栞
「紫織ってだーれ」
「・・・・・・誰?」
「質問してるのは俺!」中西は薄桃の封筒突きつける。辰巳の方はそれがなんなのか一瞬分からず、考えながらそれを受け取った。
さっきまで読んでいた筈のハードカバーの本を中西はとっくに閉じて、意識は封筒に向いている。
折角静かになっていたのに、と少し封筒を憎らしく思いながらそれを見た。
大人びた封筒には住所も宛名も書いてない。FOR YOUとだけ書かれた、恐らく封筒とセットだったんだろうと思われるシールで封がしてあるだけで、その斜め下に確かに紫織と記名がしてあった。「・・・コレどうしたんだ」
「本に挟まってたの」
「本に・・・栞代わりにしてたかもしれないな」
「俺が聞きたいのは栞のコトじゃなくて紫織ちゃんのコト」
「・・・・」浮気調査のつもりだろうか。
自分のことを棚に上げてと言うのはこいつのことだ。「紫織・・・誰だろう」
「何で誰のだかわかんないのに辰巳の本にそれが挟まってるのさ」
「知らないよ」
「じゃあ見して」
「待てって」蛍光灯の下に照らして封筒を観察する。
そんなに分厚くはない。丈夫な紙のお陰で透かして見ることは出来なかった。
よく見れば端の方が少し変色していて、そう新しいものではないように思えた。「・・・分かんないなら、女子棟の誰かとか、じゃないの」
「まさか、俺はそんなの貰ったことない」
「どうだか」どうも機嫌を損ねたらしい。
やっかいなことになったと思った。自分には全く紫織という人物が思い当たらない。
拗ねた中西の視線に溜息を吐く。人間らしい態度を見せられて何とも複雑だが、コレを解決しないことには一生まとわりつかれそうだ。「紫織・・・」
母親でもない、祖母でもない。
いとこに女の子がいるが彼女は5歳で、因みに名前は久美。彼女の母親でもない。「・・・・」
少し躊躇ってから、シールをそっと剥がしてみた。年月の経ったそれは剥がしにくく、少し名残が残る。
中にあるのは1枚の便せんと、鮮やかな紫の花びらで作られた栞だった。便せんの初めに宛名はなかった。文末にもなかった。
それだけ確認して、辰巳は少し迷って読み始める。中西の視線も一緒に続いた。
上品な字が言葉を綴る。
ごめんなさい私も貴方のことが好きです。
だからこそ何もしてあげられない自分が許せない。
ごめんなさい
貴方の所為ではないの、私が悪いんです。ごめんなさい
本当に、悪いと思っているけれど、
最後まで私の我が侭を聞いてくれないでしょうか。
貴方が優しいことを知っていてこんなことを言う私を許さなくても良いわ。
お願いが一つあるの。私のことを忘れないでね。
憎んでいてもいいわ好きです
好きです。
「・・・紫織」紫の花びら、紫織。
最近あるように綺麗に加工されたものではない。セロハンテープで丈夫な紙に貼り付けてあるだけだ。
それでも保存状態が良かったのか、栞になった花びらはきれいなままだ。「・・・やな女」
中西が一言呟いた。
訳すと、自分が悲劇のヒロインだと勘違いしている馬鹿な女。「・・・中西、お前何を読んでたんだ?」
タイトルを覚えてないらしい。
中西が視線を送って、辰巳はそれを見に行く。「・・・やっぱり俺達が読んでいい手紙じゃなかったな」
「じゃあ誰の」
「これは親父の本だ」手紙と栞を封筒にしまって、辰巳は本に挟み込む。
そうしながら思い出した。父親との会話だ。お前でかくなったなぁ、
腹の中じゃ大人しすぎて女の子かと思ってたぐらいなのに、
女の子だったら俺は、しおりってつけようと思ってたんだけどなぁ
「根岸、俺ちょっと郵便局行ってくる」
「中西が郵便局?めずらしー」
「辰巳とプチデートでっす」
「あぁ、なるほど。いってらっしゃーい」何だか無機質な匂いのする封筒に、長い間待たされていた気持ちを本ごと入れて。入れたのはそれだけ。
本の重さの気持ちを中西が持ちたがって、辰巳はそれを任せて歩き出す。「でもさぁ、辰巳のお父さんこれ挟まってたの知らなかったのかな?手紙未開封だったしね」
「さぁ・・・貰った本だって言ってたんだけど・・・『紫織さん』から貰ったのかもな」
「女ってそーいうの好きそう」
「・・・あ、急がないと郵便局閉まるぞ」
「はーい」
「俺は」「ん?」
「俺は覚えててなんて言わないからね」
「・・・・・・」「だって辰巳が俺のこと忘れワケないでしょう」
何だか辰巳お題なのか中西お題なのか分からなくなってる今日この頃。
030510
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