「あ、卒業祝いって要る?」


祝 い


「・・・要らない」

思いっきり不機嫌な声になった。しょうがないと思う。
確かに今ふたりきりなのは卒業が近くてルームメイトが気を遣ってくれたからだが、まさかそんなこと言われるとは思わなかった。
時間がない。お互いそんな感じで、笠井も俺も制服のまま。ネクタイだけはずして、3年間過ごした部屋。
何やってるんだろう。
気まずくなりそうだったから目的もなくパソコンの電源を入れる。微かな機動音。

あまりにも短かった3年間。
お互いを知ってるのは2年間。
3年前に入学したときはこんなコトになるとは予想すら出来なかったけど。
入学当時はさっさと卒業したいと思っていたけど。
でも今は、未だこのままが良い。

そんな矢先に飛び出た言葉。そんなモノ要らない。
実感するだけだから。

「・・・ゴメンナサイ。俺の言葉の選択ミス。卒業祝い何が欲しいですか?」
「だから要らねぇっての」
「イヤ、俺個人じゃなくて、部活で」
「・・・あぁ、あれか」

毎年恒例の、後輩から先輩へ気持ちだけのモノを送る。
別にサッカー部に限らず、特に運動部は上下関係が厳しいもののそれなりの意識はあるので、感情的にそれをすることが出来たりする。
当然当てはまらない場合も多い。
サッカー部はキャプテンが良かったんだろう。自主的に色紙を回したりしているらしい。
色紙なんか貰っても困るだけだが。知らん奴の方が多いしな。

新キャプテン。笠井竹巳。ぶっちゃけ実力より信頼。
もう半年。俺らが引退してから、半年。

「何が良いかなって考えてるんですけど分かんないんですよね。
 高校行ってもサッカー絶対続けるって判らないからスポーツ関係って言うのも嫌だし」

武蔵森のサッカー部。
確かに有名だ。プロになるなら近道だろう。
プロになりたかったヒトもいれば初めから「部活」だったヒトだって居るには居る。
必死で頑張って実力を付けて、3年間やってきた。
だけど3年間だ。変わる。
違う夢を見付けた者。挫折した者。
みんながみんな、プロになろうとして卒業するわけではない。

「何が良いです?」
「つーか俺聞いたらつまんねぇじゃん」
「だってーー。去年なんだっけー」
「花束」
「うー・・・今年もその辺かも」

受信メールがあった。
実家から。卒業式とか帰ってくる日とか、それを聞くだけ。
学校から送られてると思うのだが。面倒なので無視した。

「卒業式まで後何日?」

背後からするりと巻き付いて笠井がパソコンの画面を覗き込む。

「後1週間でゴザイマスお姫様」
「う・そー。5日だよ」

笠井の唇が首筋をかすめた。首を動かして口付ける。一瞬。

「高校みんなバラバラって聞いたんですけど」
「おー見事にな。俺は根岸と一緒だけど。他も重なっててもふたりまでだな」
「ふーん。東京付近だと範囲拾いですもんね」
「関西とか行くやつも居るけどな」

もう1通、受信メール。
画面を下げてわざと笠井に見えないようにしている。

「先輩・・・ちゃんと返事返してあげなよ?」
「・・・嫌」
「あーあ、可哀相。もしかしたら金払ってまでしてアドレス入手したかもしれないのに。三上先輩片っ端から迷惑メールに登録までするし」
「迷惑だし」

笠井がいればいい
口にはしないけど。
何で判るんだとぼやくと、俺の手からマウスを奪って笠井がメールを開いた。
可愛らしい、オンナノコらしい文章が綴られている。
あの一生懸命書かれて居るであろう、だけど癖字のラブレターよりはましかもしれない。
癖字なのに特徴ない。みんな似てるから。
活字なだけに、読みやすいから一応目は通す。

