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下駄箱に入っていたラブレター。白い封筒に名前はないが、ハートのシールで封をしてある限り果たし状ではないだろう。勝負を挑まれるいわれもない。
三上はそれをさりげなくかばんに入れ、靴を履き替えていそいそとトイレへ向かった。個室に隠れて封筒を取り出す。中を開けるとれっきとしたラブレターであると確認できた。細いペンで並ぶ字は繊細で、丁寧な言葉で三上への好意が記されている。思わず口元が緩んだ。――いや。いやいや。一度便箋を閉じて息を吸う。三上にはきちんと思いを交わした相手がいるのだ。

手紙には昼休みに裏庭で待ってます、とある。改めて直接会って伝えたい、とのことだ。フェンス越しの告白になるのだろうか。昼休み、昼休み。小さくつぶやき、手紙を鞄の奥へ隠すようにしまう。誠実な気持ちには誠実に応えなければならない。
鼻歌を歌いながらトイレを出て、三上は昼休みへ向かった。

 

 

そして昼休み。三上は食事もそこそこに裏庭へ向かう。天気はいい。こんなに気持ちのいい秋晴れの日に、女の子を泣かせてしまうのは忍びない、そう思いながらも、どこか浮かれている自分がいる。――思えば。女の子はとても正直な生き物だ。部活を引退してから、この手のイベントはわかりやすく減った。彼女が欲しいわけでももてたいわけでもないが、やはり誰かが自分を見とめ、行為を寄せてくれるということは嬉しい。
表情を緩めすぎないように口を結び、裏庭への角を曲がった瞬間、三上は踵を返した。途端に高鳴る胸を制服の上から抑え、三上は唾を飲む。

――やばい。

手紙の差出人の姿があったかどうかわからなかったが、そこに笠井がいたのはしっかりと見た。笠井。三上の交際相手で、どこからどう見ても立派な男子中学生だ。ここで何をしているのだろう。裏庭、この武蔵森学園における男子棟と女子棟の境である『愛の隔壁』があるこの場所は、一番下手な告白スポットである。フェンスで仕切られた男女が顔を合わせることができるのは、学園内ならばここだけだ。暗黙の了解として、たとえサボり目的の人であってもここは使わない。だから笠井がここにいるということは、何か目的があるということになる。

え?告白?

壁に隠れてこっそりと笠井の様子を盗み見る。フェンスの向こう、女子棟側には誰もいない。所在なさげにフェンスに実った南京錠を眺めながら、ぶらぶらと歩いている。待ち人、だろうか。落ち着きのない笠井の姿に三上もそわそわしてくる。この間に自分を呼び出した手紙の差出人がきたらどうしよう。否、それよりも。笠井も呼び出されたのだろうか。3年が部活で引退してから、何かと目立つ藤代のそばにいるため笠井に恋する乙女が増えた、とは中西の言葉だ。女の子はちゃっかりしている。
つきあいだしたころから、三上から見た笠井は何も変わらない。甘えたり強がったり、笠井の見せる表情はいつだって同じだ。しかしそれは三上の安心感から来る見え方なのだろうか。全部を三上に話しているわけではないだろうが、告白を受けた、というようなことを何度か聞いている。まさか、今日も。

そのうち飽きたのか、笠井はフェンスによりかかって校舎を見上げた。古い校舎は貫録がある。南京錠の中に、笠井の名前はどれほどあるのだろう。風が笠井の髪を乱す。切りたいと言っていたのはつい昨日だ。あのうなじに、数時間前触れていた。手のひらに汗をかく。思わず一歩踏み出した。笠井がこっちを見てしまい、仕方なくそのまま笠井の方へ向かっていく。

「何してんの?」
「……待ち合わせ、です」
「ふーん」

ふっと笠井が表情を緩めた。今自分が出てきたことが正しかったと気づく。三上がここにいれば、笠井の待ち合わせの相手は顔を出さないかもしれない。それはこちらも同じことだが、もう興味は薄れていた。笠井は視線を落としてローファーのつま先を見ている。

どうしてだか、普段は忘れている。彼のことが好きだということを。もう1年以上のつき合いで、そばにいることに慣れてしまっているからだろうか。どうして三上がここにいるのか聞かない笠井はきっと察しているのだろう。賢い後輩は何も言わない。だけど賢いだけじゃない。三上は何も言わないのに、いつでも捨てられるとしたら自分だと思っている。根暗だ。小心者。卑怯でもある。

「三上先輩」

笠井がフェンスから背を離す。南京錠が鳴る。手が伸びてきて三上のネクタイを指先でからめとった。なぜかそれが扇情的に見えてどきりとする。ブレザーから覗く手首、丸井指先。ぱちりと開かれた目が三上を見上げた。

「好きです」
「……え?」
「好きです。サッカーをしているあなたが好きです。笑っているあなたが好きです。真剣な目をしているあなたが好きです。悔しがっているあなたが好きです」

言葉が風で逃げる。息を止めて笠井を見ると、口元が弧を描いた。触れたくなる。

「お互いにすっぽかされたみたいなんで、代わりに言ってみました」
「……ばかじゃねーの。そういうことはベッドでだな」
「言うわけないでしょ」

ぱっと手を離して笠井は歩きだす。平静を装ってその後ろ姿を見送って、腹から息を吐き出した。びっくりした。
フェンスの向こうに目をやって、男子棟と同じ歴史を持つ校舎を眺める。結局誰の姿もない。何だったのだろうか。ポケットの中に移動させていたラブレターを引っ張りだす。夢ではない。勘違いでもない。すっぽかすというのは、手紙を受け取った側のする行為じゃないだろうか。

予鈴が鳴って、三上は歩き出した。何をしに来たのだろう。笠井の告白を聞きに来たわけではなかったはずだが。いたずらだったのかもしれない。あとでどこかで見ていた誰かがからかってくる気がしてうんざりする。それでもどこか安心している自分に気づいた。結局何があったって、落ち着くところは変わらない。

 

 

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