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大学講師×生徒とは名ばかりの、三上をキモイと中傷し続けている扱いの酷いパラレル。何故か結婚していますが触れないで下さい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「三上の授業教科書買った?」
「まだ。つーかあいつの授業に金かけんの嫌じゃね?」
「だよなー。これあげる」
「教科書?なんで?」
「……家にあった」

友人が深く追求してくる前に、竹巳はエレベーターに向かった。その表情は不機嫌だ。

「何、帰んの?三上の授業は?」
「サボる!代返しなくていいよ」

大学から離れながら竹巳は携帯の電源を切った。いつものことだが今日はいつも以上に許しがたい、これぐらいの仕打ちじゃ足りないほどに。

(今日は実家に帰ろう……)

実家までは片道2時間、今から帰れば追いつかれることはない。実家より友人の下宿の方がいいかと頭をよぎったが、もし見つけられてしまったらずっとひた隠しにしてきたことがばれてしまうことになる。それだけはあってはならない。かっぱらってきた電車のICカードとクレジットカードを確認し、竹巳は電車に乗り込んだ。
──ああ、思い出したくもないのに記憶にしみついている。優秀な頭を呪うばかりだ。

途中の乗り換え駅でコンビニに立ち寄ったとき、竹巳は恐ろしいものを見た。竹巳の姿を見つけ、まっすぐ歩いてくるその男の表情は嬉々としている。それと対称に竹巳は表情を凍り付かせ、すぐにきた電車に逃げ込んだが竹巳の願いは届かず、電車は男も乗せてしまった。

「竹巳」
「……あんた、授業は」
「お前がいないから早めに切り上げた。どうした?具合でも悪いのか?」
「……」

異物を見る目を向けても気にしない男はぴったりと竹巳の隣に立っている。竹巳は目の前の女性を見た。香水をつけすぎている派手な女性だ。しばらく考えて、黙って隣の手を取る。ぽっと顔を赤らめた大の男を心底気持ち悪いと思いながら、はなむけに笑顔を向けてやった。そしてその手を、女性の腰に押し付ける。ぎょっとする男を捕まえたのは、鬼の形相の女性だった。気が強いようだ。その結果に満足し、竹巳は嵐の前の静けさの中を抜けて電車を降りる。ホームから男に手を振ってやった。

「え、ちょ、竹巳?」
「バイバーイ」

至福の一瞬だった。あとで死ぬほど後悔することになるとはこのときは思いもよらなかったのだ。
『夫』を迎えに行く『妻』にならなくてはならないということに気づかないまま、竹巳が上機嫌で実家へ帰り着く。迎えた母親は呆れてしばらく何も言わなかった。

「また帰ってきたの」
「あっちに帰りたくないぐらいだよ!」
「全く、あんなによくできた旦那様のどこが不満なのかしら」
「……よくできた旦那だァ…?」

どこの世界の「よくできた旦那様」が、妻に殺意を抱かせるというのだ。

(山で遭難すればいいのに…)
「あんた悪いこと考えてるわね」
「だって犯罪者になるのは嫌だもん」
「今度は何されたの」
「……朝起きたら隣で寝てた」
「夫婦なんだからいいんじゃないの」
「俺、部屋に鍵かけてんのに。おまけに……あーーーーーッ!!」
「楽しそうね」
「どこが!」

最低だ!幾ら母親でも話せない、あのおぞましい出来事は完全にトラウマになった。……何が、おはようのキスだ。

竹巳の人生がいつ空位始めたのかはわからないが、決定的に変化したのは大学へ入学してからだった。右も左もわからない頃、ある若い講師から告白され、断るとそれはストーカー行為に発展し、警察に相談する前に母親の同意の元竹巳は結婚させられていた。
それ以降竹巳の生活費から学費以下一切の金銭が「旦那様」の財布から出ているため、容易に離婚もできない。バイトもしなくていい上に妻といえども家事全般いいといわれているので、確かに遊び放題ではある。
それでも、どうしても、――――気持ち悪い。

「竹巳、警察から電話」

ささやかな開放の時間は幕を閉じた。

 

*

 

「三上ってさー」

ひたかくしにしている自分の戸籍上の苗字が出るたび竹巳は周囲を警戒する。あの男と結婚していることがばれたりしたら一大事だ。なぜならば。

「顔いいしセンスいいし頭もいいし金も持ってんのに、キモイよね」
「キモイよねー。彼女とかいたら信じらんない」
「でもあいつ結婚してなかったっけ?先輩が指輪の自慢されたって」
「キモッ!どんな奥さんなんだろ」
「変人か、行き遅れ?」
「妥協してあいつと一緒になるぐらいならひとりで通すし!一緒に生活とか耐えらんねえ!」

友人達の笑い声にあわせて一緒に笑いながら、竹巳はざっくり斬られたハートを押さえた。自分はそいつと一つ屋根の下で生活している。寝室を分けていても皿を分けていても、同じ玄関を通り同じ空気を吸っている。

(あああああ)

胃が痛い。こんなにも精神的ダメージを負っているのだからもう少しいい目を見てもいいはずだ。よし、やっぱりあのCD買って帰ろう。旦那のクレジットカードを使うのは自分ばかりだ。訴えられたら負けそうなほどには使ったかもしれない。

「こないだの授業どうしたんだろうね」
「30分で終わったよな」
(俺を追いかけるために切り上げたから)
「竹巳君惜しかったね、サボった日に」
「ウン…もうずっと30分でいいのにね」
「30分でも耐えがたいよなー」
(俺は半年耐えてる…)

30分で終われといえば終わるかもしれない。三上の盲目的な愛情にはうんざりする。こんな小さな三上のバッシングでは気がすまない。

「……あいつ、こないだ痴漢で捕まったらしいよ」
「げっキモッ!」
「何?ニュースになってないよね?」
「存在が痴漢だしなあ」
「クビになればいいのにー」
(それは俺の生活費がなくなるから困る)

「……でもさー、三上ってセックスうまそう」
「つーかねちっこそう?」
「わーキモチワルー」
「……」

竹巳は笑顔で、耐えた。

 

*

 

先日の痴漢騒ぎは結局どういう顛末だったのか詳しく聞いてはいないが、大抵のことは許す三上も流石に腹が立ったらしい。いつの間にか財布からクレジットカードが抜かれていて、笠井は食い逃げの危機に陥った。学校からは遠いため友人を呼ぶこともできず、どんなに遠かろうが駆けつけてくれるのはたったひとりしか知らない。苦渋の決断をしたあと、竹巳は断腸の思いで三上に連絡を取る。
迎えに来た財布は黙って料金を払い、にやにや笑って竹巳を捕まえる。握られた手は熱い。どこで誰に見られるかわからないのですぐに離すが、結局車まで連れて行かれた。助手席には死んでも乗らない。

「お前帰ったらわかってんだろーなァ?」
(こんなときばっかり強気に出やがって…)

そう何人も知っているわけではないが、友人の予想通り三上のセックスはねちっこいがうまい。竹巳だってまだ若く、一応夫婦であれば浮気ができるほど器用ではない(何より相手に迷惑をかけることは目に見えている)。

「……三上先生」
「何だよ」
「フェラは絶対しないからね」
「……」

さっさと卒業したい。卒業したらすぐさま別れてやる。持ち歩いている離婚届を眺める。
子どものできない体でよかった。それぐらいしか親に感謝できる要素がない。

(……いつか好きになったらどうしよう)

死ぬしかないな。渦から出れない自分をイメージしながら、せめてものささやかな抵抗に、竹巳は後部座席で狸寝入りを決め込んだ。

 

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