─────小さい女の子の泣き声はよく響く。
だけど彼女は静かに、一粒だけ涙を落とし、あとは袖で拭って。

「たからものなのに」


た か ら さ が し


「・・・・・・あった?」
「ない・・・」

女の子は鼻をすする。 チェックのスカートの裾が砂で汚れていた。さっき、お気に入りと笑って教えてくれたばかり。
フリルのついた靴下に包まれた小さな足が、赤い靴でイチョウの葉を蹴る。
三上はベンチでじっとそれを見ながら、同時に時計も気にした。
公園に立つ時計は殆ど合っていたはずだ。公園で遊ぶ子ども達もちらほらと帰っていく頃。
遠くの空がトーンの落ちた虹色だった。酷く綺麗だと思う。
だから彼女も宝物もこの空の下にあるのだ。

「・・・かえんなくていーの?」

ふん、と鼻をすすって。
きっと涙をこらえるから鼻水が出るのだ。加えて、寒さ。
防寒具はカーディガンだけの小さな体は、三上よりもよっぽど寒さを感じているだろう。指先も真っ赤にして、だけどイチョウを選り分けて。
イチョウの葉の金色の絨毯の上で、彼女は涙をこらえて宝探しをしていた。
三上がこの公園で友人と会っていたのが2時間半前。
別れてからこの小さな女の子にナンパされ、それが1時間半前。
彼女が宝物を探し初めて、1時間。
空は目に見えない速度で青が浸食していく。風も冷たくなってきて、指先は冷たい。

「かえんなきゃ、だめだけど」

朝は綺麗に結って貰ってたんだろうツインテール、今は1日中遊び回りぐしゃぐしゃだ。
三上は立ち上がって、マフラーを彼女の首に回してやる。
長い方じゃなくて良かった、なんて思いながら。それでも彼女には少し長い。

「おうちの人心配するから、かえんな」
「だって、あたしのたからもの」
「また明日探しにおいで、俺も手伝ってやるから」
「やだよ、なくなっちゃうかもしれない」
「だめ」

熱くて鞄に押し込んでいたカイロも出してきて少女に持たせる。
案の定冷たい手は、指もろくに動かない。柔らかいはずの指先が冷たく凍っている。
名前を呼ぶ声がして、少女がハッと顔を上げた。母親らしき人が迎えに来ている。

「なくなっちゃうよ!」
「大丈夫」
「でも、おいていったらかわいそうだよ」
「大丈夫だ、それよりお母さんが可哀想だろ」
「・・・・」
「明日一緒に探してやるよ。早く帰って体暖めな、風邪引くから」
「・・・おにいちゃん」
「ん?」
「あしたでもみつかる?」
「・・・・・・ああ」

 

 

「ばっかじゃないのッ、信じらんないッ」
「・・・何してんのお前」
「何ってッ、部屋にいることにしといてなんて言うだけ言って出て行ってッ、・・・〜〜〜」

うまく言葉の見付からないらしい笠井は腹立たしげに足元の葉を蹴った。イチョウが舞う。
とっぷりと暮れた夜の公園、勿論寮則違反どころではない。

「な、何やってんですかッ」
「宝探し」
「はぁ?」
「お姫様が大切な大切な指輪を隠したそうだ」
「・・・何、それ」
「あ、ドングリ塚発見」
「人の話聞いて下さいよ!」

三上は笠井を無視して身長に足元を探る。
砂場に落ちていたスコップを勝手に拝借して、慎重にイチョウの絨毯を剥がしながら。

「・・・帰る気はないんですね」
「まぁ適当に帰るけど」
「じゃあ俺も居ます」
「は?」
「先輩が帰るまで居ます!」
「バッカか、寒がりが」
「うるさいっバカ!」

先輩に向かって、と文句を言いかけた三上に笠井がカイロを投げつけた。
朝から使っていたものだろうが、まだ結構温かい。

「ついでにペンライトもどうぞ!」
「・・・何で怒ってんのに親切かな。さては俺のこと好き?」
「はいはい大好きですっだからさっさと用事終わらせて下さいね!」
「可愛いのか可愛くねーのか」

