ピンポーン、と、鳴るはずだったそれは鳴らない。
笠井は少しの間硬直し、もう一度呼び鈴を押してみるが、以前は外まで聞こえていたチャイムの音は聞こえない。

「……」

ガツン、
ドアを蹴りつけても反応はなかった。


一 生 ほ ど の 束 の 間 に   2


「────ほんとに見てないの?」
「知らねぇ…何だそりゃ」
「大島食品が毎週30分ぐらいのドキュメントやってるじゃん、何チャンか忘れたけど。11月半からだっけ?」

中西がふると辰巳が頷く。食べかけの焼き鳥を持ったまま、三上は硬直している。中西が目の前で手を叩いてやると我に返り、再びそれを食べ始めた。

「まぁツアーの宣伝なんだけどさ、結局は。でも噂によるとテレビ局に電話殺到したらしいよ」
「なんで」
「笠井の詳しいこと聞くため?」
「…テレビ…」
「笠井に何も聞いてないの?」
「連絡すら取ってない」
「げ、マジで?だいじょーぶなのそれ」

すみませーん、店の人を読んで、中西がまた幾つか注文した。
久しぶりに外で飲んでいるのに味がしなくなって三上は顔をしかめる。

「…見るー?ビデオ取ったけど」
「…見ねェ」
「あ、そォ?金髪美女の彼女が出来たって言ってたよね、ねぇ辰巳?」
「…あー…美女かどうかはともかく…」
「あぁ、そうね」
「……」
「綺麗じゃなかった?」
「いや、女じゃないだろう」
「あぁ、そうね。いいじゃんどっちでも、金髪美女もいたし」
「…」
「でもアレ三上に見てほしいんじゃないの?」
「は?」
「特定人物にってメッセージあったもんね。まぁ日本語じゃないけど。スラングばっかで言語オタクの友達に聞いてもわかんないって言われたし」
「放送禁止って言われてたしな」
「ぶっ!?」
「────ま、元気そうよ」
「…あっそ」
「ツアーで日本来るんだって、会えるんじゃない?そろそろ一年でしょ」
「…」

酒をあおって三上は黙り込む。
一年前、殆ど逃げるようにして笠井は留学していった。始めこそ忠実にしていた連絡も、今では途切れている。
もう一年経ったのか。長かったのか短かったのか分かりかねた。

「あ、いた」
「ッ────笠井ッ!?」
「中西先輩お久しぶりです。あ、辰巳先輩も」

突然現れた話の中心人物に中西は思わず立ち上がった。
極普通にさりげなく通りかかったその人物は、現在海外にいるはずの。

「わ、いつ帰ってきたの?」
「今日の昼間に。帰ってと言うかツアーで」
「あれ今日だっけ?」
「あ、知ってるんですか?もう少し先だけど、一足先に」
「そっかー」

笠井はふっと奥の席の三上を見つけた。動揺して声も出ない三上から、笠井は視線を外す。

「あ、チケットいります?来て楽しいかわかんないですけど」
「もらうー。笠井何やるの?」
「俺はただの穴埋めです」
「ところで三上とは何か?」
「何も?ただ真っ先に家に寄ってやったらいないし携は変わってるし少々腹が立ったと言うか」
「しッ…知らねえよッ!前もって言っとけっつの!」
「めんどくさい」
「…」
「相変わらずだね。笠井座りなよ」
「あ、どーも」
「テレビ見たよー」
「……えっ、あっ、アレ!?見たんですかッ!?誰にも言ってないのに…」
「うん、俺もたまたま。なかなか充実してるみたいね」
「充実って言えばイメージ変わりますけどね…ハードですよ。部屋防音してるけど空調悪くて、ピアノ弾きながら頭にタオル巻いてますからね」
「アハハ、サッカーしてんの?」
「あ、近所の子達と。いい子ばっかりなんですけど口が悪くて」
「笠井もじゃないの?」
「…俺のは不可抗力です」

運ばれてきた酒をそのまま笠井に渡し、笠井は有り難く中西から受け取った。
あ、そうだ、とわざとらしく三上を見る。

「三上さん」
「…ハイ何でしょ」
「これ チケット、来て下さいよ」
「…暇だったらな」
「是非。楽屋に入れるよう言っときますから、花束でも持って来て下さい」
「…」

