反 比 例
反比例のグラフが許せない。
曲線を慎重に書きながらも、笠井の頭を占めるのは先日の光景。
あの後どうなったのか。あそこにいるのが俺だったら?「・・・ッ・・・」
自分が反応して焦る。
だけどそれに勝る吐き気。グラフが揺れる。
少し深呼吸をしてみて、それでも吐き気も熱もおさまらない。
笠井はゆっくり立ち上がり、曲線を綺麗に書く教師に近寄る。「・・・保健室行ってきて良いですか」
「ああ、・・・顔色悪いな、大丈夫か?」
「行ってきます」耐えきれず、途中にトイレで吐いた。
ぐらぐらと足元が不安定だ。吐き気を伴う快感には慣れてきたけど。
不安定なのは関係だけで十分だ。
「うわ・・・そっか、全校集会・・・」教室を除いて中西は溜息を吐く。
廊下から覗く教室は空、何処のクラスを見ても全くの空だ。「あーあ・・・今から行くのもやだな」
いつもは見られない無人の廊下を歩き出す。
次の時間は全校集会、もう始まっているだろう。(もう1時間寝とけばよかった)
キュッと小さな足音を聞いた。
そう思った瞬間に、何かが脇腹に滑り込む。「ッひゃ」
「なかにしせんぱーいv」
「・・・あれ・・・笠井?」腰に回った腕を辿って振り返る。
後輩が人懐っこく笑って中西を見上げていた。「先輩、もしかして脇腹弱い?」
「え・・・やめてね?」
「えへ?」
「えへって・・・─────!!!」中西の笑い声が静かな廊下に響き渡る。
力の抜けた中西が壁を伝うように崩れていき、笠井はようやく手を離した。
中西は大きく息を付いて廊下に寝転がり、笠井も足元で笑う。「も・・・お前ムカつく」
「先輩面白いね」
「遊ぶなよ・・・笠井何でいんの?」
「さっき早退許可貰ったんで帰ろうかと」
「・・・ピンピンしてんじゃん」
「吐いたら楽になった。そーゆー中西先輩は?」
「生理痛で保健室」
「何それ」
「最近寝不足なんだもんー、教室で寝ても保健室で寝ても一緒じゃない」笑い疲れて中西は大きく息を吐いた。
笠井が手で這うように中西にのしかかる。コンコン、と教室の壁をノックして。「教室であんなコトしてるから寝れなくなるんですよ」
「・・・・・・」
「先輩顔赤いよ?」
「・・・笑ったからね」
「ふうん」
「・・・何よ」
「何か 色っぽ」正直どきどきした。
「っ・・・かさい、笠井ッ!」
「先輩?」
「・・・っ」容赦なく降ってくるキスに堪らなくなって、中西は笠井を押し返す。
何も言えない中西に、笠井はまたも唇を落とした。
頭では分かってるのに、まるで愛しいものに対するような行為に体が勘違いをする。「先輩俺のこと好きなんでしょ?」
廊下はまだ静かだ。
リノリウムの床に体温を奪われた背中が冷たい。「・・・俺先輩好きですよ」
「え」
「辰巳の方が好きなだけで」
「・・・・」中西がゆっくり笠井の首に腕を回す。
そのまま引き寄せて肩に額を当てるように抱いた。煙草の匂いが微かに香る。「笠井、と先輩」
ふたりは息を呑んで体を離した。
足音が近付いて、中西の視界に辰巳が入る。笠井はじっと俯いて顔を上げない。「・・・辰巳何してんの?」
「先輩こそ、廊下で寝たら風邪引きますよ。俺は生徒会の用で生徒会室行ってたんです」
「ふーん。そういや役員だっけ」
「・・・先輩、手 貸して」
「手?」中西が上げた手の平に、かちゃんと落ちたのは鍵。
辰巳は今度は笠井に向かって言う。「表彰多いからまだ時間掛かるし、生徒会室も今日はもう用ないはずだから。落ちてたとでも言って返せばいい」
「・・・何それ」
「・・・さあ」重い笠井の声を聞いても、辰巳は振り返って歩いていく。
笠井が立ち上がって中西の手から鍵を奪い取った。「大ッ嫌い!」
笠井の投げた鍵は大きく弧を描いて辰巳の前に落ちた。
すぐに階段を駆け上がっていく笠井を、中西は少し迷って追いかける。「・・・・・・」
辰巳は緩慢な動きで鍵を拾った。
振り返って無人の階段を見る。追いかけてしまった中西。「・・・・・・」
溜息を吐いて体育館へ向かった。
「笠井」
「・・・・・・」早速煙草に火を点けている笠井は中西の方を見ない。
中西は今度は迷わずに傍へ行き、しばらく笠井を見下ろして隣に腰を落とした。「・・・・・・せんぱい ごめんね」
「別に?笠井だったら何されてもいいんだけどさ」
「・・・・・・」
「・・・何かする?」
「んん、無理。俺マゾっぽい」
「・・・・・・」
「何でかな、絶対無理な人しか好きになんないし好きになってくれた人は好きになれない」空はいつだって広いけど何も受け止めてはくれない。
むかつくほどに青い空を少しでも曇らせてやろうと、笠井は目の前に煙草をかざす。「・・・それってさりげに俺ふった?」
「あ、そうなりますね」
「・・・・」ひどいことされたい、
笠井が小さく呟く。風が緩く吹いて煙を逃がした。「うまくいかないっスね」
「ほんとにね」中西の返事に笠井は笑う。
「・・・ひどいことしたげよっか?」
「・・・前に、先輩に蹴られたの結構良かったな」
「変態ー」
「俺も思います」上手くいかないな。
どちらかの声が静かに響く。「見事に反比例」
ギィッと、重い扉を開けて屋上に上がってきたのは辰巳。
ふと気付けば学校がざわめきだしていた。集会が終わったんだろう、後は帰るだけだ。「・・・取り込み中だったらどうしようかと思ったけど」
「辰巳って意外と下世話だよね」
「・・・・・・」辰巳が顔をしかめたのを見て中西が意地悪く笑う。
煙草をくわえようとして、笠井は少し迷って手を止めた。「・・・・・・辰巳、俺辰巳のこと好きだけど」
吸わないままの煙草は少しずつ、見えない速度で灰になっていく。
それは気持ちの風化のように酷く緩やかだ。「俺三上先輩と付き合うね」
「・・・・・・は?」
「三上?」突然出てきた名前の反応に、笠井は今度は煙草をくわえて笑う。
大きく煙を吐き出して、「だって三上先輩変態だからさ」
「笠井が変態」面白いぐらいに気持ちは反比例、
笠井は笑う。
はっはっは。ネタ的に痛くてごめんなさい。
・・・えーと・・・うん。多分絵的にはものっそいまぬけだと思う。
一応終わり。三笠話があと1本。031027
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