塾のバイトを見つけてきたとき、忙しくなりそうだからと伝えても淡白な反応だった。男同士のつき合いだからそんなものだろうとは思うが、一度バイトに力を入れすぎて笠井が後回しになってしまったことがあるから、そのことは後悔している。
笠井が大学へ進学してからは向こうも忙しくなり、会う回数は減ったがいい調子できている。無関心なわけではないから何かプレゼントぐらいはと一応探しはした。今更笠井に何を贈ればいいのかわからない。

 

 

*

 

 

「ありがとうございました。また来てくださいね」
「ありがと」

にこり、と笑い返すとお客さんからお礼が返ってくる。もう何度繰り返しただろう。できるなら心の底から笑ってあげたいが、笠井の疲労はかなりのものだ。引きつっていないかどうか、姉の友人である店長を振り返って笑顔を向ける。

「かわいいかわいい。よし、あと2時間頑張れ」
「お腹がすきました……」
「レジだけで何言ってんの」

姉の友人に頼まれて、忙しいだけ手伝いに来るこの店は、本来なら笠井はまったく無縁である服飾の小売店だ。メンズも一応扱ってはいるがほぼレディースが占めるこの店舗は店員もアルバイトを含め女性ばかりで、いつもは力仕事が多いが今日は人手が足りずにレジに入っている。やっと休憩になり、バックヤードで一息ついた。

「たっくん彼女いないの?」
「呼びつけといてなんですか」
「いや、いっつも来るから」
「……いますけど、あっちも今日バイトだし」
「あ、そォー。んでねー、31日は?1日は?2日は?3日は?」
「……とりあえず3日は、実家に顔を出すんで」
「それ昼?夜?」
「……あー、わかりましたから。えーと、じゃあ6時からなら」
「おっけ、ありがと。他は?」
「2日はいつでも大丈夫です。他はまた連絡します」
「早めに頼んだ」
「りょーかい」

溜息をついて手帳に書き込み、ダンボールの山を見る。女の子は大変だなあと呟くと店長が苦笑した。クリスマス前からデート用に、と服を買いに来る子を何人も見た。そんな新鮮な気持ちでデートをしたことはない気がする。カップルでも友達同士でも、楽しそうにクリスマスを過ごすものだ。高校時代にもクリスマスには寮で大騒ぎをしていたが、あれはクリスマスというよりも忘年会のようなものだった。彼女なんて作る暇のなかったあの頃を思い返すと、三上と自分はどう見えていたのだろう。

「笠井くんお疲れー」
「上西さんもお疲れ。朝から入ってんでしょ?」
「うん。でもあと2時間!頑張る!店長、新作のニット出てるだけですか?」
「黒なら在庫あるよ。終わったら休憩おいで」
「ハーイ」

くるくるとよく働く子だ。楽しそうにやっているのが不思議でならない。レジを終えて戻ってきた彼女は椅子に座って体を伸ばす。

「てんちょおー、いっぱい売りましたよー。ほめてー」
「エライ!よくやった!飴あげる」
「わーい!」
「俺も欲しいー」
「はい。上西さん聞いて、たっくん彼女ほったらかしてバイトだって」
「えー、ていうかあたし店長と笠井くんがつき合ってるんだと思ってた」
「ありえないから」

けらけら笑う女の子を見ていると、以前少しだけつき合っていた子を思い出す。考えると今でも心苦しい。

「あたしも去年は彼氏いたんだよ。けっこうべったりだったからいなくなっちゃうと何していいかわかんないよねー。それでバイトばっかり」
「……あー、それわかる」

いつも一緒にいた人がいなくなったとき、時間の過ごし方がわからなくなる。それはすでに経験として知っていた。いなくなってからほしくなるなんて子どもじみたことを、と思っていたが、自分だけではないのかもしれない。

「……でも俺、いつ別れてもいいように心積もりはしてる」
「エー、何それ。笠井くんって結構ひどい」
「そう?」
「だって別れること前提みたいじゃん。この年でつき合ってるんだよ?もしかしたら結婚するかもしれない相手なわけじゃん。それともつき合うのと結婚は別な人?」
「結婚!?あー、そっか、そういう概念が……」
「何?」
「いや、女の子ってそういうことまで考えてんだね」
「まああたしは結婚したいから。だって別れるつもりでつき合ってないもん」
「結婚、かあ……」

その道がないからこそ、三上が離れていく日の事を考えてしまうのだが、さすがにそれは口にできない。――もう、あんなにつらい思いはしたくないのだ。三上がいなくても平気なように、ひとりで時間を過ごせるように。今だってこうして、別の誰かと交流して楽しい時間を過ごせている。きっと三上に依存しすぎていただけなのだ。

「たっくん、休憩終わり」
「うあっ、はい!」

 

 

*

 

 

「ただいま……また電気つけっぱなしで寝てんなぁ?」

三上のベッドにもぐりこんでいる塊は間違いなく笠井だろう。それ以外なら警察沙汰だ。自分もバイトが終わった後の癖に食事は一緒に、と先に三上の部屋に帰ってきていた笠井だが、やはり疲れたらしい。机の上に置かれた瓶を手にとってみると子ども用のシャンパンで思わず吹き出した。空になっているところを見ると暇だったのだろう。

「かさい。――笠井さん、たっくん、竹巳ちゃん」
「んー……」

揺さぶってやると布団から出てきた手は更に掛け布団を引き寄せた。しょうがねえなと苦笑しながらコートを脱ぎ、身を軽くしてから布団を引き剥がす。笠井の悲鳴を笑ってやると跳ね起きて三上を睨んだ。