「あのねー、俺ねー、こういうのやっぱ淋しい」
「メールとか?」
「そう。三上先輩は俺のじゃないんだなぁって思う」
「俺はお前ので 良い」
「うわー卒業近くなるにつれて三上先輩が可笑しくなってくる」
「ほっとけ」
「あはは」

「でもね、先輩が無視するのも悲しい」
「何で?」
「だって三上先輩好きだもん」

笠井が俺の肩に額を押しつけた。声が少し遠くなる。

「彼女達も三上先輩好きだもん」

顔も声も知らない「彼女達」。
廊下ですれ違ったことぐらいはあるかもしれない。
誰の声だか判らない、応援の声の中の一人かもしれない。
だけどそんなのに気持ち返せない。

「笠井」
「・・・俺は後1年早く生まれたかったなんて思わない」
「・・・笠井」
「三上先輩が後1年遅く生まれれば良かったとも思わない。
「・・・・・・俺は思った」

「だってそしたら逢えてない」

「・・・・・・・・・・・・」

先輩後輩だったから成り立った関係。
そう考えるのならそうなのかもしれない。だけど思う。

「・・・今スッゴイ会いたくなかった」
「何で」
「離せない」

放せない

放せなくなって乱暴に唇を重ねた。



「・・・ベッド」

思い出したように笠井が言う。
立ち上がって誘導するように手を引いた。

「パソコンは?」
「ほっときゃ落ちる」
「あ、酷い」

ベッドにカラダを落として笠井は言う。

「俺もほっとく?」
「・・・だって、無理じゃん。家近くねーし」
「うん・・・」
「休みとかそんなに上手く重なるわけねーし」
「・・・うん」
「・・・・・・・・・・・・」

ブレザーの上着を脱いでからベッドに上がった。
黙って笠井がキスをした。バカにしてるんじゃないかと言いたくなるほど軽い。
思い出とかにこだわりたくないけど、ってかしたくないけど、バカみたいにジンとする。

「・・・教室にさぁ・・・」
「うん」
「日めくりカレンダーとかあんの、一人ずつ書いて」
「うん」
「後何日ー、とかカウントダウンで」
「うん」
「今日俺のでさぁ」
「後何日、しか書いてないんでしょ。しかも鉛筆で」
「・・・アタリ」

笠井が上着を脱いで落とした。
カラダを求めてるわけじゃないのに、ボタンをはずすのももどかしい。

何つーか。


カウントダウンの数字が小さくなって行くたび思う。
1日は短すぎる。


いつもは止めるのに
そんなことに悲しくなって、誤魔化すように印を残す。

「・・・いつまで残ってると思う?」
「さぁ」

一生消えない傷付けてよ

笠井は消えそうな声でそんなことを言った。
お前もう自分でつけてるじゃん。自分でも見えないトコに。



「俺三上先輩と同じトコは絶対行かないから」

「・・・高校?」
「うん」
「言うと思った」

汗が引いて冷たくなったカラダを抱きしめる。
言うとは思ってたけど、否定してた。

「難しいねー、恋愛」

抱き返しては来るけど顔は見せない。

「俺ね、初めは同じトコ行こうって思ってたんだよ」
「お前じゃ無理だろー」
「うわ酷。それは誠二に言ってやって下さい」
「お前ら実は五十歩百歩だろ」
「・・・・・・数学だけね」

アレはお前、初めから諦めてるから。現に教えてやったときあんなに飲み込みよかったのに。
フツーにやって駄目なら、俺が教えたから?とか思うよ?

