ダ ン デ ラ イ オ ン


「辰巳、何それ」
「たんぽぽ」

至極簡潔に答え、辰巳は部屋へと急いだ。質問した根岸は三上と顔を見合わせて不思議な顔をする。
辰巳の手に握られていたのは3本のたんぽぽだった。黄色い強かな花を辰巳が摘んでいる光景を思うと、・・・何も言い難い。

「・・・でも辰巳先輩去年もたんぽぽ持ってたよね」
「うん。多分そのうち降りてきますよ」
「何で」
「だって多分コップに水汲みにくるから」

藤代に頷いてそれを受けて喋る笠井に、またふたりは顔を見合わせた。

中西がソファから立ち上がって談話室から出ていく。
黙ったままの行動に室内は静まり返った。







「・・・・」
「何だ中西」
「・・・・」

たんぽぽを手にしたまま辰巳はペン立てを空っぽにする。
無造作に机の上に転がせたペンとは裏腹に、たんぽぽは優しく扱われていた。
ペン立てにしていたのは取っての取れた大きめのマグカップ。

「・・・なぁにそれ」
「たんぽぽ」
「違うよ」
「じゃあ壊れたコップ」
「違う」

カップの底に残ったゴミをごみ箱に落として、辰巳は部屋を出ていく。中西は黙って道を空けた。
そのまま辰巳を後ろをついて歩く。ついてくるなとは言われない。

辰巳は笠井が言った通り、カップに水を汲んでたんぽぽを挿した。
それから引き返して屋上へ向かう。足取りは普段と何ら変わりはなかった。

屋上は気持ちいい晴れ。屋上の中央にたんぽぽのささったカップを置いて、辰巳はそれを前にして地面に座り込む。
中西もその隣に座った。少し距離を置く。

パンッ、謝るように辰巳が両手を合わせた。 目を閉じている。
中西はしばらく横顔を眺めていた。
辰巳の手が降りてから口を開く。

「今日は何の日?」

「命日」

たんぽぽから視線を外さず辰巳は答える。
3本だけの花は少し長すぎてその体を持て余していたので、辰巳は茎を少し折って調整した。

「3回目だ」

と言うことは笠井達の知らない1回目があると言うことだ。
今まで気付かなかった自分に少しいらつく。

「隠してた?」
「いや。・・・お前とか三上が言うだろ、俺はでかいけど存在感ないって」

その所為じゃないか、
辰巳は隣で苦笑する。
違う。
それはずっと昔のことで、丁度1年前なら意識していた。目につきすぎて困った時期だ。

「・・・3年前なんて、大昔なのに」
「そうでもない、・・・昨日のことみたいだ」
「女々しい」
「・・・かもな」

苦笑。
この男は何故今笑うのか。
妙な悔しさだけで辰巳に顔を寄せる。
唇は頬を一瞬掠めただけで、辰巳はすぐに立ち上がった。中西の方を見ずに中へ戻る。

「・・・お前の所為だっ」

目に飛び込んだ黄色い花を指で弾く。 その振動で水面が静かに揺れた。
水の中にシャーペンの芯が浮いていたのを見つけ、慎重にそれを取り除く。
小さな芯をどこかに弾き飛ばしてから何となく自己嫌悪に陥った。 つまらないことをした。
たんぽぽを睨み付けるが、辰巳同様涼しい顔。

「・・・・」

たんぽぽを一輪手に取った。





「・・・あっ、お前何してるんだっ」
「花占い」

顔を上げずに中西は答える。
指に貼りついた黄色い花びらを爪で落とす。
好き、

「・・・たんぽぽで?」
「え・・・て言うか今来たの辰巳?」
「俺だよ」

小さく溜息を吐いて辰巳は中西の隣に座った。
カップの周りに散った花を見てまた溜息。

「・・・怒ってないの?」
「俺が?何で」
「・・・・・・」
「・・・たんぽぽは花の集合だから花占いはどうなんだろうな」
「あ」

そうだった、と呟いて、今度は中西が溜息を吐く。
たんぽぽは沢山の花の集合体だ。花びらは一枚しか持ってない。

「・・・もーっ!腹立つなッ」
「腹立てたいのは俺だよ」

中西が手放したたんぽぽを拾って辰巳はカップへ戻す。
半分ほどになったたんぽぽは何だかひどく人工的で物悲しい。

「はい」
「・・・・」

差し出されたものを無意識に受け取ってから中西は手元を見る。子どもの財布に優しい安いアイスだ。
袋の音がしない辰巳の手を見れば、コンビニにも置いてあるが高くて普段手の出せない有名所のカップアイス。

「・・・俺にガリガリ君渡すのお前ぐらいだよ?何で辰巳はハーゲンダッツ?」
「奢られてるのに文句言うな。食えば同じだろ」
「なら尚更取り替えっこを要求します」
「今は駄目」
「・・・・」

先にアイスを食べ始めた辰巳をしばらく睨んで、手の中のアイスが溶けるのを感じて袋を開ける。

「今はって、それは、死んじゃった奴が好きだったとかそんなん?」
「いいや別に。俺が食べたかっただけ」
「・・・・」

アイスは口の中で溶けるが理不尽さは溶けやしない。
この男はちゃんと分かっている。

(俺が辰巳のこと好きだって知ってるんだ)

カップの中身を半分ほどにして、辰巳はたんぽぽの前にそれを置く。どうぞ、と声が聞こえそうだ。
冷たさが歯に凍みた。口から離して持て余していると、棒を伝って溶けたアイスが指を濡らす。
後でべたつくことを考え、いらだちも合わせて思わず舌打ちをした。
腹立たしげに、まだ中に入っているのも気にせずに辰巳のアイスのカップにそれを突っ込む。
予想してなかった行動に辰巳も驚いたようで、声も出せずにアイスを見ていた。

「・・・いらなかったのか?」

しまったとその瞬間に思った。
たんぽぽに気をとられすぎていたらしい。

(・・・俺だって辰巳が俺のこと好きだってぐらい知ってるよ)

高かろうが安かろうがこうしてしまえば何も変わらなかった。
どっちを食べてもそう味は変わるまい、大分溶けてゆっくりと互いを浸食する。

「・・・こっち貰うからいいよ」

今度は腿に手を置き捕まえておいて、たんぽぽの前で冷たいキスを頂戴した。

 

 


個人的にはとても好き。
何の命日かな。好きな本の主人公とかも有り得るかもしれない。

030430

 

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