極力足音を立てないように、男は懐中電灯ひとつで歩いていた。
廊下には僅かな明かりが常夜灯として灯ってはいるが、この寮を家とする生徒達ならともかく慣れない自分が薄暗い中を歩く自信は、はっきり言って全くない。
ギ、と廊下の板が軋む自分の足音にもびくびくしながら、男は廊下を進む。

時刻は1時を回ろうとしていた。
それでも所々の部屋では未だ時折騒ぎ声が聞こえる。

『っ・・・ン』

「・・・?」

慣れない声がした。
他の部屋のように時折湧いたり、ゲームの微かな音とは全く違うモノだ。

『あ、やっ・・・あんっ』

男は足を止めた。
ちょっとまて、必死で思考を巡らせる。

ココは?
武蔵森学園中等部・サッカー部寮である松葉寮。
住人は?
義務教育も終えない少年達。
自分は?

教師だ。



壁に耳あり障子に目あり。


策 略 家 の  い 罠


「じゃあ今日はここまでー、三上と日々野・・・あと赤崎は残ってろ。他は解散ッ」

体育教師が言って、やる気なさそうに体育委員が号令を掛けた。6時間目が体育ではさぞ気怠かろう。
他の生徒達がバラバラと帰っていく中、名前を呼ばれた三上は事情が判らず1人不満そうな顔をしている。
テスト前で部活がないのだ、さっさと帰りたい。

「三上ッ」
「近藤・・・俺何かやったか?」
「まぁ残ってりゃ判るだろ」
「あっ・・・お前知ってンなっ!?」
「さぁねーっ」
「近藤ッ!!」

反射的に近藤を追いかけようとした三上を、体育教師がやんわりと捕まえた。

「お前・・・今朝話聞いてなかったのか?」
「あ?・・・あー、俺朝のHR寝てたから」
「バカモノ」

仲の良い教師なので、三上は口調にも気を付けずに言う。何度も注意されてるが、今更敬語で話す気にもなれない。
最も、教師の方も年齢はかなり中学生に近いのであまり気にしてないようにも思えた。

教師は苦笑しながら三上を引き戻した。
見れば今体育の授業ではなかった他のクラスの奴、それだけじゃなく他学年もちらほらと集まっているようだ。
しかも、みんな揃いの体操服。
歴史あるイモジャーだとなかなかの評判のものだ。

「点呼取るぞー、1年1組新井ー」
「ハイ」

下手すれば一クラスぐらい作れそうな人数の中、知った顔がないかと三上は視線を巡らせる。
どうも遅刻の常習犯だとか授業中の眠り王子だとか、そんなタイプの人間が多いので何かの罰であることは確かだろう。
自分は何をやらかしたんだと考えていると、場違いな人間を見つけた。

「辰巳」
「三上・・・」
「何だ、お前までしょっぴかれてるって何事だよ。お前何やったの?」
「・・・お前朝聞いてなかったのか?」
「寝てた」
「・・・・・・昨日の夜、ぬきうちがあったらしい」
「ぬきうち?───って!!」

ハッとして三上の顔色が変わる。

「・・・就寝後寮内巡回」
「げっ・・・!」

見れば、辰巳の顔色も悪い。
腹を押さえてるところを見ると胃も痛そうだ。

「ちょっ・・・ちょっと待てよこばやんっ!今までずっと周期的だったじゃねーかっ!」
「あぁ、前はな。だけどご丁寧に前もって調査して時間帯までも調べ上げる奴が居てなぁ、なぁ三上?」
「う」
「それじゃ意味がないってヌキウチになったんだよ、三上とか言うバカモノの所為でな。判るか?三上」
「ううっ・・・」

だってそうするしかないじゃないか。
事情を言いたいけど言えない。

「よーし、じゃあ全員居るようだから三上と辰巳以外外周3周ッ。ちゃんと校門でカウントしてるからなー、あんまり遅いと追加するぞ」

ブーイングの声にも笑顔で返し、教師は笑顔で生徒を見送る。
体育教師小林、女子ならばその笑顔で頑張れる。

「・・・こばやん、巡回したの何時頃?」

又居残りかよと思いつつ、既に精神的に疲れた三上は言う。

「ま、12時から1時頃だな」

背中に嫌な汗を掻いた。
ビンゴ。
かなりビンゴな時間帯だ。昨日は何故か時計を見た記憶があって、正確に時間を覚えている。
明日は部活ねえからって、調子乗って。

「他の奴等は担任と話してるんだけどなー、お前等は捕まんなくてよ。
 あ、三上んトコの担任が昨日巡回してたんだけどな、誰かさん達のお陰で大変だったらしいぞ、色々と」
「う・・・」

