歌 詞
校歌が嫌いだった。
「辰巳は歌詞覚えた?」
「・・・一番は覚えた」
「そっかー。あーあ、俺卒業式までに覚えられるかなー」クラスメイトがぼやきながら、別の友人を見付けてそっちの方に駆けていく。
3年目に突入した割りにはまだまともな姿の音楽の教科書を持ち直し、しかし一緒に持っていた文庫本が滑り落ちる。
それは俺よりも早く誰かに拾われた。「オハヨー辰巳」
「・・・・」
「朝挨拶してないなーと思って」中西が笑いながら文庫本を俺に渡した。
それを受け取ろうとするが、中西は本を離さない。「校歌の練習したんだ?」
「・・・ああ」
「面倒だよねー、ただでさえ音楽なんてどうでも良いのに」
「そう言うな」
「じゃあこの本は何?」
「・・・・」音楽の授業は邪魔が入らずに本が読めた。
「胃が痛そうよ」
「お前の所為だ」本を奪って歩き出した。
ほんとは違ったけどそんなことまで分かってほしくなかった。
覚えていない。
小学校の校歌だ。
覚えたはずだった。覚えたくはなかったけど、しつこく周りが歌っていたから覚えてしまった。「辰巳は高等部でもサッカー続けるつもりか?」
「はい」
「そうか」担任は資料を捲って次の話題を探す。
探さなければ三者面談に話題など殆どなかった。「大学とかも決めてるのか?」
「いえ、まだ特に」
「そうか・・・まぁ、お前ならこのまま行けばある程度平気だろ。お、国語が良いな。教師とかどうだ、向いてそうだけど」「・・・・・・」
国語もほんとは嫌いだ。
『良平もそんな才能があるのかもな』だからサッカーを始めた。スポーツなら何でも良かった。
本から逃げてた時期だ。
文字から。
爺さんから。小学校の校歌、
それの作詞がうちの爺さんだった。
そのころはまだ綺麗だったんだろうと思う校舎を見て、うちの爺さんが、歌詞をつけた。だから俺は関係ないはずだった。
何で俺が凄いのかずっと考えていた。
凄いって、クラスメイトが言った。
俺は凄くなかった。読書感想文か何かで一度賞を取った。
爺さんの才能引き継いでるのかもしれないな、
父親の言葉に泣いた。
爺さんは俺と同じ本を読んでない。感想文も書いてない。
「校歌がラップだったら覚えられたかも」
「・・・イヤだなその校歌」中西が隣でけらけら笑う。
それかヒップホップ、
中西はのんきだ。「ねぇ、辰巳校歌覚えた?」
「・・・大体は。混ざるけど」
「俺も1年のとき覚えた筈なんだけどねー、もー忘れてるわ。普段歌わないしねー」そして中西が口笛を吹く。校歌だ。
校歌、と言う言葉が嫌いだ。束縛されているようだ。「辰巳校歌嫌いでしょ」
「・・・・・・」
「作詞、『辰巳』さんだもんね」
「・・・・・・」
高等部へ進学すればあと3年は付き合う。
中等部も高等部も、爺さんの作詞した校歌だった。「違う、校歌は嫌いじゃない」
「爺さんが嫌いなんだ」
「・・・お爺さん、恐いの?」
「・・・いや、別に」
「そりゃ良かった。ご挨拶に行ったときに殴られたら嫌だもんねー。あ、お父さんも殴りそう?」
「は?」
「イヤだから、何処の馬の骨ともわからん息子を貴様にやれるか!とか」
「ちょっと待て、俺が他人か?」中西は笑う。
溜息じみた息を吐いて、その延長で一緒に笑った。「俺校歌なんか覚える気ないよ」
「・・・じゃあ、俺は明日から覚えることにする」
「え、何でよー」
「お前と一緒なんかごめんだ」
多分歌詞は一生まとわりつくのだ。
忘れたと思っていた歌も曲がかかれば思い出すように、きっと一度覚えた校歌も忘れることがないんだろう。「じゃあ、俺も覚えようかな」
歌詞が一生変わらないなら、俺の方が変わってやれば良いんだ。
何だかよく分からないことに。
辰中じゃなくて良いんだ、うん、中西関係ないからさ。030625
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