路 地 裏
「迷われましたか」
「・・・まぁ、ね」其の問を投げかけてきた男に中西は曖昧に答えた。
知らない男に話し掛けられて喜ぶ趣味はない。親切で話しかける奴は余計に厭だ。「此の辺りは入り組んでますからね、どちらへ?」
声を聞きながら中西は無遠慮に其の男に視線をぶつけた。
全体的に大人っぽく見えるのは背の高さと体格の所為で、年齢からすれば自分とそう変わるまい。
背の低い躑躅(ツツジ)の向こうに其の男は立っていた。人の良さそうな顔をして居て、足元には洗濯籠がよく似合う。「・・・其の皐月」
「え?」
「・・・違うな、躑躅?」
「サツキツツジ」
「じゃあ躑躅だ。若いね」
「未だ植えたばかりですから」それでも其の躑躅は真っ白な花を付けている。赤い蕾も見えた。
中西は男の方に歩み寄る。何となくピンときた。
此の男だ。「・・・此の辺に、中西って家があると思うんだ」
躑躅の花を一輪抜き取るように手に取って、花弁に軽く口付ける。
奥に見えるのは紫陽花、椿、木蓮、今頃咲いているのは八重桜の様だ。
昨日の雨で散ったんだろう、地面がピンクに染まっている。「ああ、それならうちだと思いますけど、・・・多分、此の辺りに他に中西は居なかったと思うけどな・・・ほら、路地の入口に郵便受けが在ったでしょう」
「在ったね」
「少なくとも其処には中西の名前は一つしか無いですよ。此の辺りは迷路の様に成っているので郵便配達の人でも入って来れないんですよ。
次来るときは入り口で誰か住人を捕まえる事ですね、皆親切ですから案内してくれるでしょうから」
「然う」
「あ、然うだ。うちに何の御用でしょう?必要なら主人に声を掛けてきますが」
「・・・あんたは?」
「ああ、手伝いの者です」
「・・・然う、・・・・・・秀二、って、居るかな?」
「秀二、ですか?・・・然うですね、今此の家には居りませんが主人の弟さんが確か秀二だったかと。確認して来ましょうか」
「否、良いよ。あんたは秀二知らないんだ」
「俺は彼の人が出て行かれてから雇われたもので」洗濯籠は既に空だった。
濡れた籠を何となく見る。傍に物干し竿、白い大きな布が風を受け止めていた。「・・・あんた、が、辰巳?」
「え?」
「辰巳良平って、あんたか?」
「・・・然うですが」
「ふーん・・・」途端に向こうが警戒態勢に入ったのが分かる。
其れを笑い飛ばして、中西は躑躅を乗り越えて中へ入った。「ちょっと」
「俺が中西秀二だよ」
「え・・・」
「どうせ姉さんは死んだとでも思ってるんだろう、彼の女は妄想癖が在るんだ。俺を自分の物だと言ったときは心底嫌気が差したね、だから出て行ったんだけどまさか彼の女は其の自覚がなかったのかな」
「・・・今迄何処に?」
「色々。山桜は枯れたの?」
「・・・地震の時に」
「然う、そう言えば根岸が大きな地震が在ったとか言ってたかな」
「・・・主人は足を失われました」
「何?彼の女?そりゃいいや、追って来れやしないから」くすくす笑いながら中西は悠然と庭を歩く。
この所の陽気で、庭の隅の蒲公英が全て綿毛に成っていた。「李とか、無花果もやられたの?」
「はい、・・・火事になりましたから」
「何だ、つまらない。実が生る木が余り無いなぁ」戸口に立って中西は一度振り返る。
入って良い?
適当な枝に躑躅の花を差しながら訊く。「貴方の家でしょう」
「姉さんの家だよ」くつくつと喉の奥で中西は笑った。
「・・・ねぇ、一寸一緒に来てよ。此でも緊張してるんだ」
「・・・・・・」辰巳が洗濯籠を手に取った。
「御主人」
「なぁに」障子の向こうで影が動く。
自分以外の気配に気付いたのか、声色が何時もと少し違った。「秀二様が帰られました」
影から動揺した声がする。歓喜と言うよりは狼狽で、辰巳の後ろで中西が笑った。
向こうの対応を待とうとする辰巳を押しのけて、障子を乱暴に開け放つ。「やぁ姉さん、只今」
「秀二・・・」
「根岸に会うまで知らなかったよ、姉さんが男と暮らしてる何てさ、如何いった心境の変化かな?それとも何?矢っ張り男が欲しくなっちゃった?
