「ぁっ」

聞き慣れない声に談話室中の視線が集まる。
笠井がシャツの胸のポケットから慌てて携帯を取り出して、急いだあまり勢いで床に落ちた。
携帯は床で細かく振動して微かに移動する。バイブレータが設定してある様だ。
それを拾い上げる手が一瞬躊躇して、拾って直ぐに通話ボタンを押す。

笠井が少し上ずった声で話し出した時にはもう、中西が背後へと迫っていた。
藤代が、笠井には見えない位置で携帯を操作する。
一瞬のアイコンタクト。
携帯よーし、位置よーし。
笠井が携帯を切ったのが合図だった。
そこまでの間は、さしずめ西部劇のワンシーンの様。
笠井が携帯を降ろしたのと同時に、中西が笠井を背後から抱き込んだ。

「うわっ」
「お兄さーん、ちょっとカラダ貸して頂戴v」
「や、ちょっ・・・何するんですかっ」
「ヘイ カマン」

キランと背景に光を背負って、中西は藤代に向かって手を差し出す。
何か企んでるときの顔で藤代が中西に携帯を渡した。

「何す・・・あっ、・・・やぁっ!」


携 帯 感 覚


「辰巳先輩!」
「え?」

談話室に入るなり笠井が突っ込んできて辰巳はたたらを踏む。
涙目で見上げてくる笠井の向こう、腹を抱えて笑い転げる中西と藤代を見て辰巳は溜息を吐いた。
談話室にいた他の寮生は何故か、皆互いに目を合わせないようにして黙り込んでいる。

「・・・中西何をした」
「あはは笠井カワイー!携帯のバイブで感じちゃうか!」
「感じッ・・・!?違いますっ!嫌いなんですッ気持ち悪い!」
「ひーっ・・・タクの携帯がバイブ設定になってない理由判った!」
「誠二ッ!」

笠井を落ち着けようと辰巳は取り敢えず頭を撫でてやる。
涙目で訴えられても、強姦でもされたような笠井をどうしろと言うのか。

「・・・ひゃっ」

笠井がいきなり辰巳に縋った。
動揺して辰巳が笠井を見ると、その後ろで藤代が携帯を握り締めて腹を抱えていた。
爆笑通り越して笑う声も出てこないらしい。

「・・・辰巳先輩・・・人間スイカ割りしていいですか・・・!!」
「イヤ・・・笠井ももう法に引っ掛かる歳だしやめておけ」
「・・・もう誠二なんか知らないからね!」
「あっ」

恋人同士のようなセリフを残し、笠井が飛び出すように談話室を出ていって、藤代が慌てて後を追った。
辰巳が溜息を吐いて、床に突っ伏して笑っている中西を起こす。

「おい、お前等もそろそろ談話室閉めるぞ」
「あぁ、辰巳今週鍵当番かぁ」

まだ笑いを引きずって辰巳に体を預け、動こうとしない彼らを見て中西は笑う。

「今立てないって」
「・・・ホントに強姦してないだろうな」
「もどき?」
「・・・・」






「キャプテンん〜」
「・・・どうした藤代」

部屋に飛びこんできた藤代に渋沢は動きを止めた。
三上がさも煩そうに舌打ちする。

「タクが部屋入れてくれないんスよー!」
「また何かやったんだろ」
「・・・何やったんだ?藤代」

三上の言葉に渋沢が藤代を見る。

「・・・エヘ?」
「・・・何やったお前」
「やーん三上先輩怖ぁいv」
「何?怒んねーから言ってみ?」
「既に怒ってるしー!」






「・・・笠井」
「・・・・」
「入れて」
「・・・・」

部屋の中に籠城して、ウンともスンとも言わない女王様に三上は溜息を吐いた。
先輩なら入れると根拠もなく藤代に部屋を追い出されて、ダメ元で来てみたがやはりダメか。
1分数えて反応がなかったら辰巳の部屋にでも行こう。
直ぐに帰ってしまうのも何なので、三上は数え始める。
既に就寝時間の廊下は人気をなくし、何処となく空気も冷たい。

かっきり30秒、城の戸が薄く開いた。
わずかな隙間から覗く不審そうな瞳と目が合って、しばらくして手が伸びてくる。

「・・・携帯・・・」

・・・相変わらず信用はない。






「・・・お前携帯嫌い?」
「・・・好きじゃない」

ローテーブルを挟んでふたりは向き合った。
三上は何もしてないのに自分が悪いことをしたような気がしてくる。
メールはするけど、自分から電話を掛けることはない。
三上の着信履歴にも藤代のにも、笠井の携帯にも誰かに掛けた履歴は見られなかった。