 

*

 

「先輩んち泊まっていい?」
「…どーぞ」
「よかったー、俺ホテル代もないんですよね。実家の鍵もないし」
「計画的じゃねーか」
「ひひ、」

笠井がにやりと笑って隣を歩く。三上がじっと見てくるのに戸惑って笠井が唇を噛んだ。

「…俺日本語おかしいですか?」
「いいや相変わらずクソ生意気だ」
「それはよかった」
「…オカエリ」
「…うん、ただいま」

酒で火照った頬が夜風に気持ちいい。三上は飲んだ気はするが酔いはなかった。少し先を歩き始めた笠井を見る。

「────何か話あるんだろ」
「…うん」
「…」

覚悟はしていた。否、出来ていない。三上は手を握りしめる。

「あのね、俺…」

手を伸ばして笠井の手を引いた。驚いた表情で笠井は振り返る。

「…どうかしましたか?」
「いや…」
「────…あの、一年待たせといてこんなこと言うのもあれなんですけど」
「…」
「ツアー、半年かかるんですよね」
「…は?」
「あと、ツアー終わっても師匠が人手欲しいみたいで、下手するとあと一年は…先輩?」

ずるずるとしゃがみこんでしまった三上が深い溜息を吐き、笠井がすいませんと謝るのをうつむいたまま手を振って否定する。

「…焦った」
「え?」
「捨てられるかと思った」
「…馬鹿」

笠井も前にしゃがみ込み、三上の顔を覗きこむ。照れを隠しきれない三上に笑った。
三上が少し周りを見回し、人影がないのを確認して顔を寄せた。一瞬唇が触れ合い、その途端キキィッと自転車のブレーキの音がしてふたりはすぐに離れる。結局自転車の影は現れない。
三上は立ち上がり、しりもちをついた笠井に笑いながら手を貸した。何だかよく分からないままふたりで笑う。

「とっとと帰るか」
「浮気してた?」
「してたしてた」
「口ばっかりの癖に」
「オイなめんなよ、今のバイト結構モテんだからよ」
「バイト何してるんですか?」
「モデル」
「ぶっ!!?」
「…何それ、」
「モ…モデル?」
「悪いかッ」
「あははッ、ダセェ!」
「ダサくねぇ!────笠井は」
「ん?」
「浮気」
「…さぁどうでしょう?」

にやり、と嫌な笑顔。三上は顔をしかめ、笠井が笑いながらその手を取る。

「早く帰りましょー、俺昨日まで師匠にしごかれてあんま寝てないんですよ。飛行機うるさくて」
「何、寝る気?」
「…何する気?」
「何しようか?」
「…」

変態。眉を寄せた笠井にたまらなくなってきて、脇道に引っ張って強引に口付けた。笠井の手が首に回る。
高校で広がった慎重差はもう変わらないだろう。きっと酔えてはいないけどお互いにアルコール臭い。絡む舌、腰を抱く三上の手に力がこもる。
────女の高い笑い声が聞こえ、ふたりはまた互いからすぐに離れた。声が通り過ぎるのを待って、笑う。やはり酔っているのかもしれない。

「…帰りますか」
「あ、コンビニ寄らねぇと」
「何か?」
「要るもんあるだろうがよ」
「……あーハイハイハイ行ってらっしゃい」
「じゃんけん。あ、笠井さんがいらねぇってならいいけどよ」
「……」

サイテー。
冷たい笠井の視線も久しぶりだ。

「不細工」
「どーせ」

 

*

 

「オラッどうだ花束!」
「うわー似合わねぇ」
「…殴るぞテメ…」

笑いながら笠井は三上から花束を受け取る。ステージに対しての感想は素人なので三上は口にしないが、雰囲気を見ると成功のようだ。
笠井の父親を見つけ、三上は目が合って一礼する。返されたかは分からない。

