ラ ー フ ル


むせる辰巳の背中を叩きながら笠井は呆れて溜息をつく。
反対の手に持った煙草をふかし、空に向かって煙を吐いた。

「だいじょぶ?」
「いいや」
「・・・・・・ばーか」

煙草を床に押しつけて、今度は辰巳の手から火の点いたままの煙草を奪う。
今度はそれを口にくわえた。

「・・・急にどーしたの」
「別に」

屋上から見える空は広い。
天気は晴れ、上を向いて目を瞑っても明るい。
下の方から、パンパンと鈍い音がした。黒板消しを叩いて居るんだろう。
クリーナーは各教室にセットしてあるが、あれは能率が悪いので使う人は少ない。
そういや俺日直だ、笠井がぽつりと呟いた。

「・・・・・・お前の所為」
「はぁ?」

くわえた煙草を上下させて笠井は顔をしかめる。
生徒数の多い学校でも、笠井のこんな表情を見れる奴は少ない。

「何それ。関係ないじゃん、辰巳が勝手に振られたんだもん」
「だから、お前の所為だって」
「知らないってー。辰巳が勝手に告白して勝手に降られたんじゃん。煙草の1本2本ぐらいならあげるけど、俺の所為にするのやめてくんない?」
「お前の所為だよ」
「・・・・・・」

笠井は溜息と一緒に煙を吐き出す。
くわえたままの煙草の先から灰が落ちた。

「お前のことが好きなんだって」






「中西先輩」
「あ、結構しつこい」
「かもしれない」

自分を笑って、辰巳は教室を見回す。教室に残っているのは中西ひとり。

「部活折角休みなのにまだ学校残ってたんだ」
「先輩の靴あったから」
「ストーカー」
「先輩は?居残り?」
「失礼ね。日直」
「ああ・・・入っていいですか」
「どーぞ。俺の城じゃないし」

辰巳は机を縫って、窓側の中西の傍へ近寄った。
窓の外に見えるグランドに、人の姿は全くない。

「今日何があったっけ」
「俺に聞かれても」

中西が指先でシャーペンを回した。辰巳の方は見ない。
それを気にせず、辰巳は書いていた日誌を覗き込む。

「・・・あ、社会の先生同じ」
「あぁ・・・2年ももってるって言ってたかな。地理?」
「はい」
「俺の時もだったな。ウチの学校地理教えられるのあの人だけだから」

不意に中西が顔を上げる。目が合って、逸らせなくなる。

「笠井の匂いがする」
「・・・煙草の匂いですよ、さっきまで一緒だったから」
「ふーん・・・帰っちゃった?」
「・・・帰りました」
「そっか」

中西がまたシャーペンを回して日誌に向き直る。
今日は、と書き出して、また止まった。

「中西先輩、一緒に帰って良いですか」
「・・・いいよ。まだ仕事あるけど」
「手伝います」
「・・・じゃあ、黒板」

辰巳が黙って鞄を置いて、黒板へ向かった。一通り消してはあるが、白く残った黒板消しの軌道が目立つ。
黒板消しをふたつ手に、辰巳は取り敢えず窓に向かってそれを叩いた。
あまり風が吹いていないので粉が宙に留まる。

「・・・辰巳はさぁ」
「はい?」
「笠井のことどう思う?」
「・・・変な奴」
「あぁ、そうかも。でも、辰巳も相当変だよ」
「・・・中西先輩だって変ですよ」

黒板消しを叩く音だけがしばらく続いた。
粉に顔をしかめて辰巳が手を止め、腕にかかった粉を払う。

「・・・うん、俺も変なんだ」

中西が机に伏せた。
机からはみ出した手からシャーペンが落ちる。

「変なんだ」
「・・・・・・」

黒板消しを叩き損ねて、ひとつが辰巳の手から零れた。下に木があったのか、がさりと音がする。
辰巳は残った黒板消しを手近な机に置いて中西の傍に行った。

「・・・ねえ辰巳、ちょっとだけ抱かせて」
「・・・どうぞ」

中西がゆっくり顔を上げる。
手を伸ばして辰巳の首に回し、引き寄せた。シャツ越しに体温。

「中西先輩」
「・・・何で辰巳なのかな」
「・・・・・・」

肩に触れる唇。
頬を掠めた細い髪がくすぐったかった。

「・・・・・・」
「・・・あ」

辰巳の手が腿に落ちた。
少し離れて顔を見る。辰巳の表情は真剣。
押し返そうとした中西の手を捕まえて繋ぎ止める。

「・・・辰巳」
「先輩、駄目ですよ」
「たつ」

中西の口が塞がれる。
逃げるつもりで体を引くが、背中が冷たい壁に当たった。

「・・・じゃあ、いいよ」

指先で軽く唇に触れて、中西が小さく呟く。

「好きにすれば?」

 