・・・ああ、本当に足無くなっちゃったんだ。可哀想に、自慢の足だったのに。可哀想に、此れじゃもう何が襲ってきても逃げられないね」着物の裾を踏んで姉を繋ぎ止め、中西が一気に捲し立てた。
其の声を聞くまいとして居るのか、部屋の中央の彼女は狂気じみた声で意味の無い事を叫び続ける。
辰巳は咄嗟の事に何も反応が出来ず、部屋の入り口で傍観者と化していた。「でも姉さん」
「ッ・・・」姉の口を手で塞いで、中西は耳に顔を寄せた。
「未だ生きてたんだね」
「止めろ」反射的に辰巳が身を乗り出した。
中西の手を捕まえて自分の方に引き寄せる。小さな小刀が握られていた。「・・・姉さん、凄いね、此の男は姉さんを守る気で居るよ、」
「止めて」
「姉さんを守る気で居る」
「秀二ッ・・・」「俺だって姉さんを守るって言ったのにね」
辰巳が中西の手から小刀を引き抜いた。
其れを利き手に持つ、中西の手は放さない。「御主人」
「良平・・・」
「秀二様が帰られたので俺は此処を出ますね」小刀は利き手に握られた儘だった。
「・・・此の庭の木は全て新しいんです」
「・・・・・・」
「貴方の知っている木は一本も無い筈ですよ」上着の埃を払いながら、中西を見ずに辰巳は言った。
縁側に腰掛けた中西は其の背中を睨む様にじっと見る。用件を至極完結に述べ、此の男は直ぐに姉の腕を取り注射を一本打った。
接吻の様に優しい其れで姉は今眠っている。「木蓮も紫陽花も前は無かったでしょう?」
「・・・ああ、無かったよ」
「けれど椿だけは在った」
「・・・然うだよ」
「好きなのを植えて良いと言ってくれたんです」応えながら椿の木を見る。
昔在った立派なものではないが、同じ位置に、同じ椿が立っていた。
深い緑の葉に、きつい反対色の花。「────でも椿は余り好きじゃない」
男の声色が少し変わった気がした。
上着を着る。背中が小さくなった様な気がした。「花ごと落ちるから余り好きじゃないんだ」
「・・・俺は其処が好きだな、」
「椿だけは彼の人が植えると言ったんだ」夕方の日を受けて椿の葉が光る。
「秀二が自分のうちだと分かる様に植えておくんだって」
辰巳は鞄から小刀を出した。
蓋が無かったので代わりに巻いていた布を取る。刀身が夕日に反射して中西の目を射た。「紫陽花を貰って言っても良いか」
「・・・俺のじゃないから好きにして」未だやっと葉が付いたばかりの紫陽花の前に立ち、辰巳は色んな角度から見てみる。
それから枝を一つ手に取って、長めに其れを切った。「此から如何するの」
歩き出してしまう気がして咄嗟に言葉が口を突いて出た。
さっさと行ってしまえばいい、と心の何処かでは思っているのに。「・・・此の路地裏の何処かに、俺の本当の家が在る」
「・・・・・・」
「其処に紫陽花を植えるよ」
「・・・ふーん」紫陽花は枝からでも根を張る。今取った其れを植えるんだろう。
此処と同じ色の花が咲くのだろうか、路地裏は統一感が無いので分からない。「帰ってきたら出ていくと行ってあったんだ」
「然うなんだ」
「帰って来なければいいと思って居たんだ」
「・・・然う、」辰巳は静かに小刀を差し出した。刀身を持ち、柄を中西に向けている。
彼をしばらく見上げて、目が合ってから、中西は小刀を受け取った。
力が引く。・・・此はこんなに重かっただろうか。「なぁ」
「・・・・・・」
「なぁ、姉さんと関係した?」辰巳は黙って庭を横切り、背の低い躑躅を乗り越える。
そして横に曲がってしまえば、隣の家の柿の木に邪魔されて姿は見えなくなった。「・・・なぁあんた」
返事は無い。聞こえてるか如何かも知らない。
「躑躅が大きくなった頃になら、また・・・・・・」
「・・・また・・・」
「・・・否・・・何でもない・・・何でもない」
「もう来るな」
「・・・何から遣ろうかな」
「椿みたいに痕残さなきゃ良いのに」取り敢えず洗濯物を取り込むことにした。
此から遣る事は彼の男の痕跡を消すことだった。
路地裏・・・で思いついたのが木がわんさか生えてる古めかしい日本式のお屋敷だったのです(ほど遠いよ
辰巳の正体は刑事とか医者とか考えてた割にはでてこないし(決まらなかったし
辰中ではない。多分。
やっぱりツツジとサツキの区別が付かない(おまいさん・・・
知ってる限りの知識を動員したつもりがウザいだけかもしれない。030430
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