041

 

「帰ったんじゃなかったんですか」
「……帰った」

呼び出してきた相手は、昨夜の夜行バスで実家へ帰ったはずの人。マフラーを巻きな直して三上を見ると、流石に罰が悪そうに顔をしかめた。バイトが忙しくて大晦日と正月ぐらいしか帰れないと言っていたのに、なんて息子だろう。それでも嬉しいと思ってしまってにやける口元が、ちゃんと隠れているか心配になる。

「……去年、一緒に過ごせなかっただろ」
「……バーカ」

三上が大学受験の準備をしていた去年の冬、笠井が離れていたので別々に年越しをした。つき合い始めてからは初めてのことだった。照れくさそうにしている三上が見れただけで十分だ。

「どっか行くか?」
「あんたんち」
「……飯食った?」
「食べたよ。何時だと思ってんの」

けらけら笑うと三上もようやく肩の力を抜いた。会いたいと思っていたのは自分も同じなのに、素直になれないのはどうしてだろう。今更照れるような間柄ではないというのに。
コンビニで簡単な食料を買って、ひとり暮らしの三上の部屋へ向かう。寒いというのにまだ夜は騒がしい。駅前でカウントダウンを待つ人たちを横目に通り過ぎ、夜風に身を震わせてふたりは部屋へ逃げ込んだ。

「……年内にまた会うと思ってなかった」
「クリスマスから会ってなかったろ。だから……何してんのかなって」
「暇だった。誠二は捕まらないし、中西先輩は辰巳先輩の実家に押しかけてるし」
「マジで?……それって、親に言ってあんの?」
「みたいですよ」
「すげえな……」

少しずつ暖房がきいてきて、笠井はようやくマフラーを外した。重たいコートを脱ぐなり三上の手が伸びてくる。

「……男ってしょうがないよね」
「嫌?」

「誰がいつ、そんなこと言いました?」

鼻先が触れた。冷たい手、三上が呟くのを聞きながら、三上を強く抱きしめる。

 

 

*

 

 

真夜中にチャイムが鳴った。続いてドアを蹴ったような派手な音がして、三上は跳ね上がる。布団のかき集めながらも笠井も上半身を起こし、顔を見合わせた。チャイムは再び鳴らされる。

「……予定は?」
「ねえよ。酔っ払いかァ?」

チャイムが立て続けに鳴らされ、三上は舌打ちをして立ち上がる。笠井はあくびをひとつして、三上を見送り布団に潜り込んだ。もう年は明けたのだろうか。玄関から途切れ途切れに聞こえる声には女の声も混じっていて、思いがけず睡魔が逃げていく。

「送ってくださってありがとう」
「ちょっと待て京、来るなら来るって」
「さよなら!」

近所迷惑なほど乱暴にドアが閉められ、かぎ、チェーンと続いて音がする。三上の慌てる声は何を言っているのかよくわからない。しばらくもめたような言い争いが聞こえた後、ばたばたと足音がして、引きつった表情の三上が部屋に入ってきた。

「笠井、悪ィ」
「はい?」
「姉貴。隠れて」
「はあ?」

体を起こしてはっとする。ほぼ全裸のこの格好で、よりにもよって三上の身内に会うわけにはいかない。隠れるたって、と見回すと三上が黙ってクローゼットを開けた。――この男、何を買わせてやろうか。怒鳴りたい気持ちを押しとどめ、中に入っていたコート類はカーテンレールにかけて三上が着替えと毛布を押し込んだ。しぶしぶクローゼットに隠れると同時に三上を呼ぶ声が飛び込んでくる。まるで自分が間男であるかのようだ。

「あきらぁー」
「はいはい。吐けたか?」
「出ない。水」
「いい年なんだから考えて飲め!弟頼るな!」
「だってあたしんち覚えられたら困るやーん?」
「ったく……」

そういえば三上の姉も今東京に出てきていると言っていたか。実家は関西で、そのイントネーションが聞き取れる。毛布と一緒に押し込まれた服のポケットに携帯を見つけ、その明かりを頼りに服を着る。なんだってこうなるのだろう。
――いつか、家族に話す日は来るのだろうか。家族を大切にする三上は、最近家族に黙っていることが少し後ろめたいようだ。携帯を見るといつの間にか年が明けている。狭いクローゼットの中で年越しなんて、二度としたくない経験だ。

