「行こうか」
「・・・はい」

綺麗だ。
ここは気持ち良く潔癖なまでに綺麗な世界。


飛 べ な い 翼


「タク?」
「・・・あ・・・誠二」

肩を叩かれて振り返る。
そこにいたのは誠二だけじゃなく、中西先輩根岸先輩、三上先輩という顔触れ。
とっくに門限を過ぎてる時間帯だ。外にいると言うことは勿論寮則破りだろう。

「何そのカッコ」
「あ・・・コンサート」
「・・・・」

少し視線を後ろに送る。父さんが睨んでいるのが見えた。
制服よりきっちりとした服装、さっきまでは人に埋もれる姿なのに今では違和感しかない。

「流石だねぇ、俺クラシックなんか行ったことないよ」
「行ったことある人の方が少なそうですけど」
「これから飯食いにいくんだけど笠井も一緒行く?」
「あ・・・」

反射的に首を振った。
中西先輩が優しく笑ってくれる。

「今日は、父さん達と」
「そっか」
「なぁ、でもタク明後日には帰ってくるんだろ?」
「うん、それは絶対!」
「もー朝イチで帰ってこいよ!」
「うん」
「笠井、ゆっくり帰っておいで。部屋凄いことになってるから」
「え」

誠二を見ると笑って首を振る。手伝わないからな・・・
後ろから竹巳、と呼ばれた。

「はい!」

反射的に返事をして最後に一言、とまた向き直る。
と思えば腕を引き寄せられた。三上先輩。

「夜 かける」
「・・・え」
「じゃあな、また明後日」
「・・・・」

わしわしっと人の頭をかき回して三上先輩は歩いて行った。誠二と根岸先輩に手を振って別れる。
俺の手に残った携帯についてはノータッチ?
確かに俺の携帯は結局先輩に預けたまま。
だけどこれは俺のじゃない。どう見ても綺麗に新しく、ディスプレイで静かにデジタル時計が動いた。

「・・・?」

とりあえずポケットに押し込み、駆け足で戻る。
少し機嫌の悪くなってるだろう父さんは何も言わない。

「ごめん、」
「お友達?」
「うん、部活の先輩とルームメイト」
「こんな時間に出歩くとは非常識だな」
「・・・うん」

夜を歩く。

あっちはみんなで、俺はひとりで。

 

 

 

 

「・・・・」

先輩のバカ。
家でひとりになってからようやく考える時間が出来る。
頭からシャワーを浴びながらじっとさっきのことを思い返した。
耳に残っているクラシックをBGMに先輩に押しつけられた携帯。ダメだ、何も覚えてないに近い。
ふと視線を落とした先、赤く・・・

「・・・いつの間に」

胸に残る赤い跡。
指先で触ってみてもそこには色しか残っていない。
休み前のものでは当然ないはずだ。数日前会ったときのものだろう。

(・・・声聞きたい)

さっきだけじゃ全然足りない。もっと言えば多分触ってほしかった。
降ってくるお湯だけは何処でも変わらない。

「・・・・」

やばくない?
だけど指先を伸ばしてみる。胸よりもう少し下、もう少し。
声を遠くに思い出しながら・・・・・・

ヴヴ、
物音に驚いて指を引っ込める。
脱衣所から・・・バイブ?・・・やば、携帯・・・
ドアの音に気をつけながらそっと脱衣所に体を出して、手もロクに拭けないままポケットを探る。
着信、見覚えのある番号。三上先輩ほど記憶力は確かじゃないけど。

「・・・はい」
『おー、ちゃんと出るじゃん』
「三上先輩・・・」
『おう。何?』
「・・・あの、ちょっと取り込んでるんで10分後にまたかけてくれますか」
『んじゃ5分後にかける』
「・・・・」

強制的に切られた電話。
・・・・・・は、こうしてる場合じゃない。あれはかっきり300秒後にかけてくる男だ。
中に戻って水を浴びる。
くそ、タイミングよすぎだ。見てたみたいに。
完壁熱が退くのを待って、今度は思いきり熱い湯を。
心臓に悪そうな刺激でもしっかり体は暖まり、それから外に飛びだして着替える。携帯をバスタオルに包んで廊下に出た。

