かげろうだったらこの恋は上手くいくんだろう。
いっそ恋をするために生きるかげろうのようになれれば楽なんだ。
蜻 蛉 日 記
「もうやだ」
「は?」
「俺、つかれてるのに」
「・・・・・・」先輩はあっさり手を離して・・・と言うよりは俺をベッドに押しつけてから体を起こした。
それから黙ったままベッドを降りて、普段は使わない誠二のベッドに潜り込む。
離れた場所で丸くなる背中を見てると、体に残った熱は一気に冷えていった。自分で突き放したクセに残る感情。
ともかく時間が空いた、寝ることにする。
明日は早めに起きて英語を終わらせて、朝練がある。
先輩は何を考えてるのかなぁなんて思っていても睡魔はやってきた。
ねむい すき あついしばらくすると意識は落ちた。
先輩が隣に入り込んできたのは、夢か、現か。
・・・夢か現か、どっちだったんだろう。
起きた頃部屋には俺ひとりだった。
はかったようなタイミングでメールが来た。おはようも何もなく、「今日休めよ」とだけ。
・・・いや、休めない、今日は委員会だ・・・
「ねぇ楽譜見付かったの?」
「あ?・・・あー、あるっちゃあるけど」
「・・・何それ」口調がきついのにクラスメイトは顔をしかめた。俺だってそうしたいわけじゃない。
でもそうしてないと、怒ってないと余計なことを考えすぎるから。
文化祭の合唱曲が決まったのは1週間前。
そして殆ど押しつけられた状態のピアノ伴奏。知らない曲だから練習したいのに楽譜もない。「ピアノの楽譜ならある。パートごとの楽譜ないから」
「何それ、じゃあまだ練習出来ないの?もう練習期間入ってるよ、明後日音楽室使えるのに」
「っせーな・・・」
「・・・・・・」怒りたくはない。
でも怒っていい場面の筈だ。「・・・楽譜貸して」
「あ?」
「作れば良いんでしょ、合唱用」
「・・・・・・」ごちゃごちゃと教科書やノートが詰め込まれ、プリントのはみ出した机から楽譜が出てきた。
本屋においてあるような本だ。それを乱暴に押しつけられる。怒りたいのはこっちだ。「タク、委員会行くよ」
「あ、わかった」本を受け取って誠二と一緒に歩き出す。
舌打ちは聞いてない、聞こえない。「・・・あんまし気にすんなよ?」
「大丈夫だよ」
「しっかし文化祭の実行委員ってのも結構めんどーだなー」
「そりゃ楽しんでばかり居られないだろ」
「そうだけどー・・・タクは三上先輩みたいになってる」
「え」
「眉間にしわ」
「・・・びっくりした、タレ目になってるのかと思った」
「なるかよッ」
「あははっ」予算と場所の確保
ほぼ誠二リクエストでキックターゲットをクラスでやる
制作 デザイン 用具
部活の模擬店、宣伝ポスター(毎年恒例だから今更だけど)
あと 楽譜、コピー、練習練習・・・・・・
「あ、辰巳先輩、ちょっといいですか」
「どうした?」
「うちの寮って誰かキーボード持ってましたよね」
「キーボードか、3年にいたな・・・あ、おい中西知らないか」談話室に入ってきたばかりの中西先輩を辰巳先輩が引き留める。
主語がないのに何も聞かず中西先輩は答えた。「・・・多分田崎」
「あ、ありがとうございました」歩き出すと服の裾を引っ張られた。振り返ると中西先輩。
「・・・何か?」
「うりゃっ」
「ッ」不意をついたデコピンに思わず蹌踉ける。
「ばーか」
「中西?おいっ・・・喧嘩でもしてたか?」
「いえ・・・」来たばっかりなのに談話室から離れていく中西先輩の背中を見た。
・・・やっぱバレてんのかなぁ・・・「かさい」
「・・・・」今度は三上先輩。・・・ちょっと気まずい。
「キーボード借りてきてやっから部屋で待ってろ。手伝えないけど付き合うから」
「・・・・・・はい?」三上先輩は何事もなかったように3階へ向かう。
くしゃりと辰巳先輩に頭を撫でられた。バレてるんだろうなぁ。「無理せず早めに寝ろよ」
「はい・・・俺そんなに分かり易いですか?」
「さぁ」すきだ あつい あつい ねむい ・・・・
頭が重い。
ピアノが前にあるのに力一杯弾くことは出来なかった。
耳に入ってくるのは歌声じゃなく話し声だし。お前らは女かっての。もうやだ
かげろうのように生きれたらいい
恋だけして死んでいく「お前ら歌わねーなら俺帰るぞー、タク帰ろー」
「誠二・・・ダメだよ、折角音楽室使えるのに」
「だってやる気ないじゃーん。あ、別に俺が帰りたいワケじゃねーよ!?タクが」
「うん、それは分かってるけど」帰りたいのは俺も同じだ。
でも折角先輩が付き合ってくれて楽譜作ったのに・・・あーもう、寝た方がましだったかも。「笠井もそんなイヤそーな顔するなら帰っちゃえよ」
「なっ・・・」
「ホントは帰りたいんだろ、イーよ別に。ピアノぐらいなくても俺ら練習すっから」
「・・・・・・」押しつけたクセに?だったらアカペラでやればいいじゃん。
さっきまで騒がしかった部屋が静かになった。今ピアノを弾いたら気持ちがいいだろうと思う。
何と言おう。何と言えば?