「あーもー、つっかれたー」
「脱ぎ散らかすな」
「亮しかおらんやん。それとも亮くんはお姉さまに欲情するような変態なん?」
「アホか」

変態、という部分なら認めよう、暗い中で賛同する。酔いの成果彼女の声は大きい。

「おっさんにすげー飲まされちゃって、潰れてたらさっきの男が調子乗って送りましょうか?って、下心見え見えなんだよガキがー!1回やったからって調子乗ってんじゃねーぞへたくそー!」
「声でけえよ!弟にそんな話すんなっつの。あとお前の格好がお水にしか見えんのが悪い」
「盛らずにいられるか!」
「ったく……水飲んで寝ろ。ベッド作ってやるから」
「できのいい弟を持ってお姉ちゃん幸せやわ」
「はいはい。お年玉置いてけよ」
「かわいくない」

ベッドからシーツを引き剥がす音がする。あのベッドで他の誰かが寝るのかと思うと少し複雑だ。狭いクローゼットの中にしばらくいると落ち着いてきて、藤代に誕生日おめでとう、とメールを送る。どうもうっかり忘れてしまうことのない誕生日だ。今年は彼女と二年参りと言っていたから返事は期待していない。何年経っても晴れない男同士であるという憂鬱をもてあます。

「笠井」

キィ、とクローゼットが開けられる。声を落とした三上を見て、静かにクローゼットから出て行くと、ベッドでは布団の塊が寝息を立てていた。

「悪ィ」
「いえ。……俺、帰りましょうか?」
「いや、別に……ただベッドはあれだけど」
「……少し、外歩きません?」

三上は黙ってうなづいた。怒られるとでも思ったのかもしれない。しっかりマフラーを巻いて、寒さに耐えかねて玄関に落ちていた軍手を借りて外に出る。学生の多いこのあたりはみんな里帰りをしているのか思ったよりも静かで、冷え切った空気の中をふたりで歩いた。車が走る抜ける音が遠くからするばかりで、たまに明かりのついたマンションがあっても声まではほとんど聞こえてこない。こんな静かな夜にはピアノを弾きたくなる。
黙ったままの三上が吐く白い息の向こうに見える夜空は明るい。都会はいつ眠るのか、笠井は知らなかった。

「いつか」

深く考えないまま口を開く。驚いたように三上がこっちを見た。

「……俺が、昼間でも三上先輩と歩ける勇気を持てたら、」

――いつからだろう。誰かの目が気になってきたのは。周りの言うことなんて気にせずにいられたはずなのに、三上が好きになるに連れて臆病になる。

「……三上先輩の実家、連れていって下さいね」
「ああ」

クローゼットの中があんたに落ち着けた理由がわかって、少しうつむく。三上の手が笠井の腕を掴んだ。まるで引き止めるかのように。それを振り払って手をつなぐ。軍手の感触に三上が笑った。
――それでも、この人から離れる決意はまだできない。

 

 

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ふうっと息を吐き、ナイフの血を払って笠井は笑顔で振り返る。

「終わりましたよマスター!……マスター?」

また逃げたか。いや、逃げれるようになっただけましかもしれない。せっかく約束守ったのになあ、殺さなかった人間を見て溜息を吐く。しかし────ひとりで逃げてしまうとは、相変わらず自覚のない人だ。ナイフをどこかへしまい、笠井は足跡を追って歩き出す。靴に血が付いていたらしく、大体の方向ぐらいは確定できるだろう。この向きならば、おそらくライブラリーだ。笠井があそこを苦手としているのをよく知ってる。大声を出せないから嫌なのだ。
笠井はマスターと呼ぶが、正式には『王座』────次期国王候補のことだ。世襲にはなっておらず、何かしらの功績を挙げた人間が推薦される。辞退は基本的に許されない。王座にはひとりからふたり、護衛がつくことになっている。勿論争いが起こり、刺客が送られるなど日常茶飯事だからだ。また、王座自身が犯罪者にならないためでもあった。例え刺客相手の正当防衛でも、王座が人の命を奪うようなこと起きれば権利は剥奪される。刺客を送ったことがばれた場合も同様だ。護衛は家がつけたり、なければ国から派遣する。笠井は王座の親に頼まれた。胸を張って言えたことではないが元殺し屋で、殺し屋は指示されなければ基本的に誰も殺さない。王座の護衛の方がよっぽど利率がいいのだ。

