雨 宿 り


「あーっ!」

高い声に思わず振り返った。
細い声なりによく響く声の主は、髪をふたつに結んだ近くの幼稚園の女の子。
しばらくじっと固まって、しばらく辺りを見回す。

「あーあ・・・」

今度は溜息。
さっきまでつり上がっていた眉はシュンと垂れている。
信号の傍のガードレールにもたれかかって、もう一度溜息。

悲鳴の原因は多分これ、雨。
見たところ彼女は傘を持ってないが、悲鳴に合わせたように降ってきた雨は(いや、雨が先なんだろうが)少しずつ強くなる。
信号が変わるが彼女は動く気配を見せない。

「・・・・・・」

今度はふくれっ面だ。
よくあんなにコロコロと表情が変わるもんだ。

しかし・・・

濡れる、よな。





「どうした?」
「・・・お兄さん誰?」

あ、お兄さんで良かった。おじさんって言われる気がしてたけど。
傘を半分差してやると流石に警戒心が強まった。賢い子だ。
傍にしゃがみ込んで視線を合わせる。それでも高さは余り合わない。

「この先に武蔵森って学校があるの知ってるかな、そこに通ってるんだ」
「うん、知ってるよ。名前は?」
「辰巳良平」
は、・・・あたしは、
「ここでどうしたの?濡れるよ」
「いつもママがここまで迎えに来るの。・・・今日はまだ、来てないけど」
「他の場所に移動しちゃダメなの?」
「ダメだよ、ママ頭悪いもん。絶対のこと見付けられないよ」
「・・・・」

最近の子は口が達者だ。三上が聞いたら蹴り飛ばしそうだけど。
子守は笠井か根岸が専門だ。だけど今はいない。
・・・今ならまだ、走って寮に帰れるか。

「傘貸すよ」
「いらない」
「・・・でも」
「ダサいからイヤッ」
「・・・・・・」

これは、中西でもキレそうだ。
傘・・・傘は普通のビニール傘だ。少し傘を見上げて思い出す。
ああ、これじゃ女の子は嫌がるな。三上と中西が落書きしてる。
書いてあるのは、抱負だけど。

さてどうしよう。
それじゃ、と立ち去るわけにもいかない。

「・・・ママはすぐ来そう?」
「わかんない、・・・いつもはすぐ来るのに」

参った。
辺りには雨宿りが出来るような場所が何もない。あるのは俺の傘。

「・・・じゃあ、一緒にママを待っててもいいかな」
「・・・イイよ、別に」

素直じゃない。
だけどわざと拗ねたような口調が妙に可笑しくて、必死で笑いをこらえた。ここで笑えばお姫様は機嫌を損ねるのだろう。
いとこの女の子に似ている。少し言うならこの子の方が可愛いけど。

「じゃあ、ママが来るまでお兄さんの傘に雨宿りする」
「うん、そうしなよ」

別に急いで帰る用事はない。
傘から少し鞄がはみ出ているが、上の方にタオルが詰めてあるから教科書まで濡れることはないだろう。
寧ろ傘の端から伝う滴で鞄が濡れる。

雨は少しずつ強くなった。
とは言え試合中なら雨が降っている、何てことを意識しない程度。

「ねえ、お兄さんは部活何やってるの?」
「俺?俺は、サッカー」
「ほんと?のお兄ちゃんもサッカーやってるんだよ」
「そうなんだ、じゃあ試合したことあるかもしれないな」
のお兄ちゃんはねー、フォワードなんだー。格好いいよ」
「あ、俺もFW」
「・・・お兄さんもフォワード?」
「そう」
「強い?」
「さぁ、どうかな。うちの学校は強い奴ら、沢山いるから」
「ふーん、でも、お兄さんはお兄ちゃんの学校のキーパーの人に似てるな」
「そうか」

この辺に中学があったかどうかを考える。
多分徒歩で幼稚園に行ってるんだろう、中学校もそんなに遠くないはずだ。
そこなら多分、試合はしたことがないかもしれない。

「あとケンちゃんもやってるよ、サッカー。幼稚園のお友達」
「そっか。ちゃんはサッカー好き?」
「うん、かっこいい。・・・けど、お兄ちゃんが忙しいのはちょっと悔しい」
「そっか」

サッカーにやきもちを妬く、のか。
だけど笑ってくれるのは本気じゃないんだろう。俺が「お兄ちゃん」に妬きそうだ。

しばらく雨を忘れていた。
もう少し降っていてもいい。
そんなことを思ったらまた雨が強くなった。

「・・・ママまだかなー」
「・・・・」

信号はもう何度も何度も色を変えた。その度に隣で小さな溜息がする。
辺りを少し見回した。歩いて来るんだろうか。この子の母親、ぐらいの年齢の人は見あたらない(偏見でしかないけど)。

「・・・あ!」

耳の傍で聞く悲鳴は少し強烈だった。
バイバイ、と忙しく挨拶をされる。

「ママ遅い!」

水たまりを避けて走っていく後ろ姿を見送りながら立ち上がった。
傘の隣が空いた。
お母さんらしい女性に子供用の傘を受け取って、文句を言いながらその隣に並ぶ。
本当にすまなそうに謝る女性は女の子と少し似ていた。

「・・・足しびれた・・・」

少し動かすとそこからびりびりと上ってくる感覚に硬直する。
動きたくなくて、もう一度小さな背中を追った。
あっけなく出会って別れ。
少しだけ振り返った女の子が手を振ってくれた。手を振り返すことを恥ずかしいと思ってしまう子どもだった俺は何もできなかった。

しびれがおさまってから帰ろう。
鞄はきっと自然乾燥じゃ朝までかかる。教科書は無事だろうか。
雨は少し弱くなった。









「あのさー、辰巳ってロリコンだったかなぁ。さっき信号のところで幼女ナンパしてたんだけど」
「は、マジで!?」
「誘拐してきたらどうする?」
「うわっ、ヤッベーじゃん!!」

「・・・・・・」

談話室で誰かにドライヤーを借りることは出来なさそうだ。

 

 


ロリコン・・・
え、いやいや、夢だよ。
雨宿りする辰巳氏ではなく敢えて雨宿りされる辰巳氏。
受け身ではなく使役で(え)

030625

 

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