「だけどね、行かない。行きたくない」
「何で?」
「又俺の知らない1年があるから」
「・・・ふーん、でも来なかったら知らないの増えるぞ」
「イイ。いっそ長い方が諦めつくから」

俺はイヤ。
一緒に居たいとかそう言うんじゃなく、見えないから嫌。

「じゃあ数学どーすんの」
「うー・・・一人でやる」
「え?何を?」
「数学!!」
「爪立てんな!」

やっと顔を上げて、覗き込まれてる感じ。
目ェキレイ。涙も出ない。

「・・・あと5日」
「ん」
「何する?」
「息する」
「・・・・・・」

「・・・嘘。笠井と居る」
「・・・じゃあ俺は息しとく」
「あっそ」
「・・・お腹も空く。テレビも見て笑える。ツボに入れば泣くほど笑える」
「ヒトが死んだみたいに言うな」
「・・・・・・うん、お腹も空くよね。先輩も、好きなヒトできるかな」
「お前の方が早いんじゃねぇ?」
「かもしんない」

悲しいね、
笠井が呟いた。







卒業オメデトウ

聞き飽きた。

練習でも、本番でも、個人的にも、聞き飽きた。
今日は卒業オメデトウ強化中か?ってぐらい聞いた。
笠井からも聞いた。うんと答えておいた。

すすり泣きの中を退場。
途中何気なく笠井を探したら、ボロボロ泣いた女子と目が合って、更に泣いていた。
メールか手紙かくれた一人かもしれなかった。どうでもいい。
涙で顔ぐちゃぐちゃなのに可愛いと思える。だよな、オンナノコ可愛いのに。
だけど笠井を探す。
目が合った。笑った。

・・・・・・・。

後輩からの贈り物はやっぱり色紙と花で、これから写真撮影会が開始される予定なので持ってこいなオプションとなった。
手渡してくれたのは名前は覚えてる2年だった。そのレベル。
笠井が渋沢。
と思ったが笠井は居なかった。藤代に聞いたら知らないと言った。

知らないわけねぇだろ。
目が教室見てたぞ。

式の前にも教室やら廊下やらで撮ってたのに、好きだねぇ女は。
俺は写真は好きじゃない。記念になんかしない。
だけど「最後」だから。
花束片手に笑顔向けて、写真撮影会に乗じてやる。
笠井が居ないから。

桜の花びらがひらひら舞う、だけどあんまり綺麗じゃない風景の中で写真撮影。
ちょっと前に雨が降ったから一部キタナイ。だけどまだ綺麗に咲いてる花は、風に煽られどんどん散る。禿げるぞ。
入学式の頃には見事禿げてるだろうなと思う。

また1年に戻る。先輩が出来る。
笠井は先輩と呼ぶヒトが居なくなって。
俺には先輩と呼ぶヒトが出来て。


「浮気モノーー」
「・・・ばぁか」

2階の窓を開けて笠井がこっちを見ていた。

「気付くの遅いよ。87秒。愛が足りないね」
「よく言う。ココにいないお前の方が愛ないんじゃねーの?」
「そうかも」

カメラマンになったりモデルになったりしていた女子を散らせた。
上手い具合に渋沢に引っかかってくれる。

「卒業オメデトウ」
「もうイイ」
「アハハ。花束似合うじゃないですか」
「そ?じゃあお前迎えに行くときは花束持ってくわ」
「隣に女が居るんですか?」
「いねーよ」

「・・・先輩投げるよー?」
「何を?」
「卒業祝い」

笠井が何かを落とした。
受け取ろうとして、モノが判って逃げる。
がんっとスゴイ音をさせて着地したがどうやら無事のようだ。打ち所がいいとでも言うのか。

「お前殺す気かっ!!」
「それもいいかも。一生俺だけのモノだね」
「俺は束縛する派なのーー」
「やっぱ気が合うね。俺も」
「卒業祝いに俺ー、とか言えねーの?」

見上げてると首が痛い。
何でそんなトコにいんだお前。ロミジュリでもねらうのか。

「何で?もう俺先輩のモンでしょ」
「あー成程ねっ」
「じゃあ先輩、元気でね」
「おいっ・・・」

引き留める間もなく笠井は引っ込んで、ご丁寧に窓の鍵まで閉める。
しばらく窓を見ていた。
それからやっと、落下物を拾う。何処にでもある、なんてモンじゃない。
腐るほどある。何処に行っても手に入る。しかも普通のより小さいサイズの。
落下の衝撃でへこんでいた。だけど別に穴も開いていない。ただ中身は駄目だろう。