仕事だから守りはするが、本当にあんな男が王になれるのだろうか。尤も、彼のマスターは嫌がっている。血なまぐさいことは苦手で、偶然できた感染症の特効薬のお陰で次期国王候補となってしまったのだ。初日に笠井が元殺し屋であると告げたときは椅子から転げ落ちた。態度はでかいが肝は小さい男で、いつまでも嫌だと言い続けているから死んでしまえば王座も何もありませんよ、と返すとあれ以来口にはしない。
足跡は途中で途切れたが笠井はライブラリーへ入っていく。現王が作ったライブラリーはこれまででは初めて一般市民に解放されて、おまけに無料で使うことができるというからすごい。笠井にはこれまで縁がなかったが、着いてくるなら何か読めと言われて一度人体についての本を開いたことがある。あれはとても役に立った。受付へ向かって探してほしいものがあるんですけど、と声をかけると顔なじみが頷く。

「大変だな」
「殺さないの難しいよ」
「……そっちじゃない。お前のマスターなら上の個室だ、端の部屋」
「辰巳も毎回大変だね」
「紐でもつけてつないどけ」
「それはいいな、考えとく」

礼を言って最上階へ向かう。何だかんだ言いながら、王座の特権は利用していると思う。最上階は持ち出し禁止の資料ばかり揃えている場所で、ある程度資格がないと入室できない。次期国王なら入れて当然だ。部屋の入り口には入室者を管理するために誰がいるのかを明確にするよう名前を書くボードと管理者がいる。笠井は彼が苦手だ。マスターがいるのを確認して、管理者に声をかける。

「人を呼ぶだけなんだけど」
「身分証明書」
「……だよね」

持っていただろうか。しばらくポケットを探り、ようやく見つけ出した証明書は汗ですっかりよれよれになっている。王座についていくために国へ申請して発行してもらったものだ。そろそろ再発行が必要かもしれない。

「よし。名前を書け」
「……不破くんさあ、楽しい?」
「仕事を楽しんでどうする」
「────真理だな」

特に笠井など、楽しんでいればそれはただの変態だ。名前を確認し、不破はようやく笠井を中へ入れる。ここまで上がってくるのも億劫だと言うのに、最後にこんな門番と毎回つき合わされる笠井の身にもなってほしい。辰巳に言われたように一番奥の個室へ向かう。逃げられてはたまらないので、小窓で姿を確認するとノックをせずにドアを開けた。

「マスター、困りますね」
「! …笠井」
「殺してませんよ。それよりひとりでうろつくのやめて下さい、そうでなくても刺客増えてるのに」
「…お前のせいもあるじゃねーか」
「だから殺した方が早いのに」
「俺は医者だぞ!」
「俺が殺しかけた相手を治療した上に刺されてしまう医者ってことは嫌と言うほど知ってます」
「……」

このしかめっ面を何度も見たが、笠井の知るところではない。難儀な人だ。笠井とて気持ちは理解するが、納得とは違う。

「…好きで王座やってんじゃねえよ」
「……」

子どものように吐き捨てた後、マスターは再び机へ向かって本を持つ。勉強熱心だ。現実逃避とも言うのだろう。

「マスター最近疲れてません?」
「誰のせいだ誰の」

笑ってそばへ寄る。振り返らないマスターの真横に立って耳元に顔を寄せた。

「また一緒に飲みません?」
「…断る」
「また酔いに任せて抱いてもいいんですよ?」
「……」
「俺もあんたといる間は離れられないから大歓迎なんですけど」
「やめろ」
「亮さん」
「やめろ!」
「バカなマスター。俺はあんたの部下じゃないよ」

命令されても聞かない。それでもそばを離れ、ドア横の椅子に腰掛けた。────いつだったかの祝賀会以来、彼が笠井を意識していることぐらいわかっている。心を読むのも仕事のうちだ。

「そんなに嫌ならマスターが王になればいいのに」
「どうして」
「こんな制度、壊しちゃえばいいんだよ。王なんて破壊者でしょ?」

 

