「あっキャプテーン、要らない紙ありません?」
「要らない紙?」

廊下で藤代に捕まった渋沢だが、意図が読めない。
藤代のその腕は既に今年採用されなかったカレンダーから掲示板の掲示物まで抱え込んでいる。

「どうしたんだ?」
「筆談に使うんス」
「筆談?」


R e :


笠井の声が出なくなったのは今朝だった。
前日から声が怪しいと思ってはいたが、ここまでひどくなるとは笠井本人にも予想できなかったようだ。

「だから昨日さっさと寝ろって言ったろ!?」

憤慨したらしい笠井が三上を睨んで素早く携帯のボタンを押す。画面は新規メール画面になっていた。
変換するのももどかしく、どうにか文章を打って笠井は携帯を三上に突き出す。

『そんなセリフきいてません!』
「言いましたー」
「その割には昨日渋沢笠井の部屋居たよね」
「だから寝ないなら俺が寝かしてやろうと思ってよ」
「それって原因の大半は三上じゃない?」

呆れる中西に同意して、笠井がこくこくと頷いた。
その弱い衝撃にも耐えられなかった笠井の頭がぐらつく。慌てて支えた中西が軽く睨んだ。

「フラフラじゃん、寝てないと」
「掛り付けの病院予約してるんだと」

「タクただいまー」

藤代が部屋に戻ってきた。
有り難いのかよく判らない紙の束をお土産、と渡される。

「笠井大丈夫なのか?」
「そんなわけないでしょ、40度近いもん」

藤代と一緒に部屋に入った渋沢が目を丸くした。
それからすかさず三上を睨むが、三上は机の上に積み上げられた紙の束を探っている。
そこから早速一枚抜き取って笠井がペンを走らせた。

『それは昨日の夜。今は7度に下がりました』
「7度9分な」
「8度だな」

渋沢が溜息を吐いた。
余計なことを、と笠井が三上に視線を送るがこたえない。

「病院は?」
『予約してます』
「あ、そうそのことなんだけどさー、タク コーチに送ってもらうって言ってたじゃん?俺さっき伝言頼まれたんだけど、陸上部の方で怪我人出て送れなくなったって」
「あらま」
「どーすんの?」

笠井の持ったペンが困ったように紙を叩く。
少し悩んでから

『電車で行く』
「電車ぁ?タクそんなフラフラで乗れんの?」
『だって』
「桐原監督は?」
「あの人は今日法事だ」
「そっかー」

渋沢の返事に中西が眉間に皺を寄せる。
三上が笠井に体温計を差し出した。熱によっては寮から出ることも許されない。

「医者って電車乗るほど遠かったっけ?公園の横にあるのって病院っスよね」
「あそこの院長ボケてるって噂だけど」
「・・・やばくないスかそれ・・・」
「やばいよ?」

電子音を聞いて笠井が三上に体温計を返す。
表示された体温は七度五分。

「・・・まぁ大丈夫か」
『じゃあそろそろ出ます』

笠井が紙に残して立ち上がる。続いて立った三上に視線を送ると睨み返された。

「ひとりで行く気かお前は」

でも、と言いたげに笠井が部屋を見回すが、勿論ひとりで行くことなど許されるわけがなかった。




「ノド腫れてるねー、かなり痛いでしょ」

医師の言葉に笠井はこくんと頷いた。
昔からよく知っている女医さんで、笠井の体について言わせれば母親以上に知っているだろう。

「声出せる?」
「   」
「いいわ出さなくて。いつもノドからくる子ね。・・・昨日無理に声出した?」

無理にと言うか強制的に。
声が出ないのをいいことに笠井は黙秘権を通した。
彼女が聴診器を手にしたので上着をめくる。
さっきより若干熱の上がっていた体は、暖房の所為もあって指先まで熱い。
腹部に押し当てられた聴診器がリアルに冷たかった。

「・・・はい背中」

笠井が言われて背中を向ける。

「ねぇ竹巳くん」
「・・・・」
「君のとこって男子寮よね」
「・・・!」
「お父さんには言わないから安心して」

そう言って笑う彼女を振り返りながら睨んだ。
声を張り上げて抗議したい。

「熱冷ましだしとくから熱高い時にだけ飲んで、あとはノド。うがいを特にしっかりとね」

少し気にしながらも笠井は頷く。
ドコに、と考えていると医師が鎖骨の下と呟いた。

「うつされたの?」

笠井は黙って首を振る。
恥ずかしすぎて顔を上げられない。

「じゃあうつさないようにね、お大事に」

皮肉にしか聞こえなかった。






はぐれかけた笠井が三上のコートを掴んだ。
三上が足を止めて笠井を待つ。

「寒くないか?大丈夫?」

笠井が大きく頷いた。どっちの意味かいまいち判らない。
遠くはなるが空いているだろう前方の車両へ。もう二三分で来る筈だ。
門限はとうに過ぎてしまっているが、その辺りは大丈夫だろう。心配なのは笠井だ。歩く速度から考えて、やはり行きよりも熱が上がったらしい。
風通りのよすぎるホームに立つ笠井が可哀想になって三上は気が気じゃない。
手がかじかむので筆談は使えず、よって笠井は自分の意志を伝えることは殆ど出来ない状況だが言いたいことは何となく判った。
電車がホームに走りこんでくる。その勢いでよろけた笠井を捕まえて、三上は電車に乗り込んだ。

「お前手冷た」

車両の隅に笠井を立たせる。
冷えきった指先をぎゅっと握ってやるが、冷たいのは三上の手も同じことだ。

「座る?」

席は埋まっているが、その気になれば二人分だって譲ってもらえる。
しかし笠井は静かに首を振った。

「窓結露してる」

電車の中は暖房がよくきいているらしい。
もしくは外が寒過ぎるのか。既に夜へと変わっている外の寒さは相当だろう。
笠井がふと、濡れた窓に手を伸ばす。

『バカ』
「うわ小学生レベル」
『せんぱいが』
「はぁ?」
『バカ』

三上が文字をかき消した。
笠井が笑って、また別の場所に同様に書く。
それを三上がまた消して、また笠井が書く。

『スキ』

一瞬止まった三上が、やっぱりそれを消した。
その反応が意外だったのが、笠井が目を丸くして三上を見る。

「どうせなら聞きたい」
「・・・・」
「いやゴメン、声出ねぇの俺のせいかもだけど」

何か言いたげだった笠井の先手を取る。

「・・・せんぱい、」
「しゃべんなって」

痛そうな声に三上が顔をしかめた。
ノドの痛みがかなりあるらしく、笠井も眉間に皺が寄っている。

「誰かに見られるのも勿体ねぇしな」
「・・・・」

笠井が窓にまたバカと書く。
それを三上の手の平がまた消した。



「早く帰ってゆっくり休もうな」

笠井が小さく頷いた。
その延長で顔を上げないので、三上は黙って隣に寄り掛かる。

「多分我慢するから」
「・・・・」

繋ごうとした手をぎゅっと手をつねられた。

 

 


冬のうちに、寒いうちに!
何かわたわたしてる間に少し温かくなってきた最近なので大焦りでアップ。

030208

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