「・・・・」
「・・・もう誰もやんねーって。藤代本気で反省してるし中西だってさっきはともかく、今はお前が嫌がってるってちゃんと判ってる。あいつはお前好きだから嫌がることはしねぇよ、ちょっと調子に乗りやすいけど」
「・・・それは判ってます・・・恥ずかしい・・・」

俺もその場に居たかった。
そんなことを口にすれば三上は窓から追い出されるに違いない。

「あ・・・言っとくけどホントに感じてたわけじゃないんですからね!」
「お前は不快を感じてたのか知らないが、取り敢えず談話室にいた奴らは立てなかったらしいぞ」
「〜〜〜ッッ!死んだ方がましッ!」
「死ぬなよ・・・」


「・・・携帯返す」
「いいのか?」
「からかいに来たのかと思った」
「・・・俺ってロクでもない男なんですね」

テーブルの上に置かれた携帯を手に取って、かといってどうするでもなく三上はその場でもてあます。
いつ使うか判らないから持ち歩いているだけで、別に今は使う理由がない。

「バイブ駄目?」
「駄目。伝わってくる感触が気持ち悪い」
「そんな嫌悪するようなモンかぁ?」
「嫌なもんは嫌なんです!」
「別にどうこう言うわけじゃねーけどさ・・・」

何となく三上は溜息を吐いて笠井を見た。目尻がまだ赤い気がする。
また怒りの様な感情が沸いてきた。やっぱり藤代だけじゃなく中西にもガツンとかましてやろう。
三上は一人決意を新たにする。

「・・・お前何で携帯使わねえの?」
「・・・何か・・・嫌」
「・・・じゃあ今俺んとこ掛けろよ」
「はぁ?」
「履歴に残すだけでイイ」
「・・・女々しい」
「ほっとけ」

笠井が笑って携帯を手にした。
番号を呼び出して、一度三上を顔を見る。
笠井が携帯を耳に当てボタンを押そうとした瞬間、

「んッ!」
「ッ・・・?」

笠井が携帯を手から落とした。
床に落ちた携帯は体を震わせる。

「・・・〜〜!」

設定の解除を忘れていたらしい。
自分のミスに笠井が腹立たしげにテーブルを叩く。
怒りかそれ以外か、笠井の頬がうっすらと赤い。

「誰?」

しばらくすると止まったのを見ると、着信はメールだろう。

「・・・誠二」

内容は何となく判ったので三上はそれ以上何も聞かない。
笠井はメールを読んでから、バイブ設定を解除する。

「・・・イイや、掛けるから出ろ」
「え」

笠井が言葉を理解する前に三上が携帯を耳に当てた。
まもなく笠井の携帯が、着信を告げて光る。

「せんぱ」
「出ろよ」
「だって目の前に居るのに」
「イイから」
「・・・・」

笠井が仕方なく通話ボタンを押す。

「もしもし」
「・・・もしもし」

電波を通しての声と、直接聞こえる声の両方が聞こえて妙な感覚。

「お前何で携帯嫌い?」
「・・・声が嫌い・・・」
「声?」


『ホントの声じゃない気がする』


「・・・まぁ・・・確かに生の声と違うけどな」
「何か嫌じゃないですか?本人のフリしてる別人でもわかんないんですよ?」
「そりゃ考えすぎだろ」
「何か怖い・・・」
「・・・・」

三上が通話終了のボタンを押して、身をテーブルの上に乗り上げる。
じっと顔を覗き込まれて、笠井もゆっくり携帯を降ろした。

「俺の声じゃなかった?」
「・・・先輩の声だけど・・・違う・・・」
「・・・まぁ・・・普段はそれでいいけど」
「普段?」
「お前いきなり出掛けて帰ってこなかったりすんだもんよ」
「か、帰ってきますよ!」

少し思い当たる節があり、笠井は多少言葉弱めに反論する。
三上は一言で切り返した。

「遅かったりするだろ」
「う・・・」
「そういうときに一言掛けてこいって言ってんの!」
「だ、だってメールはしてるじゃないですか」
「俺が声聞きたいの。自己満足で!」


「・・・善処します」


何となく顔が見れなくて、俯いたまま小さな声で笠井は言った。

「絶対だバカ」
「バッ、バカはないで・・・ッン!」

隙をついて三上が笠井の口を塞いで、語尾が飲み込まれる。

「ン、つっ・・・机壊れる!」
「んじゃベッドまで移動願えますか女王様」
「・・・何で」
「んん?」

しっかりと三上の両手が笠井を押さえ付けた。
笠井がしまったと思う隙もない。

「他の奴らにどんな声聞かせてやったのか俺も聞かせてもらおうかとvv」
「は? やっ・・・やー!」

 

 


尻切れトンボ上等。
取り敢えず言いたいことは笠井が色っぽく書けなくてゴメン、とでも。
一度改題。

020925

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