ちそして合点がいく。
ストンと体の中に、落ち着くように理解した。


恋 愛 理 論


鍵のかかっていないドアを押し開け、笠井は部屋へ帰ってきたことを実感しながら声を漏らす。

「…ただいま〜」
「おぅお疲れ。忙しいな1年は」
「何か暇な学生がいるしー」
「鍵開いてたんだから分かってただろうが」

まぁねと靴を脱いで部屋へ上がった。玄関には見慣れない新しい靴がひとり分。
部屋では三上が勝手にビールを開けて持参の本を読んでいる。

「ただいま」
「お帰り。…何?」

笠井がぴたりと隣に座るので三上は緊張してそっちを見る。
ビールなら返しますけどとおびえた声に首を降った。三上の手から本を奪い、シャツの上着を脱ぎながら無言で迫る。

「ちょっ、何だよ、酔ってんのか?」
「違うけど」
「積極的な笠井は怖ェんだよ…」
「とかなんとか言って」

ずるずるとそのまま押し倒し、かぶさって唇を重ねる。向こうの酒気をなめ取るような官能的な仕草、三上とて嫌いではないから素直に腰に手を回した。

「靴買った?」
「あ?あぁ…」
「高いんじゃないのー」
「ウーンまぁ結構…」

笠井の舌先が首筋をなぞる。三上が反らした喉に噛みついた。

「…あのね」
「……はい分かりました。またこのまんまお預けですね」
「…」

ぺたりと三上の胸に張り付いて、彼を見上げて睨む。何だよと三上が笠井の頭を撫でて、笠井は胸に耳をつけて話し出した。

「何で三上先輩なのかわかった」
「は?」
「どうして先輩なのか」
「…何が」
「暇だったから友達と一緒に出た講義で言ってたんだよ。恋愛は二者間で起こるものじゃないって」

溜息のような呼吸をしながら、笠井は三上の手と自分のそれを重ねた。指先をつまんで持ち上げてぱたりと落とす、そんな動作を繰り返す。

「他の人が三上先輩を好きだから俺も先輩なんだって」
「…」
「恋愛って言うか、欲望って話だったんだけどね。ブランドも一緒、みんなが欲しいから自分も欲しいんだって」
「…俺とブランド一緒かよ」
「女の子にとっては同列だったんじゃない?武蔵森サッカー部指令塔…」

そろりと笠井は起きあがる。
様子を伺いながら三上がシャツの下に手を差し入れた。緩やかに撫でられるのをくすぐったがって笠井は自分でシャツを脱ぐ。

「…こないだ」
「ん?」
「隣の人に嫌味言われたんだよね…」
「…言わせてろよ」
「…」

笠井が体を倒す。

 

 

 

「…三上先輩はずっと俺でいいんですか」
「あ?」

煙草をくわえかけた三上からそれを奪う。謝ってそれを返してもらい、三上は床に寝たままの笠井の腕を引いて起こし、笠井はベッドに体を預けた。三上はベッドから立ち上がって台所へ向かう。

「どういう意味だ」
「聞いてますよ〜合コン魔三上」
「人を強姦魔みたいに言うな」
「中西先輩が言ってた。女の子じらすだけじらして帰るんですって?」
「そりゃタイミングよくお前が連絡してくるから」
「わざとかもよ」
「…」
「…女がいいのかと、思うよ」
「笠井」

戻ってきた三上が水を渡す。蛇口から注いだ水は生温く、口に含んでも飲んだ気がしなかった。

「…三上先輩は俺以外って言ったら女でしょ」
「はぁ?」
「考えたことはあるでしょ?」
「…さぁな」
「俺は三上先輩いなかったら…」

笠井は言葉を濁し、グラスを傍へ置いた。三上は少し怒ったような様子でまた台所へ行ってしまう。

「…子どもは親を見て育つでしょう」
「?」

唐突な話題に三上は顔をしかめた。笠井の回りくどい話し方にときどき腹が立つ。
…それでも何年一緒にいるのだろうか。呆れる長さだ。

「小さいときにね、男の子はお父さんに向かって戦うんです。自分の好きなお母さんを独り占めするのに邪魔だから、倒そうとして」
「…」
「だけど勿論かなわないから、そこで負けて、それで父のようになりたいと思って男に同一化するって説が、あるそうです」
「…何の話だ」
「フロイトだったかな」
「そうじゃなくて」