急にドアが開いて反射的に身構える。「・・・あれ?」
「・・・三上先輩こんなトコで何してんっすか」
「アレ、藤代?・・・・・・・・・あっ!」目を丸くして少し幼い表情だった三上先輩が、しばらくしてからがくりとドアにもたれかかった。
ドアに貼られた予定表を見て舌打ちをする。「うわっ、三上先輩もしかして間違えちゃった?間違えちゃった!?ダッセェーー!!」
「うっせーバカ代!あーっクソ・・・講堂かよ・・・」
「うわー講堂って遠いっすね!ダセー!」
「死ね」張りつめていたものが中途半端に緩んで気まずさは増した。
て言うか誠二、幾ら何でも笑いすぎ。お前もさっき第2音楽室行ってただろうが。「つかお前らが歌ってりゃ俺も間違わねぇっての。練習してたか?」
「・・・・・・」・・・誠二がそこで黙り込む。笑いすぎてたお陰で得意の誤魔化しも出てこないらしい。
少ししてから、ふてくされてしてません、と小さく答える。
先輩は大きく溜息。「笠井帰るぞ」
「・・・いや、です・・・」
「何もしてねぇなら帰って寝ろ。もうお前のイヤもダメも聞かねぇ」
「いやです!」思った以上に大きい声が出た。
焦る、喉が痛い。「・・・だってまた」
「アホか。頑張りすぎて潰れたら意味ねーだろ」
「・・・・・・」静かになった部屋に先輩の足音だけが響いた。
そんなの薄っぺらな絨毯に吸い込まれて消えてるはずなのに、じわじわと心臓に溜まっていく。
先輩、音楽室ではシューズ脱いで下さい。
先輩の手の甲が首筋に押しつけられる。「何度」
「・・・7度8分」
「バカかお前、いつ計った」
「昼休み」
「藤代こいつ連れて帰るからな」
「了解っス。もーベッドに縛り付けてて下さい」
「まじで?」
「あ、イヤ、やめて下さい」
「鞄任せた」三上先輩に手を引かれて音楽室を出る。
ただの数字を口にした途端ドッと体がだるくなった。
悔しい。
くやしい あつい すきだ くやしい ねむい
よく分からないけど泣きながらすっと先輩の後ろについて行った。文化祭準備に入った頃から微熱が続いていた。
でもちょっとした風邪だったから直ぐに治ってたけど。
熱がでたりおさまったり。でも休みたくはなかった。かげろうのように生きれたらいい
好きな人だけ見れればいいのに
他に好きなことが多すぎる・・・
「・・・何で・・・藤代何も言わなかったんだよ」
いつも笠井がそうするように、ピアノの鍵盤に布をかけていた藤代は、クラスメイトの質問に一瞬困惑した表情を見せた。
しばらく考えて、やっと質問の意味が分かる。「まぁ別に口止めされてたわけじゃないけどさ、言ったらよけー気まずくなるだけじゃん。つかお前ら気付いてなかったんだ」
「気付くかよ!何で熱あんのに・・・」
「・・・タクさぁ、去年の文化祭もピアノ任されたんだけど、指の骨折っちゃったんだよね」
「・・・・・・」
「あぁ、そっかぁ。気付かなくて当たり前か、タク寮じゃないと泣かないからね」少しばかりの優越感を含めたセリフ。
ついでに三上に感じる劣等感。立場は同じだと強調したい。「さーて、俺らは教室戻って残りの時間練習練習」
「だって、・・・ピアノもないのに?」
「さて、ここにありますのはカセットテープ。パートごとに録音済みです」
「・・・・・・」
「勿論作ったのは俺じゃない」
「クッソ・・・お前そんだけ高熱出てるの知ってたら本気で縛ってたぞ」
ぶっきらぼうなセリフと泣きそうな声がミスマッチ。
もうしかしたら俺は誰かを泣かせたいのかもしれない、自分ばかり泣いてるから。「高熱なんて大袈裟な・・・あっ!あ、あのっ、他の人には」
「・・・言わねぇよ」ベッドの傍から手が伸びてきて、甲が首筋に触れた。
撫でるような仕草の手から少し逃げる。「・・・せんぱい、コレ何してるの?」
「え?あ、体温、」
「・・・普通おでこじゃない?」
「あー、そうかもな。俺首筋の方が分かり易いと思うんだけど。おでここっつんとか期待してた?」
「してません」・・・わざとやってんのかと思った。
あんまり首触らないで欲しい。くすぐったい。「・・・あっ、先輩学校」
「どうでもいい」
「先輩、だって練習」
「もう終わってる」
「・・・・・・ごめんなさい」
「悪いと思うならとっとと熱下げて下さい」
「う・・・」
「・・・・・・とかって渋沢に追い出されただけなんだけどな」
「・・・・・・」
「お前の所為」
「・・・ごめんなさい」
「寝てろ」
「はぁい・・・」何て欲張りな。
頭が痛かった。蜻蛉なら貴方に心配かけずにすむのにね
わがままでごめんなさいあつい あつい いたい すき
蜻蛉についてちゃんと調べてないので曖昧です。もはや架空の生き物レベル。
古典の教科書にちょろっと書いてあった注釈だけでこれだけ妄想いたしました!
順序的には企画の49→レッツシンキン・アバウトラヴ→コレという気持ちで。030608
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