閉 じ ら れ た カ ー テ ン


文庫本は小さい。
それ故持ち歩き易いわけだが、今日はハードカバーの方を持ってくればよかったと辰巳は思う。
大きな本なら、広げてしまえばカーテンの代わりになったのに。

取り敢えず手持ちの文庫本でささやかに視界を区切った。
その本で隠したのは、笠井と先輩の中西。
本の下から2人の脚が見える。立っているのが中西であぐらが笠井だ。溜息を押さえて静かに息を吐く。
中西は辰巳に気付いていない。

「あのさ、笠井」
「・・・何ですか」
「聞かなくても分かるだろ?それ」
「いります?」
「いい。お前ね、目立つんだ」
「・・・・」

多分笠井は顔をしかめている。
欝陶しいのと、中西と太陽が重なって眩しいのと。
カーテンが欲しい。それらを遮ってしまう奴。



笠井は眩しさに堪えかねて顔を下げた。中西の脚の間から、彼の視覚にいる辰巳が見える。
同学年に見えない彼は本しか見ていなかった。確かに彼には助ける義理もないし、助けられるとは思えない。
笠井は指に挟んだ煙草を指で叩いて灰を落とした。

「そういうの見つかると本気で不味いからさ」
「・・・意外」
「は?」
「だって中西先輩にそういうコト言われるとは思わなかった」

笠井は煙を飲んだ。
中西の影に入ってない脚が、日の光に反射して眩しい。

「中西先輩って結構真面目なの?」
「さぁ、不真面目なんじゃない?」
「・・・じゃあ、尚更、先輩にそんなこと言われるの悲しいな」
「笠井」
「ちょっと、煩い」

笠井は煙草を持った手を降ろす。
コンクリートの上に置いて体を支え、空いた手で中西の首を引き寄せた。



カーテンが欲しい。
閉じられたカーテンを思い出した。
いや、カーテンも文庫本も同じだ。あの時だってカーテンの向こうからあの人の声が聞こえたし、文庫本から少し目を離した瞬間にバッチリ目に飛び込んだシーン。
何も遮ってくれないのはカーテンと同じだ。
初めて生で見るキスシーンはテレビで慣らされた所為か何も感じない。

「っ・・・」
「あ、ごめん先輩。煙草臭い?」
「・・・・」

あ。
今度のシーンは文庫本で遮る。
鈍い音、本の向こう側で笠井が崩れ、中西が足早に屋上を出ていく。
ドアが閉まった音を聞いて辰巳は立ち上がり、本を閉じて笠井に近付いた。

「・・・ったー・・・昼飯出る・・・」
「・・・・」

腹を押さえたまま起きない笠井の隣に腰を下ろす。
直射日光にさっきの笠井みたいに顔をしかめた。笠井がむせる。
カーテンの向こうには女の嬌声、本の向こうには蹴られた笠井。
加減はしてもらえなかったらしく笠井は起きない。

「・・・普通大丈夫か聞かない?」
「俺は関係ないだろ」
「そうだけど。・・・うばっちゃったっ、てか?いちち」
「・・・まだ火点いてないか?」
「あ、やば」

笠井は慌てて、しかし緩慢に起き上がって煙草の火を消す。
煙が細くなって消えた。

「昔隣の家のお姉さんが好きだったんだ」
「・・・辰巳の思考回路がよく分かんない」
「俺の部屋の窓からは彼女の部屋が見れたんだ。彼女もそれは知っていたけど、俺がその日風邪で休んでたことは知らなかった」
「・・・・」
「彼女は部屋のカーテンは閉めたけど、窓は開いていた」
「うん」
「俺は窓を閉められなかった」
「・・・ふーん」
「俺はいつも後悔するんだよなぁ」
「・・・何」
「なんでも」

辰巳は立ち上がって屋上を出ていく。

「・・・変な奴」

笠井は煙草に火を点けた。
今日は中西のいる時間帯に風呂に入ってやろう、絶対あざが出来ているから。





「中西先輩」
「・・・・・・辰巳・・・もしかして屋上にいた?」
「はい」

と言うより屋上しか有り得ない。
中西は屋上へ続く階段に座っていた。

「・・・聞いてた?」
「と言うか見ました」
「・・・そう」
「中西先輩」

隣の家に出入りする男の存在は知っていたんだ。ずっとカーテン越しだったけれど、初めはそういう関係じゃなかったことも。
自分は一歩出遅れただけで、・・・また今回も遮るものの所為で出遅れた。
何も遮らないくせに、・・・・

「まいっちゃった」

中西が溜息を吐いた。
辰巳は一段降りる。

「笠井のこと舐めてたなぁ」
「・・・・」

カーテンはない、本もない。
遮るものは何もない。

「好きです」



声でもなく日光でもなく


本当に遮りたかったのは笠井なんかで遮れるはずがない感情

 

 


見たことのない辰中を書いてみよう計画。

030901

 

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