三上の横で、辰巳が小さく呻いた。
胃からキリキリ聞こえてきても不思議じゃないほど、顔が苦しそうだ。
三上の方も胃に痛みを感じる。

退学、とか、そんな言葉が一瞬頭をよぎった。
どうしよう、後輩寮で犯して退学とか人生の汚点・・・・・・じゃない、男らしすぎてちょっと困る。

「担任の話によると、お前等部屋で」

胃がびくりと痙攣した。
例えるなら、渋沢に睨まれるのと似たショック。

何だ言う!?何て言うんだ!!?
実は1年前から既にデキちゃってました、とか!?1年間あの部屋で色々やってました、とか!!?
じゃなくて、そんなんマジで退学モンだろ!!
コンマの間に三上の脳はフル回転する。やや回転しすぎのようだ。
担任の語形が複数形だったことに気付く余裕もない。

「AV見てたらしいな?」
「・・・・・・は?」

何つった?
AV?
脳内で辞書をめくる。
AV、アダルトビデオ。
性描写を主とした、成人向けのビデオソフト。

隣では辰巳が岩のように硬直している。
三上の脳は、暴走しつつもそれなりに冷静だった。
そうだ、よく考えたら普通、女の子連れ込んでるぐらいは出てきても、まさか男同士で掘った掘られたやってるとか思わねぇじゃん。
あっちは勘違いしているようなので、三上はそのまま通させて貰うことにした。

「ごっ・・・ごめんなさい」
「あーいうのは一応18歳未満は見ちゃいけないことになってるんだがなぁ、三上はいくつだ?」
「じ・・・14・・・」
「なら自分がしたこと判ってるな?」
「・・・ハイ」
「ったく・・・渋沢は?」
「エッ!?あ、あっ、あ・・・アイツ寝てから」
「そうか・・・」

イヤホントは追い出したけど。
三上は思うが、未だ笑う余裕はない。

「辰巳も!」
「ハッ、ハイッ」
「お前も1人部屋だからって調子に乗るなよ」
「ど・・・どうもすみませんでした・・・」
「そう言う年頃だから仕方ないとは言え・・・辰巳とは又意外だったけどな」
「ハァ・・・」

そこでやっと三上は気付いた。
辰巳の相手って、誰だ?
まさかホントにビデオとは思えない。

「三上は大体見当ついてたけどな」
「えっ嘘、俺ってそんなキャラか!?」
「そうだ三上、一応ビデオ没収ってコトにしたいんだが」
「え、こばやん見んの?」
「アホかッ!! レンタル?」

レンタルも何も、正真正銘自分のモノです。
ちゃんと自分のモノだって証拠も付けて・・・じゃない、そういうことじゃない。
渡せも何も、ビデオは存在しないのだから没収とか言われても。
辰巳と三上は何となく目を合わせる。


「─────こ・・・・・・近藤から借りた・・・・・・」


すまん近藤!!
お前の彼女犠牲にさせてくれ!

心底悪いと思いながら、三上は自分が一番可愛い。
当然笠井を引き渡す気だってない。

「近藤か・・・辰巳もか?」
「えっ・・・あ・・・・・・・・・・・・・・
ハイ

ハイが小さい。
辰巳にはとても耐えられない嘘だ。

「判った。まぁビデオ云々より就寝時間以降のテレビの使用は禁止されてるはずだ、今後気をつけろ」
「ハイ・・・」
「じゃあお前等も3周走ってこい」
「ハァーイ・・・・・・」

三上と辰巳は脱力しきって走り出す。
胃が、本気で痛い。血が吐ける。絶対吐く。

「・・・っだー・・・マジ焦ったって・・・」
「・・・声・・・そんなに漏れるモンなのか?」
「知らねーよ・・・昨日はちょっと無茶し・・・・・・ってあぁ!流すトコだったっ!お前の相手!!」
「うっ・・・」
「何?後輩?て言うか女?」
「イヤ・・・その・・・」

三上当たりなら気付いてるんじゃないだろうかと思っていただけに、辰巳は改めて言いにくい。
笠井が相手なら、自慢しても可笑しくない。
自分の相手はどうだろう。
ある意味自慢すべき要素ではある。

「・・・まぁ言いたくねぇならいいんだけどよ」
「そういうわけでもないんだが・・・」
「でもこばやんじゃねえけど意外だな、お前って」
「・・・・・・」
「てーか今までよく隠せてたなぁ」
「い・・・いや・・・・・・」
「・・・・・・・・・ハツだった?」
「・・・・・・・・・・」

面白い。

「・・・可愛い?」
「・・・」
「何?何か照れてない? 可愛いんだっ!?」
「うっ煩いなっ!!」
「どんな?どんな奴?」

「────厚顔無恥」

「あッ・・・・・・何となく判ったからそれ以上聞かなくてイイ?」
「聞け」
「聞きたくねぇ・・・」
「お前判るかっ!?食った筈なのに食われた感覚!!」
「うわっ辰巳がキレた!」

さっきの空気を払拭して、寧ろ三上に当たるように辰巳は言った。
意外な辰巳に三上は思わず走る速度を落とす。
後ろからさり気なく、

「アレ可愛いの?」
「・・・・・・・・・」
「・・・ていうか、厚顔無恥の一言で語れるアイツって何よ」
「・・・・・・・・・」

それきり2人は黙って走り出す。
とにかく、走ることに集中しよう。
聞いてはいけないことを聞いた気がした三上は、取り敢えず走る。
もうすぐ1周完走・・・校門でカウントしてる教師が見えた。
その体育教師と雑談しているのは笠井と、・・・厚顔無恥な、あの男。

