非 常 口


「・・・・」

頭隠して尻隠さず、じゃないけれど。
ドアに挟まっているあの布は、確か夕食の時に笠井が着ていた服の柄によく似ていた。不自然すぎるそれに、辰巳は顔をしかめる。
ドアの向こうは螺旋階段、そこは非常口だ。辰巳はドアに近付いた。鍵のつまみは横、鍵が閉まっている。
どうしようかと少し考え、取り敢えず鍵を開けた。
何となく用心して、音を立てないように、ゆっくり。それからノック。

「・・・笠井?」

向こう側からの返事はない。ドアが厚すぎて聞こえないのかもしれなかった。
これで誰もいなかったら間抜けだなと思いつつ、辰巳はまたゆっくりとドアノブを回した。誰もいなかったとしても挟まっているものが問題を呼ぶことは間違いない。
少し軋みながら開いたドアの向こうに、笠井が立っている。
ドアにもたれていなかったのは、鍵の開いた音か辰巳の声が聞こえていたからだろう。

「・・・笠井」
「・・・俺は自分が出来ることを全部やりました」
「あぁ、」

1軍おめでとう。
夕食前に辰巳も言ったセリフだ。

「大丈夫か」
「別に、何もされてませんから。・・・腕が・・・少し痛いかも」

笠井は振り返らない。
3年を抜いて1軍入りを果たした笠井に贈られるのは称讃の言葉だけではなかった。

「・・・辰巳先輩、ドア、閉めてくれませんか」
「・・・あぁ」

笠井を少し押して辰巳はドアの外へ出る。
反射的に振り返った笠井の驚いた顔が初めて見た表情で辰巳は苦笑した。
後ろ手でドアを閉めてしまえば、そこは外なのに密室のようだ。踊り場がそう広くないせいもあるだろう。

「・・・・」
「ここはもしかしたら屋上より穴場かもしれないな」
「・・・鍵・・・閉められますよ」
「今日俺が点検だから」
「・・・・」
「もし閉められても携帯で誰か呼べばいいし」

辰巳は螺旋階段の手摺りにもたれかかった。
ふと螺旋の下の方を見下ろす。
逃げなければならない非常事態に、こんなくるくる回った螺旋階段なんか駆け下りることが出来るんだろうか。
頭の中で考えるが、何だか無理な気がしてくる。ひとりでもつまずけばあとはドミノ状態だろう。

「・・・大丈夫か?」

辰巳はもう一度聞く。今度は正面から笠井を捕らえた。
セリフに拘束されて、笠井はじっと辰巳を見返すだけ。

「・・・大丈夫ですよ」
「・・・そうか」

損な性格だな。
辰巳が言いながら、ポケットにガムが入っていたのに気が付いて笠井に差し出した。

「根岸に貰ったんだ」
「・・・・」

笠井は黙ってそれを受け取る。
辰巳が何を考えているのか分かりかねていた。

「根岸は泣いてたな」
「え」
「やっぱり、あんな性格だから、・・・あぁ、そうだな、一番耐えたのはあいつかもしれない」
「・・・・」
「三上と根岸が一緒の時期か。渋沢が誰かを殴るとは思わなかった」
「え?」

その時のことを思い出したんだろう、辰巳がひとりで顔を緩める。

「先輩じゃなくて、三上をな。ウザすぎて渋沢もキレたらしい。ある意味で渋沢をそうさせた三上が凄いけど。次の日大騒ぎだったの覚えてないか?」
「・・・え、あれだって」
「そう、三上は監督に聞かれて先輩にやられたって答えたけどな。まあ元をただせば先輩のせいなわけだから」

騒ぎを思い出したようで、辰巳は笑って夜空を見上げる。
あの時は屋上で、アルコールの代わりに炭酸で騒いで怒られた。意味も分からずテンションばかり高くて。

「・・・辰巳先輩は?」
「俺?俺は、先輩引退してからレギュラーだから」
「・・・・」
「まぁ・・・そういう意味では、羨ましい」




「・・・それは、慰めてるつもりですか」
「そう聞こえたらごめん。俺は愚痴のつもり」
「・・・・」

先輩のバカ、
そう呟く後輩を辰巳は軽く睨んでやる。
俺泣きたくなかったのに。

「・・・グランドでも寮でもないからいいんじゃないか?」


非常口とランプが光るその下で、自分が非常口になれてるのなら

 

 


自称辰笠・・・
辰巳は努力家希望なのです。

030616

 

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