*

 

レポートをまとめて三上は体を伸ばす。ふと振り返ると護衛係は座ったまま眠っていた。頼りになるのかならないのかわからない。 三上は笠井という男のことをほとんど知らない。どうして殺し屋などしていたのかも。三上は医者だ、対極の位置にいる。いや……ある意味では隣り合わせなのだ。三上は絶対にそんなことはないが、「医者」というくくりで見るとそういう医者もいる。
────こうして見ると、普通の少年なのに。それはどうやら三上がうといからだけらしく、いつだったか不破が珍しく笠井は好かんと感情を見せたことがある。「純粋培養」にはわからん、と言われただけで理由はわかった。一般市民は多少なりとも裏の世界と微妙なバランスで混じり合っているが、三上はいわゆる上層階級で育った。子どもの頃には庭で走り回れたから、門の外へ出たことなどなかったのだ。

────王に。
なれと言うのか。感染症の特効薬と言えども感染症は感染症、確かに確実な治療法はなかったが流行らなければ使い道はない。王になど。現王はまだ健在で、年ではあるがあと100年は生きるだろうと言うほどエネルギッシュな老人だ。少なくとも彼が王位を引くまではこの生活が続くことになる。刺客にも笠井にもつきまとわれる。思わず溜息を吐いた。

「眉間にしわ」
「……起きてたのか」
「帰りますか?」

応えると笠井は隣に立つ。自分より幾つか若いはずだが、よく考えてみればそれは殺人と言う手段ではあるが、自分ひとりの力で生活していたのだ。自分と一緒に考えられるはずがない。一緒に歩き出してライブラリーを出た。しばらく行ったところで辰巳が追いかけてくる。

「忘れ物だ」
「は?」

差し出された本に見覚えはない。断りかけた三上の服を笠井が引っ張り、彼と辰巳を見て混乱しながらも本を受け取った。

「あ…ありがとう」
「いや。気をつけて帰れよ」
「俺がいるから大丈夫ですよ」

辰巳が笑うのに笠井も笑い返し、三上ひとり意味がわからない。帰りましょうと促され、辰巳を見送ってふたりも家へ戻る。王座に選ばれてからは身辺が騒がしくなり、三上は家を離れていた。笠井の他には口うるさい召使いがひとりいるだけだ。

「あっお帰りなさーい」
「……せめてサボってないふりぐらいしろよ」

高い茶器を選んでティータイムとしゃれこんでいた使用人は、お帰りなさいませ若旦那と可愛らしく言い直した。

「もうお帰りだろうと思ってお茶の準備をしておきました」
「ものは言いようだな」

なんだかんだでクビにはしない自分を甘いとは思うが、そこまで厄介なわけではない。文字通り「口うるさい」彼は確かに真面目とは言えないが、器用なのでなんでもこなす。あとは通いの料理人がひとりいるだけで、雑務は十分足りている。それに彼がいると笠井が押さえられていいのだ。

「今日もあったの?」
「うん、ふたりぐらい?」
「少ないねー。まあ有名になってきてるもんな」
「笠井のせいでな!」

裏の世界では笠井はかなり名の知れた暗殺者であったらしい。両親は知らずに笠井を雇ったが、王座云々とは関係なく笠井に力試しを挑む輩がいるのだ。そのたびに返り討ちにしては、また名が広まるという悪循環に陥っている。

「そんなに嫌なら潔く死んじゃえばどうです?」
「それが雇い主へ向ける言葉か!」

乱暴に荷物を預けると本が滑り落ちた。開いたページから紙が抜けたのを、笠井が拾い上げる。さっき辰巳に渡された本だ。

「やっぱり」
「何だ?」
「遠回しな入館禁止です」

手渡されたメモには辰巳の筆跡。綺麗な言葉でつづられるのは、確かに遠回しな入館禁止以外の何物でもない。どうやら三上の出入りが原因で、最近利用者以外が増えているらしい。要するに迷惑だから来るなということか。

