「笠井ー、ついでついで!」
「えーっ、重いじゃないですかーっ」
「いーじゃんついでだよ!ありがとな!」
「ええ〜っ・・・」


ロ マ ン チ ッ ク ?


「へくしっ。・・・あー・・・灯油入れてて風邪引いたらあんま笑えないなぁ」

寒い、と呟いて笠井はもぞもぞと小さくなる。
もう空はすっかりお色直し済みで、そこにあるはずの星はきっと不機嫌なんだろう。
スモッグのカーテンを引いてこんな汚い大気を遮断して。

(・・・くさい・・・)

目の前にあるタンクを無意味に叩いてみる。
ファンヒーターの灯油が空になったのを押しつけられてきたのは運が悪かったとしか言いようがない。
あの場でじゃんけんで負けるなんて自分しか有り得ないのだから。どうせ笠井が負けるからいいよな、なんて何て理屈。
それでも大人しくじゃんけんをしないままタンクを押しつけられて、自分でもバカだと思う。
しかも給油に行く途中に別の先輩に捕まり、両手にタンク。何て様。

「早くしろよー」

タンクを叩く。タン。 …空洞感。ちょっと嫌な予感がした。
自動の灯油入れのホースを抜いて、灯油タンクを持ち上げてみる。軽い。

「・・・入るわけないじゃん」

さっきから独り言ばかりで虚しい。
笠井はのそりと立ち上がり、空のタンクを持って別のを取りに行く。
空は暗い所為なのか酷く高く感じる。夏の青空よりも高い。
寒い夜空は暖房で温まった体を急速に冷やしたが、それは寧ろ気持ちがよかった。ただ灯油タンクは重い。
半分引きずるようにして笠井が戻ると、頼んでもいないのに残したタンクのお守りをしている人がいる。

「みかみせんぱい」
「よぉ」
「何やってんですか。バカですか寒いのに」
「お前いちいちむかつくな。談話室暑いんだよ」
「先輩暑がりすぎだもんね」
「つーかファンヒーター嫌いなんだよ。臭いし煩いし」
「はいはい。ここに来たってことは手伝って貰えるんでしょうかね?」
「まさかね」
「そうでしょうね」

別に期待はしていなかった笠井は灯油タンクをどうにか近くに置いて、再びホースを差し込んで灯油を入れ始める。
まだもう一つは空だ。急がないと折角温まっていた部屋も冷えてしまうだろう。

「・・・あ、何。もういっこあんじゃん」
「あ、はい。来る途中に頼まれて」
「・・・あほか?」
「うるさいなー」
「寒がりのクセして何大人しくパシられてんだよ」
「・・・別に良いんですよ、部屋温すぎて気持ち悪くなってたし」
「でも外寒いだろ」
「・・・はい」
「よし」

うわーなんかする気だ。
笠井が呟くと三上は笑って着ていた上着を押しつける。

「うわっキザい!」
「人肌のうちにどうぞ」
「遠慮するところ?」
「しないところ」
「したいところ」

それでも笠井は受け取って、ちゃっかりとそれを着込む。
微妙に冷たいような温かいようなと言う感じだ。それでもないよりましには違いない。

「つーか何でエアコン壊れてんだよ談話室ー」
「食堂の方は夏から調子悪かったですけどね、談話室の方は三上先輩じゃなかったですか?」
「まさかまさか」
「どうだか」
「ファンヒーターめんどくせぇだけなのにな。早くエアコン直せっつの」
「そうですよねえ、こうやって可愛い後輩がパシられるし」
「それはどうでもいい」
「・・・・・・・」
「あ、こっち終わったぞ」
「何だか理不尽」

笠井は眉を寄せてホースを差し替える。
帰りは無理矢理片方だけでも押しつけてやろう、なんて考えながら三上の隣に座り込んだ。
吐いた息が白くて、当たり前のことに少し驚く。

「・・・何かさ」
「はい?」
「東京って憂鬱な空してんな」
「・・・そうですか?俺ずっと居るから分かんないけど」
「お前さー、今度冬にうちこいよ、オリオン座見えるから」
「まじで?先輩オリオン座わかんの?」
「わかりますー。けっこー綺麗。初めて見たときでかくて感動した」
「ふーん・・・」
「夏でもいいけど、俺オリオン座しかわかんねぇかんな。親父なら知ってるかもだけど」
「・・・オリオン座って冬でしたっけ」
「冬です。今頃なんだけどな」