「母さん風呂空いたよ」
「あら、今日は早いのね」
「あと、俺もう寝るから」
「もう?」

あっ、また携帯が動きだす。
タオルで押さえ込んで持ちなおす。落ちそうだ。

「うん、ちょっと体ダルい」
「大丈夫?」
「寝れば直るよ。お休み」
「お休みなさい。あ、髪は乾かして寝なさいね」
「うん。父さんにお休みって言っといて」

部屋に戻ってすぐ携帯に出た。
遅い、と第一声。
思わず溜息を吐きながらベッドに乗った。部屋の電気はつけない。
声も抑えて返事を。父さんは耳がいい。

「・・・風呂入ってたんです、これでも急いで出てきたんですから」
『そりゃ悪かったな』
「それよりこの携帯誰のですか」
『俺の』
「・・・・」
『バッテリー切れたからついでに機種変』
「機種どころか会社変わってるじゃないですか」
『だから俺が今使ってんの解約前の奴。お前それ俺より早く使ってんだからな、傷つけんなよ』
「・・・・」
『何?』
「・・・何の用ですか」
『別に、俺だって会うと思ってなかったし。笠井が声聞きたいんじゃないかと思って?』
「・・・どうせなら中西先輩の方がいい」
『コラ』

やばい。
折角忘れさせた熱を思い出した。シーツを握りしめて耐える。
電波を通した声は確かなものじゃなくてどことなく違和感も感じるけど、これは確かに先輩の声だと確信が持てた。
それとも今は誰の声でも、顔が見えないなら同じなのかもしれない。

『こないだのどうだった?』
「・・・・・・」

こないだ。
三上先輩とこっそり会ったあの日のことだろう。

「・・・大丈夫でした。母さんがお使い頼んだってことにしてくれて」
『そっか。殴られるとかしてたらどうしようかと思った』
「えー優しいじゃん?」
『だって俺がお前に殴られそうじゃん?』
「前言撤回」
『でも良かった、お前に悪いようにならなくて』
「・・・・・・」

『・・・明後日、帰ってくるんだろ』
「はい・・・寮どれぐらい戻ってます?」
『辰巳と渋沢はまだだな。まぁ帰ってこなくていいけどよ』
「中西先輩のストッパーいらないんですか?」
『・・・渋沢はいらねぇ』
「いいなぁ、俺も早く帰りたい」
『・・・笠井、』
「はい?」
『今 何着てんの?』
「・・・変態」
『やっぱ電話ってまだるっこしいな』
「・・・明後日じゃないですか」
『我慢出来んの?』
「・・・出来ないのは先輩でしょ」
『そうかも。じゃあ何着ててもいいから脱いで』
「・・・・」

駄目だ。
この人は相手にならない。顔さえ見えれば勝てる自信があるのに。

「・・・じゃあ脱いだってことで」
『あ、テキトー。パンツ何色〜ってか』
「・・・それは・・・人として止めといた方がいいですよ・・・」
『そんなに真面目に返事をするな。脱いだ?』
「脱ぎません」
『どこ触ってほしい?』

人の話を聞け。
・・・そんな、言葉ぐらいで惑わされてやるもんか。

「先輩が触ってくんないとヤ」
『・・・・・・って何で俺がキてんだよ』
「アレ?キちゃった?」
『キました。お前ずるい』
「・・・どっちが」

俺だって十分キてる。
取り返しのつかないこの緩慢な熱を一体どうしてくれるつもりだ。そんなこと言ったら嬉しそうに処理してやると言うに違いないけど。

「・・・じゃあもう寝ますから」
『ひとりで寝れる?』
「寝・れ・ま・す!・・・おやすみなさい」
『・・・おやすみ』

それからしばらくどっちも切りそびれ、三上先輩が先に切った。
一瞬で得る喪失感。

「・・・だから・・・やばいって・・・」

微かに感じる罪悪感は母さんに対するものだ。
触ってほしいと言うよりは触りたいのかもしれない。
携帯を閉じてベッドに体を沈める。髪は濡れたままだけどもういい、寝よう。
普段使わないベッドはお日様の匂いしかしないから変な気持ちも薄れていく(・・・だろう。希望的観測含む)。

帰りたい。
早く帰りたい。
急に襲ってきた睡魔を堪えて携帯の電源を切った。
耳の奥に声。おやすみ。

おやすみ、おやすみなさい。
ああそんな言葉より、俺はおはようが聞きたい。その日も俺がいる証拠。

・・・早く寝よう。
起きれば朝だ。そしたらもう明日になる。

 

 


・・・ノーコメンツ。
別に笠井のひとりえっちとか電話越しとか書きたかったわけじゃないんですが書きたかったみたいなネタで申し訳。
笠井最悪な夢を見そうだ。三上の出てくる夢とか。
三上はJフォン→au希望。きっと着歌目当てでau。

私的設定万歳。笠井君ちの家庭の事情は気まぐれに。

031024

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