三上は苦笑しながらペンライトを受け取った。
多分藤代のものだろう。しょっちゅう色んなものをなくしたと騒いでいる奴だが、いざというとき遊び道具になるものは常に場所が分かるという都合のいい奴だ。このペンライトも合宿時に大活躍したものだと思う。
不機嫌な表情のまま、笠井はベンチに座り込んで一瞬立ち上がる。しばらく迷って再び座った。
冷たかったんだろうな、とは言わないでおくのはささやかな心配りだ。
ペンライトの明かりをつけて、三上は足元を照らす。さっきまで影で見えなかった木の裏に回った。

「・・・もう、先輩意味分かんないよ」
「俺は笠井が読めねェよ」
「俺はいいんです!明日も実力テストじゃないんですか!?今日の午後勉強してたってワケじゃなさそうだし」
「実力テストは実力だろ」
「バカですか」
「お前さっきからバカとか言いすぎな」

一瞬光ったものを拾い上げるが、鋭利なガラスの破片だった。
昼間女の子は怪我をしなかっただろうかと考えながら、それを笠井の座ったベンチに置く。

「・・・何探してるんですか。手伝ってあげても良いですよ」
「ナマイキー。ピンクの大きなビーズがついてる金メッキのリングなど探して貰えますか」
「・・・おもちゃ?」
「宝物だってさ」
「・・・ロリコーン」
「それいうとお前も範疇内に入れるからな」
「俺は幼女じゃないです」
「扱いレベルは似たようなもん」
「・・・・・・」

むかつく、 笠井はベンチに座ったまま足元の葉をかき分けた。
直に砂地が見え、そして諦める。

「変態」
「うっせ、しゃーねーだろほっとけねーし」
「もう誰かが持って帰っちゃってるんじゃないですか?ちっちゃい子ってすぐ何でも拾うし」
「そーだなぁ」
「しかも絶対その木の周りなんですか?」
「さぁ、一応この木の回りにずっと居たんだけどな」
「先輩と会う前になくしたとか」
「それはない、見たから」

大きく溜息をつき、笠井は三上の後ろ姿を見る。
バカだ。自分もバカだ。
こんな寒い中外に出て何もせずに先輩の観察など、誰が楽しいんだろう。

「・・・先輩、約束して」
「ん?」
「あと10分探してなかったら、帰る」
「分かった。600秒数えて」
「・・・いーち、にーい、さーん」

 

 

「きゅうじゅうきゅう、よんひゃく、いーち、にーい、」
「ねえなー」
「しーい、ごーお、帰る?」
「あと200秒」
「・・・俺幾つまで数えた?」
「405」
「ろーく、しーち、」

三上は一度体を起こして大きく溜息をついた。
見付からない、だろう。そんな気がする。
昼間だって十分探した。少し範囲も広げてみた。 それでも見付かるのはドングリばかりだ。
ベンチに足を載せて小さくなった笠井を見る。何故か手にしたカイロは誰かのを貰ってきたんだろう。
時々寒い、と呟く後輩。帰ればいいのに。

「・・・いいよ、帰ろう」
「・・・いいの?」
「いいよ、明日も探すから」
「いいですよ別に、あと200秒ぐらい」
「いいんだよ。はいドングリ」

ペンライトを消して、ドングリと一緒に笠井に返す。
指先はカイロのお陰で辛うじて人肌をしているが、その耳なんかはきっと冷たい。
そう思って笠井の頬に触れてみる。
冷たい頬を挟み込んで、鼻先にキスを落とした。それは冷たいだけで余り感覚がない。

「ん・・・」
「冷た」
「先輩の所為です」
「俺別に居ろとも来いとも言ってねェし」
「・・・むかつく」

のこのこ出てきた俺がむかつく、
まだ愚痴を言いそうな口に唇を重ね、そんなときばかり体温に気付く。

・・・と。
視界の端に何かが映り。

「ほらっ、どっちも男じゃん」
「えー、女だろ?可笑しいじゃん男同士なんか」
「今時そう言う差別的な考え方しか出来ないようじゃだめよ」
「げー、だって男同士でキスとか有り得ねー」