笠井、何の意味があって俺は卒業祝いにコーラを貰わなきゃいけねーんだ。

これってあれじゃないのか。監督が、部員に配った奴。
毎年丁度この時期に、こんなの貰った気がする。

面倒臭ぇ。



「おー、やっと泣いてんじゃん」

廊下のど真ん中なんですけど。
さっきと場所は変わらない。2年の廊下の窓の下で、笠井は小さくなっている。

「つーか先輩も泣いてよ」
「生憎そんなに繊細じゃないんでねぇ」
「知ってる」
「・・・・・・・・・・」

俺も知ってる。
今ココで抱きしめたいけど、ソレをすると折角泣きやみかけてる笠井が又泣き出すこと。
ただ立って、見下ろす。

「お前こんなモンで俺様の卒業を祝おうってのか?」
「だって来ると思ったから」
「・・・・・・フツーに呼べよ」
「だって来なかったら嫌じゃん、それに彼女達に記念あげたいもん」
「・・・お前は?」
「要らない。記念にも思い出にもしない」
「じゃあ何?」
「記憶」

それは多分、記念よりも思い出よりも曖昧。

「───短かったな」

2年間。
笠井が立ち上がった。

「多分これからも短い」
「・・・もぉ俺マジで余裕こいてたのに。前日になっても卒業なんてぜんっぜん感覚分かんなくて、練習でだって卒業なんて深く考えてなくて」
「俺は当日に近くなるにつれて平然としてきたけどな。割りきったっつーか」
「割り切れない」
「ダイジョーブだろ。俺は当分死なん予定だからソレまでには逢える」
「そんなに待てないって」

軽くはたくと笠井は笑って返した。

「・・・先輩花は?胸の造花」
「あ?あぁ、ボタンの代わりに取られた。制服未だ着るから」
「ふーん・・・」
「ボタン要る?」
「要らない。ケド。キスちょうだい」

・・・性格変わったと思う。イイ意味で。
校内でキスしたのは初めてだった。
衝動的に笠井のネクタイを引いて、律儀に止めてある第一ボタンをはずす。
襟を軽く引いて首筋にキスをした。きつく。
笠井が一瞬身動ぎするが何も言わない。だけど何か言いたげに俺の制服を掴む。

───一生消えない傷付けてよ

悪かったな、意気地なしで。
俺はそこまで出来ない。


「・・・・・・卒業式の片付け行かなきゃ」
「泣き出すなよ?」
「そしたら三上先輩の所為にする」
「知るかよ。勝手に泣け」

しばらくお互いを見ていた。

「「・・・じゃ、」」
「───・・・またな」

明日なって言いそうになって、泣きそうになった。



離れていても大丈夫なんて言わせない。
大丈夫なわけない。
声もカタチも何もかも、どんどん熔けて俺の中から出ていく。
残るのはキオク。
いっそ思い出にしてしまえれば

3年間過ごした寮に、3年一同別れを告げて。
  


別に会おうと思えば会えるんだが。
何を考えてるんだろう俺らは。
・・・キリねえじゃん、

俺が居ちゃあいつ変わんねーし。



あまりにも短かった3年間。
お互いを知ってるのは2年間。
3年前に入学したときはこんなコトになるとは予想すら出来なかったけど。
入学当時はさっさと卒業したいと思っていたけど。
でも今は

 

 

 


始め三笠で卒業モノは絶対やらんと思ってました。何か三笠終わるみたいで嫌でした。
でもなんてぇか・・・自分が卒業してちょっと虚しくなってきたらしいです。エエ。 忘れたこととか、知ったこととか、色々思い出して、やっぱやろうと。
アタシ的には一種のパラレルみたいな気持ちで書いたんで。高等部はない、と言う気持ちで書きましてー。
そして三上は何処まで行ってもヘタレですな。
そしてギャグなのか何なのかわからんテンション。

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