三上が戻ってきても笠井は淡々と続ける。前にしゃがみ込むと笠井は真っ直ぐ三上を見た。

「だけどそこで父が強すぎて、戦いを挑めないほどに強かったら、男の子は母に同一化するんだって。母のように愛されたいと思って」
「…それで」
「それで同性愛的傾向が強まる、…って言う、空想上の説です」
「それも講義か」
「うん」
「それで」
「そうなのかなと思って」
「それだけか」
「………ごめんなさい。こないだの新歓で酔っぱらって」
「ザルが酔うって店潰れたんじゃねーの?割り勘かそれ。気の毒な…」
「し、失礼な。俺は進められた分飲んだだけです」
「尚悪い」

三上が溜息を吐いて隣に座った。ベッドがそこにあるのに床でなんて俺も若いなぁなんて思いながら。

「…で?」
「で、…気付いたら、電車もなくなってて、……成り行きでこう…女の子の部屋に」
「で、やったんか」
「…人の話聞いてましたか。やってません、やるどころか立たなかったし」
「…」
「…気持ち悪かったよ」
「笠井」
「三四郎じゃないけど女の子にバカにされるし」
「…そりゃな」
「…でも先輩もほんとは俺がああだったらいいんじゃないの?」
「……煙草、」
「吸うならベランダ」
「…俺は」

何を言えばいいのか。三上は困って口元を撫でる。
考えたことがないと言ったら嘘だ。笠井が女ならば何も後ろめたいことはなくなる。

「…お前が女なら、楽だろうなと思う」
「…」
「でもお前みたいな女には惚れない」
「男だからいいって言うの?」
「わかんねぇ。…変な話だけどよ、なんかこんな見方も変かもしんねぇけど、興味がある」
「…」
「笠井とこれからどうなるか。予想がつかない」
「…先なんか」
「人から劣等感もある。なんでこんなこそこそしなきゃなんねぇんだって」
「…」
「でも俺なんだかんだ言って、女なんか数回しか触ったことねぇし、…お前と喧嘩して当てつけぐらいに」
「…ほんとにむかつくんですけどねそれ」
「でも笠井がいいと思う」
「…」
「他の女に体も心も揺らぐけどお前のとこに帰ってきちまう」
「…習慣じゃないのそれ」
「そうかもな」
「…」
「…諦めろよ、今更女のとこになんか行ってやんねぇから」
「…男だってやだよ」
「あ」

雲行きが怪しくなりそうだ。笠井の目が光った気がする。

「知ってんだよ、こないだ設楽と飲んでたの。夜つながらなかったしね」
「いやそれは電池が…」
「三上先輩いっつも都合よく電池切れるよね」
「…」
「靴買ってないで携帯新しくしたらどうですか?」
「あーうんそうっスねそのうち」
「あ、明日暇でしょ、一緒に行こうか?」
「いやー印鑑とかないし」
「あぁ残念」
「…か…笠井さんは明日お暇?」
「お暇ですよ」
「ふぅん」

三上がゆっくり笠井の腰に手を回す。からかうように笑いながら笠井は三上を見上げた。

(子どもみてぇ…)

もう気分の変わった笠井を笑いながら、じりじり顔を寄せていく。

「デートみたいにならないけど飲みに行く?」
「うちがいい。昼間っから酒池肉林」
「肉林ってお前…」
「積極的な俺は怖いんだっけ?」
「…いや、それはそれでなかなか……」

 

 


…不燃物…安定しないなぁ。大学生で。
フロイトさんの説だと思春期はないんだって。

050601

 

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