「……おかえりなさい」

寝てしまったことを悪いとは思っているのか、ふくれっ面だが帰宅を迎えられて寝乱れた髪を直してやる。笠井が上げすぎている暖房の温度を調節し、隣に座った。

「あれどうしたんだ?」
「店長がくれた。馬鹿にして……」
「未成年は大人しくしとけってことだろ」
「あんたもね」
「何か食った?」
「……からあげ作った。食べてない」

眠そうにあくびをしたその油断しきった首筋に冷えた手を当ててやると思い切り手を叩かれる。いつまでたってもこの寒がりは異常なほどだ。

「食うか。腹へったー」
「準備します」

いつもと変わらない簡単な食事が並び、流石に悪い気がして笠井を見た。苦笑が返ってくるということは、笠井も少し気にはなるらしい。

「来年は、もうちょっとクリスマスっぽくできたらいいですね」
「そうだな。これ、忘れないうちに」
「……俺何も準備してない」
「いいよ」

投げるように渡した箱の中身は腕時計だ。前にあげたものは電池が切れたまま置いてあるらしいから、いいだろう。こんなのいらないのに、言いながらも顔のほころぶ笠井に満足して箸を取る。きっと残るものはあまり欲しくないのだろうと、わかっていながら渡す自分は嫌味かもしれない。

「来年はお前が何かくれりゃいいよ」
「そうします」
「お前も明日バイトだろ?」
「うん」

大事そうに箱にしまわれた時計を見て、ひと月はそこに眠っているだろうと思いながら箸を運ぶ。笠井がしたいようにしていればいい。簡単にいなくなってやる気はない。しつこいほど一緒にいてやるつもりだ。

「クリスマスらしく一緒に風呂でも入る?」
「意味わかんないこと言ってると帰りますよ?」

 

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※幼なじみパラレルです

 

 

 

 

「竹巳のノロマ」
「……亮だって今朝寝坊してたくせに。おばちゃんの怒鳴り声うちまで聞こえたよ」
「……」

しばらく不毛ながらにらみ合い、次の瞬間には吹き出して笑い出す。お前寝癖ついてるし、と竹巳が言えば、お前ネクタイ曲がってるし、と亮が返す。

三上家の権力を握っている彼の母親と、旦那が逆らうことのない笠井家の母親は中学以来の幼馴染みだそうだ。きっかけはニュータウンへの入居で、お隣さんである三上家と笠井家は代が変わってもそこに住み続けている。三上家の長男は亮くん、竹巳のひとつ上で今年中学2年生。笠井家の一人息子の竹巳くんは亮のひとつ下でやっと中学1年生。兄弟のように育ってきたふたりが、今日と言う日をどんなに待ち望んでいたことか。
小学校から地元のチームで始めたサッカーを、亮は中学でもサッカー部に入って続けていた。しかしそのためもあって、それまで毎日のように遊び回っていたふたりにその時間がなくなってしまっていたのだ。ハードな練習に疲れた亮は帰ってきて課題をするのが精一杯で、小学生の竹巳は遊び相手を失って時間を持て余していたのだが、今日からはそれも終わりだ。

「行くか」
「うん!」

 

*

 

「つっかれた…」

ベッドに体を落として深く溜息を吐く竹巳を笑う。初日からサッカー部の練習に参加した竹巳は、その予想以上のハードさにダウンしたようだ。お祝いだと三上家も呼ばれて一緒に食事をした後、ふたりは2階の竹巳の部屋に引き上げる。下ではタチの悪い酔っ払いが暴れているだろう。そばに腰を下ろして、何気なく机に置かれた竹巳の教科書を手に取った。自分のときとは少し変わっている。

「亮毎日こんなに大変だったんだね」
「そのうち慣れるから頑張れよ」
「うん。でも今日はほんとに疲れたなあ…」
「竹巳?」
「ちょっと寝る」

亮の影で竹巳が丸くなった。昔の写真と同じ姿。亮はゆっくり振り返り、目を閉じた竹巳を見て息を殺す。そっと手を伸ばして、────

「誰が寝かすかッ!」
「きゃあっ!」

無防備なわき腹をくすぐってやると竹巳が跳ね起きた。笑いながら必死で抵抗するのを、この1年で差の付いた体格で押さえ込む。

「せっかく俺がいんのに寝てんじゃねーよ!目ェ覚ましてやるッ」
「あははっ、覚めた!覚めたからッ、離して!ひゃ、あはははっ」

じたばたする竹巳をようやく離してやると、涙目になりながらもまだ笑っている。

「寝るなよ」
「寝ない、あははっ」
「ったく…」
「はは、…あ、そういえば今日聞いたんだけど、亮ってもてるんだね」
「…知らねー」
「だって練習中、窓から女子が見てたよ。彼女いないの?」
「いねえよ、めんどくせえ」
「えー。できたら教えてね」

あ、でもそれはそれで寂しいなあ。笑いながらつぶやいて、ゲームする?と竹巳はベッドを降りる。ゲームを物色する竹巳の問いに上の空で考えながら、亮は溜息を殺した。自分の気持ちを自覚してから、部活を言い訳にできる限り避けてきた。それでも明日から、家の方向や時間の関係で登下校はふたりになるだろう。途中までは部員が一緒でも、ふたりの家は一番学校から離れている。のんきな竹巳を恨んでも仕方のないことだとはわかっていても、亮にはどうすることもできない。

(…竹巳に彼女できたら、どうしよう。泣くかも)

壁に掛けられた真新しい制服を見て、もうすでに泣きそうだった。

 

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