遠くで笑ってるあなたを見てそう思う自分が凄く嫌で
だけどあなたがそれでも俺を好きだと言ってくれるのなら


窓 の 外


「笠井は?」

姿がないのを目ざとく見付けて三上が聞く。
コントローラーを手にした藤代が画面を見たまま溜息を吐いた。

「小テストの追試でまだガッコーっスよ」
「追試ィ?お前じゃなくて笠井が?」
「失礼な!タクは白紙でテスト出したんすよ!」
「はぁっ!?何で!」

藤代がやっと振り返った。
三上が手に持った物を見て、言い掛けた言葉を引っ込めた。

「どうしたんスかそれ・・・女の子からですよね?」
「あ?男に貰ってたまるか。校門で捕まって押しつけられたんだよ、卒業式参加出来ねぇ1年じゃね?」
「・・・タク絶対騙されてる!俺のタクがー!」
「はっ!?何言ってんのお前ッ」
「三上先輩何かに理由教えてやんねー!」
「うわムカつくっ、消えろッ」
「ぎゃーっギブギブ!」
「じゃあ吐けッ」
「絶対教えてやんねー!」





「笠井」
「・・・何ですか?」
「何ですかじゃねーよ・・・」

三上は溜息を吐きながら教室へと足を踏み入れる。
笠井の席は教卓の前だったと思うが、今は窓側最後尾に座っていた。

「先輩だって帰ってたじゃないですか。俺ここから見てたんですから」
「・・・帰ったけど。・・・白紙で出したって何?」
「―──あぁ、俺隣の人の解答見えちゃったんですよ」
「うわっマージーメー」

笠井の前の席の椅子を引いて三上はそこに座る。
課題として出されているらしい理科のプリントが机の上に置かれているが、手を付けた様子は全くない。

「・・・判ってる?」
「判ってない」
「・・・・」

それではいつまで経っても帰れまい。三上は溜息を吐いて立ち上がった。

「俺今復習でそこやってるから、ノート取ってきてやる」
「学校なんですね・・・」

三上が出ていった教室で、笠井はまたぼんやりと窓の外を眺めた。





「・・・ホントはさぁ」

問題を解きながら笠井が呟くように言う。

「あ?」
「誠二に言ったらボロクソ言われたんだけど」
「何を?」

はぁ、笠井が溜息を吐いた。
三上は眉間に皺を寄せ、ノートを捲る手を止める。

「ホントは先輩見てて授業聞いてなくて、テストも意味わかんなかったから先輩見てた」
「・・・さりげに告ってんの?」
「さぁ。外で体育やってる声聞こえたからさ」
「あっそう」
「うん・・・やっぱ根岸先輩はこう見守りたくなりますね」
「おい」

すぐ返した三上に笑いながら、笠井が嘘ですよと付け足した。

「やっぱサッカーやってるのがカッコイイ」
「・・・・」
「・・・照れてる?」
「照れてません」

笠井が判ったようににやりと笑う。
前の体育は野球だったと思う。
見られていたと知ってればもっと真面目にやったのだが、ふざけていた記憶しかない。

「・・・三振は流石にどうかと思いましたけど」
「うっせーよ、あれはピッチャーの所為!」
「でしょうね、乱闘起こしかけてましたし」
「・・・・」

ホントに全部見ていたんだろうか。
思い出したようにプリントに戻った笠井を、三上は複雑な感情で見た。
時々不安そうなことを言うかと思えば、やたら自信たっぷりなことを言うときもある。
この「後輩」は難しい。

「・・・ちょっと待てよ、HClは塩酸だろ?何でアルカリなんだよ」
「あれ?・・・・」
「OHつくのがアルカリ」
「・・・あ。うん、そうだ」

教えるのをやめようかと一瞬本気で考えた。

「あ、何その顔ー。先輩が頭良すぎんの!」
「俺関係なくお前の理科のセンスはなさすぎる」
「ヒド!イイよね先輩万能で!理系とか言いながら国語も出来るしさ」
「文法だけな、暗記じゃんあれ」
「嫌味だー」

机に伏しかけた笠井の額を押さえて止めて、とんとんとプリントを叩いてやる。
膨れっ面で笠井がシャーペンを握り直した。

「・・・わかんないんだもん」
「聞けよ」
「・・・て言うかイオンなくしてマイナスなのにプラスになる時点で俺は許さない」
「お前が許そうが許すまいがテストはあるぞ」
「・・・いじわる」
「こんなに優しい先輩に何言ってんの」

は?と聞き返してきた笠井の頭をすかさず叩いた。
冗談だと判っていても腹が立つ。

「じゃあこうな、俺が問題出してやるから外れだったらキス」
「え」
「ど?」
「ダメ、わざと間違えちゃう」
「・・・・」

三上の視線が変わった。
侵入者でもいるかのように笠井を見る。

「・・・何ですかその顔」
「・・・積極的な笠井って何か微妙・・・」
「変態!」
「熱とか」
「ありません!」
「・・・じゃあ合ってたら、ってコトで。全問正解でベッドイン」
「それは要らない」
「・・・・」