「あっ早いねぇ」
「なっ・・・何でココにっ」
「三上先輩夜中に部屋でいかがわしいビデオ見てたんですってね?ヤダなー」

・・・怒ってる。
満面の笑みが、こっちを睨んでいる。三上は思わず胃を押さえた。

「やだねー辰巳も。幾ら若いからって、ねぇ笠井?不健康だよねぇ?」
「もっと中学生らしく行きましょうよ、2人ともサッカー少年なんですからねぇ?
 中西先輩」

・・・楽しそうだ。
厚顔無恥の男、中西は心底楽しそうに笑っている。
辰巳は忘れかけていた胃痛を思い出した。

「お前等仲良いなー、アヤシイんじゃないか?」
「やだね先生、俺と笠井は身も心もひとつですよv」
「中西先輩ったら!」
「ハハハ、身はやめとけ身は。笠井がこんなキャラだとは知らなかったなぁ」

俺は知ってた。
三上は力の入らない足を機械的に動かして、危険地帯の前を必死で通り過ぎる。
裏表があるけど可愛い、だけどその可愛さが裏。それが笠井。

辰巳の方を見ると、今にも某サッカー部の監督と同じ道を辿っても可笑しくない。
血を吐きそうな顔をしてる。
救急車、何番だっけ。

「辰巳・・・大丈夫か?」
「あぁ・・・何とか」

それはまた、頼りない。



「みかみせんぱいっ」

「たつみーっ」


2人は反射的に振り返った。


「頑張ってねっv」


ちゅッ


素でやる中西と、照れ混じりながらもテンション高いので何でもアリな笠井、
両者の投げキスで2人は加速した。
新幹線よりも速く走れる。

「あっはっは、幾らアイツ等でも男の投げキスじゃやっぱ逃げるだろー」
「あははー、やっぱりそうですかねー」

逆です逆、
2人は教師と笑いながらアイコンタクトを交わす。
目の奥が、お互い心底面白がっている。
早く帰りたいんだよね?



「お前等帰らないのか?」
「そう、辰巳達待ってるの」
「そうかー。藤代なんて飛んで帰ったのにな」
「部活ないからゲーム出来るって騒いでました」
「あいつ・・・テスト前だから部活ないって判ってんのか?」

部活がないお陰で俺は今日一日疲れてたんですけどね
目で中西に訴える。
俺に言われても、中西が笑って返した。

「やっぱ待ってるのやめて、笠井制服デートしようか!」
「あッ良いですね!」

「ダメ、許さん」

あんたは父親か、と思わず言いたくなるセリフを吐いたのは三上。
吐く息も荒く、2周目をクリアしようとする三上が走ってきた。当然辰巳もいる。
先にスタートした奴等の前半組に追いついていた。これはもう、部活で鍛えてるってだけじゃ説明が聞かない。

「お前等いちゃついかせると無駄に腹立つッ」
「中西それ以上笠井を悪の道に引きずり込むな!」
「ホラホラ、お二人さんともあと1周だよ〜」
「くっそ!」

陸上部からでもスカウトが来そうな走りを2人は見せた。
その背中を2人が笑う。

「センセ知ってる?あの2人デキてんの」
「道理で息ピッタリだと思ったら」

「「 デキてないっ!! 」」

どっちにしろ息はピッタリだ。

泣かす!
ぜってー泣かす!!

「辰巳!」

三上が辰巳の肩に手を置いた。
物凄く、力強い。

「俺が手伝うッ、絶対あいつを泣かせ!」
「三上・・・!」

「・・・ホラ、仲良いでしょ」
「あぁ、どっかのコーチとバレー部員みたいだけどな」
「先輩方ー、あと1周ですよー」
「くそっ待ってろよお前等!!」

まるで某バイキンのようだなんて思いつつ、笠井は再び走り出した2人に手を振った。
速い、速いです。



「お前等ちょっと見ててくれ、ちょっとやり残したことがある」
「判りました、ファミレスの彼女のことは任せてください」
「なっ、中西何でそれを!!?って今はそれじゃない!!」

中西が笑って教師を見送る。
教師が消えて、中西と笠井の2人になった。

「・・・・・・中西先輩昨日押し切ったんですね」
「押し切っちゃったよ」


「・・・あんなこと言ってましたけどどうします?」
「仕方ないから待ってよっか?」
「そうですネ」

あんな人でも愛しいから。

 

 


ごめん、締め方間違った。
何でアレだけテンション高くて終わりがアレなんだと言われるとアレなんですが、何故だかこう納まりました。
ちょっと(?)辰巳が壊れました。ごみん。
ていうか近藤の彼女って表記はどうなのよ。初めは近藤の宝物、だったんだけどね。

021021

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