・・・通過していく。
塾帰りらしい小学生がふたり、口論を社会経済にまで発展させながら歩いていった。

「・・・帰るか」
「うん・・・」

 

((小学生に見られた・・・))

何となく早足で帰るふたりだった。

 

 

 

「えっくし!」

本気で風邪引いたかもしれない、
そう思って三上はひとりで笑う。
昨日の公園、まだ昼を過ぎたばかりだというのに公園では小さな子が走り回っている。

「若いなー・・・」

彼等から見ればもう中学生なんておっさんなのかもしれない。
三上は溜息をついて、ベンチの足元を蹴る。
昨日うんざりするほど見たイチョウの黄色はまだまだ健在で、寧ろ昨日よりも濃くなったんじゃないだろうか。
昨日一通り探してなかったのだ、今日見付かる可能性は低い。
自分でした約束ながら、嫌になる。
大人のフリをしたのが悪かった。
急に憂鬱になってきて、三上は気分の重さに負けて俯く。

「ん?」

ピンクで金メッキ。
三上はそれを拾い上げる。

「・・・・・・」

砂を袖で拭った。十分綺麗だ。
宝物発見。

「笠井風邪ひき損だ」

三上が苦笑して、顔を上げると昨日の彼女が走ってくるのが見える。
昨日巻いてやったマフラーを握りしめ、その後ろを来るのは母親だろうか。

「おにいちゃんッ、」
「よお、風邪引かなかったか?」
「うん、マフラーかしてくれたから」
「そりゃよかった。 はい、コレ」
「・・・あっ!」

手の平に落とした宝石に、彼女がパッと目を輝かせる。
そのままの目で三上を見上げて、何となく照れてその頭を撫でた。
近くへ来た母親が申し訳なさそうに、中学生に会釈をしてくれる。

「あっ、ありがとう!」
「いーや、たまたま見つけただけだから。よかったな」
「うん!」
「それ誰に貰った?」
「・・・すきなひと」
「あ、まじで?俺よりカッコイイ?」
「うん」
「うわ」

三上は苦笑して体を起こす。
これ、とマフラーが差し出された。

「ああ、別に良いよ。やる」
「でもー」

様子をうかがうように母親を見上げるので、三上もそっちに向き直った。

「別に、姉のお古だから使って貰って良いですけど」
「でも、いいのかしら」
「いいですよ、別に持ってるし。あげる」

女の子を見ると、母親を気にしながらも貰う気のようだ。
それを見て親も苦笑し、彼女の頭を撫でる。

「これ、」
「え」
「昨日も今日も、付き合わせちゃってごめんなさい。寒かっただろうしと思って」
「あ、いや別に・・・俺も、小さいときこの辺で宝物なくしたことあって。つってもビー玉だったんですけど、見付からなかったの悔しかったから。リベンジみたいな」

三上につられて母親が苦笑する。
これ、と渡された袋を、遠慮しても悪いと思い受け取った。

「・・・武蔵森の子?」
「あ、はい」
「あそこ全寮制でしょう?」
「はい、俺なんか実家関西ですけどまだましな方ですね。東北とかいますから」
「大変ね・・・うちなんて、いつになったらしっかりしてくれるのか」
「人それぞれじゃないっスか?寮だってホームシックなやつとかそれの連鎖でスランプの奴とか、不安定な奴ばっかで。無理矢理ですよ」
「そう・・・」
「あ、じゃあ俺帰ります。ホントは外出禁止食らってんで」
「まあ」
「はは、それじゃ。コレありがとうございました」
「こちらこそ、わざわざありがとう」

じゃ、と女の子に手を振ると振り返してくれる。

「またね!」
「・・・おー、またな」

宝物の代わりに貰った肉まんをぶら下げて。
藁しべ長者になれるかもしれない、笠井に何かと交換させてやろう。

何となく充実感を感じながら、カラカラに乾いた茶色の葉を踏んで帰路を辿る。

 

 


いっそ夢で書けってな。
3年だけ午前中って気持ちで実テにしてみたけど、うちの中学は実テの場合は半ドンじゃなくて1日中だったと後で気付いた。

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