三上が空を見て息を吐く。それが白くて白くて。
雪を思い出した。今年は雪がどれぐらい降るだろうか?去年よりは相当温かいらしいけど。

「・・・先輩んちって、どんなとこ。雪降る?」
「雪はそんなに降らねーけど寒い。超絶田舎」
「どれぐらい?」
「近所がみんなお知り合い。爺ちゃんちだと勝手に玄関開けて入ってくるし部落対抗運動会は強制参加だし」
「ぶ、部落!一瞬漢字変換できなかった!」
「うるせー。 ・・・あ」
「あ?」

一瞬唇が触れる。

「・・・こ、古典的なことして」
「引っかかったのは笠井さん」

終わった、と三上が言って、笠井は一瞬何のことか分からない。
すぐに灯油のことだと気付き、ホースをしまってそれぞれの栓を閉めていく。

「先輩かたっぽ持ってね」
「やだ。筋力筋力」
「腕の筋肉つけてどうするんですかー。それにこの間の腕相撲俺が勝ったし」
「いや、だからあれはお前の後ろでだな、」
「はいはいこっちお願いします。談話室の方」
「・・・・・・」

どっこいせ、とかけたかけ声に年寄り!と茶々が飛んでくる。
爪先で三上の足を蹴ってから、先に室内に戻った。片手にタンクを下げて歩くとバランスが取れずに歩きにくい。
少ししてから振り返り、三上が諦めてタンクを持っているのを見てホッとする。置いて行きかねない人だからだ。

「伊藤センパーイ、灯油ー」
「おーサンキュー。悪いな」
「いいえ。もう期末の勉強してるんですか?」
「まあな、前回やばかったし。ポジションは笠井に取られたし」
「う、それは関係ないっス。単に引退じゃないですか」
「それ三上の上着?」
「あ、・・・はい。袖に灯油つけたってだまっといて下さいね」
「ははっ」

それじゃ、と手早く切り上げて笠井は食堂を出ていく。
と、廊下で待機している三上に捕まった。

「・・・あのー」
「はいもう手ブラになったろ、談話室までこいつを持っていきたまえ」
「何ですかその口調」
「あと袖に灯油は何のことかな」
「何のことでしょうね。いいんじゃないですか、俺灯油の匂いってそんなに嫌いじゃないんですよ」
「生憎俺は苦手でな」
「残念でした」
「・・・・」
「貸した先輩が悪いんです」

タンクを受け取ってやるものかを笠井は両手を背中で組んだ。
三上が無理矢理押しつけようとするのから逃げて、先に談話室へ向かう。

「重ーッ」
「頑張れー」
「お前さぁ、伊藤と仲良かったっけ」
「仲いいって言うか、まぁ、ポジション同じでしたから」
「・・・・・・」
「え、何その間ー」
「なんでもーー」

笠井はにやりと笑う。

「ほらほら、早く戻らないと中西先輩に攻撃されますよ」
「頼まれたのお前だろ!」
「でも少なくとも俺は攻撃されませんのでv」
「・・・・・・じゃあ別に俺寒くても良いから置いてこ」
「ああっヤダー!!」
「じゃあ半分な、はい」
「持ちにくいじゃないですか」
「半分持ってやるんだから文句言うな」

しょうがないな、と最後まで負け惜しみは忘れずに。
指だけ引っかけて隣を歩いた。

「・・・あんね、先輩」
「何スか」
「寒くても、星見える先輩んち言ってもイイよ」
「・・・ホントに?」
「決心鈍る聞き方するなー」
「じゃあ、冬休みとか」
「うん・・・時間合ったら」
「うん」
「あと金あったら」
「その辺は多分兄貴にゆったら送り迎え車で良かったらしてくれると思うけど」
「・・・車で何時間ですか」
「結構」
「・・・・・・いいけど、さ」
「んじゃ、オリオン座」
「・・・うん」

談話室に着く前に手を離してやった。
睨んでくる目を逃げて先に談話室に飛び込む。
すっかり冷えた部屋にブーイングを食らいながらも、自分だけは少し暑さを感じていた。

 

 


く、くさ。
乙女ティックを意識して。うふ。
ネタ出してから「・・・寮って危ないからファンヒーターじゃなくてエアコン使ってそうだな・・・」と思い無理矢理。

031125

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