「先輩、これ友達」
「え、」

振り返った三上に見えたのはその人の胸の当たりで、それからゆっくり顔を見上げる。綺麗な金髪だ。

(でか…)
『タクミよかったな、失敗しなくて』
『失敗してたら師匠に何されたか…コレコレ、会いたがってたアキラ』
『…ヤマトナデシコはッ!?』
『だから違うって言ってたでしょー』
『おお…タクミの嘘吐き…』
『吐いてないし』
「…?」
「あ、何でもないです気にせずに」

そうは言われても、敵意すら向けられている三上は居心地が悪い。
タクミ、と呼ばれた方を見れば、体に合ったドレスを着た女性が近付いてくる。

『あら、タクミの友達?』
『そう、先輩だよ』
『初めまして』
「あ、」

寄ってきた女性に握手を求められ、英語だったため三上も片言で返した。大きく胸元の開いたドレス、確かさっきハープを弾いていたように思う。

(…でか…)

こうして見るとアジア人はなんとも謙虚な体格をしている。

『タクミ、彼が恋人なの?』
『…俺はそう言うドレスの似合う女の人がいい』
『あら。貸してあげましょうか?』
『ドレスだけあってもなぁ』

笑いながら女性は離れていく。
みな後片付けに慌ただしいが、楽器を扱っているせいか動作は静かだ。

「…いつまで日本いんの?」
「えーと、あと1、2週間は」
「ふーん…」
「…先輩んちに泊まっていい?」
「…いいけど」
「やった。もうすぐ帰れると思うので外で待っててくれますか」
「おぅ…つか俺なんで呼ばれたんだよ」
「さっきの友達が俺の彼女に会いたいって言うから」
「…」

 

*

 

「先輩 父さんに会った?」
「…会ったっつーか、会釈はしたけど」

笠井はテレビのチャンネルを変えながら、おっこれまだやってんだ、なんて呟く。その話はそれきりだ。
三上は笠井の隣に座り、風呂上がりの肌に口付ける。

「あ」
「あ?」
「俺セックス禁止なんで」
「はぁっ!?」
「この間もバレたんですけどねー、音に出るらしくて。師匠にスッキリしすぎなんて言われて。まぁ師匠しかわかんないんですけど」
「…」
「我慢が一番のご馳走なんだって。…先輩?」
「……笠井くんサイテー…」
「…ご…ごめんなさい…」

ぐい、と笠井は三上の袖を引いて。

「…公演終わったら、ね」
「…」

こういうのなんて言うんだっけ。笠井から視線を外しながら三上は考える。蛇の生殺し?
ちらりと笠井を見れば、サッカーをやっていた頃とはすっかり変わって白くなった腕が目に入る。

「…お前俺に我慢させる気ないだろ…」
「え?」
「…まぁ…一年我慢してたんだから今更だけどよ…」
「とか言いながら何ですかこの手」

三上は笠井を無視して抱き寄せる。足の間に抱き込んで体を預けた。

「…先輩…」
「何もしねぇよ」
「いや、何か、当たってるんですけどね」
「お前の寝顔でも見ながら抜く」
「最悪!最悪!」

逃げだそうと笠井がもがくが、三上に逃がす気は一切ない。ぎゅっとしなやかな体を抱きしめて拘束する。

「────もう何処にも行くなとか、言っていい?」
「…先輩」
「…なんか昔と逆だな」
「…俺だって、平気じゃないよ」
「やっていい?」
「…」
「無理矢理引き倒して」
「…」

あと数日。折角この手に帰ってきたのに、またいなくなってしまう。

「…テレビ」
「え?」
「テレビで何言ったの」
「…忘れました」

会えたらどうでもよくなったこと。それでも何か伝えるなら。

「…また前みたいになれたらいいなって」

過ぎた時を回顧する。後悔はない、それは事実だが。

「…俺師匠にどうしても駄目って言って戻ってこようかな」
「何で?」
「…あんたが言う、それ」
「…俺じゃさしてやれない体験出来るだろ、あと一年待てば俺も仕事ついてるしな」
「卒業出来てたらね」
「出来る、…はず」
「頼りないなぁ」

寄りかかってきた笠井が何か呟いたけれど、聞こえなかったふりをする。
陳腐にも七夕の話を思いだし、三上は全てから目をそらした。

 

 


今度アップ出来る筈の長いやつの1年後、のはなし・・・(おい)

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