「おーい笠・・・」
「あ、先生」

教室に顔を出した教師が固まっている。
音に反応した三上が素早く笠井から離れたが遅かったらしい。

「・・・お前等今何してた?」
「目をゴミ入ったんで。先生何考えてたんですかぁー?」
「っ・・・焦ったー、そうでなくても笠井狙われそうなのに」

笑いながら教師は近付いてきた。
焦ってるのは三上も同じだ。たった今までしていた行為は明らかに教師の想像と同じだろう。
何より笠井が焦っていないのに焦る。

「何で三上がここに居るんだよ、帰ったんじゃなかったのか?」
「あ、いや・・・」
「俺のことが心配で来てくれたんですってー。勉強も教えてくれて」
「ふぅん・・・三上にしちゃ珍しいな。実は笠井好きだったりとかして?」
「えっ三上先輩そうだったんですかっ!?俺今身の危険だったのッ!?」
「ふっざけんな!」

きゃあと身を庇う笠井と三上の反応に教師が笑う。
笠井の担任の体育教師で、女子棟に行けばさぞいい目が見れただろうという若い男だ。

「あ、化学の先生三年の補習があるから俺がテストするな」
「どうせ採点するだけですもんね」
「・・・さりげにバカにしてないか?」
「まさかぁ」

笠井がくすくす笑いながらプリントを再開するふりをした。

「先輩問題出してー」
「え、あぁ・・・」

もう中断かと思っていたが続けるらしい。
流石に問題後まではやらないだろうと笠井を見ると、目が合った笠井はにやりと笑った。
ご褒美の方も継続らしい。

「(・・・難しいのイコ・・・)じゃあなー・・・」

────数分後、笑ったのは笠井、愕然としたのは三上。
難易度高いものを選んだつもりだった。
さらりとそれを答えられて、三上は黙り込むより他にない。

「・・・真面目な話、笠井何かあったのか?」
「はい?」
「いや・・・お前が白紙で出すなんて可笑しいだろう。何かあったんなら相談乗るし、」
「先生・・・」
「三上が居て言いづらいなら」
「寧ろ先生に言いづらいです」
「痛!」

笠井が笑って教師も苦笑して返す。
しかし三上の心中は穏やかでなかった。
少し様子が可笑しいとは思っていたが、教師に言えないとなればやっぱり自分絡みなんだろう。

「じゃあ三上になら言えるか?」
「・・・言えますよ」

三上は何となく目を瞑った。
任せた、と三上の肩に期待を乗せて教師が出ていく。

「―───俺何かしました?」
「ううん」
「・・・どうした?」

顔を覗き込むと不意打ちでキスをされた。
固まったままでいる三上を笠井が笑う。

「俺だけのものにならないでね」
「・・・何?」
「俺のものになっちゃうともっともっと色んなもの欲しくなるから。貪欲になるの嫌なんだ」

笠井の視線は外へ。
ゆらゆらと太陽が沈んでいく。

「───いいよ別に、何でも欲しがれば?」
「富と名声」
「要らないくせに」
「逃げたな」

要らないけどね、
笠井の横顔が笑った気がした。

「センセー入ってイイですよー」

何事もなかったかのように笠井が呼ぶ。
教師が戸を開けて姿を現した。

「笠井何だって?」
「恋煩い」

教室に踏み入れる足が一瞬止まった。
男子棟だとか男子寮だとかそんな単語が頭に出てきたに違いない。

「先輩のノート凄いですね」
「凄かろう」
「国語のノートなんかページ破りすぎて薄いのに」

どうにか立ち直った教師が、笑いながら笠井の手から三上のノートを引き抜く。
綺麗とはいかないがある程度整った字が文字を羅列している。
ただ定規を使わないわ、一行開けるということもしないわで、言ってしまえば見にくいノートだ。
視線に気付いたらしい三上が教師の手からノートを奪う。

「俺が判ればいいの!」
「まぁいいけどさ。笠井そろそろやるぞー」
「まったまったッ」

三上の手からまた笠井にノートが戻る。
何となく見方は把握したらしい。

「・・・先生、あれ先生の彼女じゃないですか?」
「え?」

笠井の視線につられて教師は窓の外を見る。
すかさずシャーペンを手にした笠井が、三上のノートを開いてペンを走らせた。

もう一回

三上が顔も崩して笠井を見る。笠井の方は至って普通。

「笠井ドコだよー」
「プールの方に歩いていきませんでしたかー?」

んん?と三上の役を取ったように笠井がにやりとした。
カチンときた三上が腹を括る。

「───―居ないじゃん」
「じゃあ俺の見間違いかな」

振り返った教師に笠井は首を傾げてみせる。
笠井は誰も見てないのだから居なくて当たり前だ。

「・・・ん?三上顔赤くないか?」
「気の所為っス」




――――永遠は願わないけど

 

 


何か別の場所で使う予定だったのにだらだらと無駄に長くなったので。

030208

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