「俺のせいじゃねえのに…」
「…俺さあ、いまいち王座ってわかんないんだけど、みんなあんなもんなの?」
「まあ珍しくないよ。三上さんさあ、死ぬのも嫌で笠井が殺すのも嫌ならホモになればいいんだよ」
「藤代!」
「何それ」
「世継ぎはいらないって言ってもさ、外交には奥さんがついてくのが普通なんだよ。女同士の話し合いって重要らしいから」
「フーン…」

笠井の視線から逃げるように三上は自室へ向かう。あのバカ、さっさとクビにしていればよかった。────王座になって間もない頃、祝賀会が開かれた。いらないと言うのに両親は耳を貸さなかったのだ。すでに笠井はついていた。まだ笠井の強さも知らなかった頃、酔った勢いで笠井に触れ、その体を抱いた。今になってみれば何故笠井が抵抗しなかったのかわからない。三上が一番恐れているのは、女を愛せないことが露見することだ。王座云々の問題ではなく、昔から言われ続けた家の体裁だとか自分の地位だとか、そういったものを作る周りの目に怯えている。だから人に会わないライブラリーは好きだし、女が訪ねてくる家から抜け出せた点については王座はありがたかった。ベッドに伏せて頭を抱える。さっき向けられた笠井の視線が怖い。あの悪党が、悪い考えを抱いたら自分はどうなるだろう。必死で押さえてきた感情を、他人が発露してしまったら。
ノックに続いて入りますよ、と声がある。顔を覗かせた笠井へどうにか視線だけ流した。その表情からは何も読めない。

「俺出てますから、何かあったら誠二に」
「…ああ」

護衛とて一個の人間であるから四六時中一緒にいるわけではない。しかし護衛が休むからと言って刺客が休んでくれるはずもなく、三上の場合では藤代が護衛も兼任していた。王座にひとりの時間はない。

「マスター」
「…どうした」
「やっぱり一緒に飲みませんか。少しお話が」

────来たか。悟られぬように溜息を吐き、入るように促す。すぐにボトルとグラスだけを手に笠井が入ってきた。

「あのですね、護衛を辞めさせてもらえないかと思いまして」
「……」
「ああ、さっきの話とは別ですよ。ちょっとですねぇ、大切な人ができてしまいまして、守りたいなあと。俺が 護衛をしてるのは具合が悪いみたいなんですね」
「…俺に言うなよ、雇ってんのは俺じゃねえ」
「あんたに決めてほしいんです。…飲んで下さいよ」

グラスを渡されるが三上はそれを受け取ったままだ。あまり強い質ではない。笠井はかまわずグラスを傾ける。

「……ねえマスター、マスターは王座をやめたいんですよね」
「それが、」
「なら俺、ひとりぐらい消しますよ。今更だし」
「笠井」
「だってホモだってことはバレたくないんでしょ?俺バカだから王座についてなんも知らなかったけどさ」
「!」
「あんたは欲張りなんだよ、何したいどうしたいこう見られたいそう言われたいって。子どものときからそんなわがままが通用してたんだろうけどさ」

笠井の目が怖い。自分よりも人生経験を積んだ笠井は見抜いてしまう。何したいどうしたいこう見られたいそう言われたい。三上が今そう感じていることも見透かしているのかもしれない。あんたはわかりやすいね、笠井の声にびくりとする。

「わかりやすくて、鈍感」
「は?」
「俺ができることは人を傷つけること。その力じゃあんたのためにはなれない」
「…は?」
「あんたのことが嫌なら俺は大人しく抱かれたりしませんよ?」

くいと見上げる角度でこちらを見る笠井と目が合った。その姿勢に緊張する。意味が理解できずに真っ直ぐ見返してしまい、見つめ合う形になってしまった。目をそらすこともできなくなってうろたえる。呪縛から逃れるために酒を口へ運んだ。さらりと喉に流れ込み、すぐに熱くなってくる。酒のせいだけじゃない、笠井がにじり寄ってくる。

「俺の名前、覚えてます?」
「……」
「ベッドで教えたんですよ」

他の誰も知らない名を、呼べば最後になるだろう。笠井竹巳はずるい男だ。キスでごまかそうとしたら、名前を呼ぶまで指一本触れなかった。これからどうなるのだろう。王座はいらない肩書きだが、周りの目や両親の思いが頭に浮かぶ。それでも、目の前のものが欲しいと思う。こんなに欲しかったものは今までにない。

「────竹巳」

 

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