 

「・・・ッふ・・・」

中西は息を殺して波に耐える。
緩めたネクタイを外して机に置くが、机に載らなかった方が重くて滑り落ちた。
辰巳の息が内股に掛かる。

「・・・いきなりそこ行くかぁ?」
「だって、せんぱい」

膝を浮かせて辰巳が顔を寄せる。
中西が開いたシャツを引いて首筋に噛み付いた。そのまま耳元で囁く。

もう結構キてなかった?
「ッ!」

それを押し返して辰巳の足を蹴った。辰巳は膝を落として、また顔を埋める。
膝の間で動く頭に涙が落ちた。それを視線で追って、中西は髪を指に絡ませる。
足から這い上がってくる微かな征服欲。
直接与えられる快感よりも、そっちの方がよっぽど中西を刺激した。

「・・・ほっといてよ」
「先輩、変」
「だから、っ、・・・ふ、あ・・・」
「ん」
「・・・だから、そう、言ってんじゃん・・・、俺、変なんだって」

笠井が好きってだけだけど

「い・・・あっ!」






笠井

辰巳は無視して中西を支え、椅子から降ろして机と椅子の間に寝かせる。
鞄を振り返った辰巳は少し顔を上げ、笠井を見る。
目が合った。
鞄からペットボトルを出してお茶を飲むうちに笠井は見えなくなった。

「先輩」
「ッ・・・俺今日体育やったの忘れてた」
「大丈夫ですか?」
「だる・・・」

大きく息を吐いて中西は天井を見上げる。
力の入っていない蛍光灯は自分と同じだった。

「はぁッ・・・・・・座って」
「・・・・・・」

中西が体を起こし、目の前の床を叩く。手に誰のだか分からない髪の毛がついた。
ペットボトルを床に置いて、辰巳はそこに座る。

「お返し」

ベルトを外す中西は酷く機械的だった。
中西の額に浮いた汗を手で拭って、顔を寄せて額を合わす。

「先輩、それいいから」

中西の手を制して辰巳は顔を離す。熱い息同士がぶつかった。
チョークの匂いがする。辰巳の腕に黄色の粉。

「キスして」

じっと視線が絡んだ。近すぎて、はっきり見えない。
さっきまでの行為よりも中西の荒い息よりも、その視線が辰巳を惑わす。
中西は目を離さず、小さく首を振った。

「分かりました」

辰巳が小さく笑って、中西がそれに戸惑った。
黙ったまま中西の衣服を直し、鞄からタオルを出して汗を拭いた。

「・・・変なの」
「はい?」
「辰巳、変。・・・・・・俺が変なのかな、」
「変じゃない」
「・・・・・・」

辰巳がネクタイを拾って中西の首に回す。
しゅっと襟の向こうで布がすれるのを感じ、一瞬恐怖を感じる。
だけど目の前に布が踊り、ネクタイは丁寧に締められた。

「変なのは俺だよ、先輩ごめんなさい」
「・・・辰巳」
「ほら、これが中西先輩だ」

キレイに締められたネクタイを撫で、辰巳は立ち上がる。

「一緒に帰って良いですか?」
「・・・いいよ、辰巳がいいなら」
「黒板消しますから日誌出してきて下さい。昇降口に行きますから」
「・・・分かった」

立った中西を支え、日誌を閉じてそれを渡す。
中西は黙ったまま鞄を持って教室を出ていく。

「・・・・・・何やってんだ俺は」

辰巳は溜息を吐いて黒板消しを回収する。
誰のだか知らない机に粉が残っていたが、振り払うのも面倒だった。
待たさないように急ぎ、かつ丁寧に端から黒板を消していく。
黒板消しを落としたことを思い出した。色んなことが重なって、何もかも投げ出したくなる。

黒板が綺麗になったのを見て、辰巳は鞄を取りに行く。
ドアに向かう途中で机にぶつかって倒しかけた。
もう溜息を吐くのも面倒で、辰巳は顔をしかめただけで机を直した。
ドアは少し透き間が空いている。さっき笠井が見えた場所だ。
取っ手ではなく、ドアに直接手を掛けて廊下に出る。

コッ

「・・・・・・」

頭を押さえて辰巳は今度こそ溜息を吐いた。
何か降ってきた。
眼下を見下ろせば、黒板消しが粉を侍らせ廊下に鎮座している。
もしかしなくてもこれが降ってきたんだろう。

・・・笠井、
何となく犯人が読めて辰巳は何となく上を見上げた。
それから黒板消しを拾って教室に戻る。
これがこの教室の物かどうかは分からないが、これで数は合うわけだ。

「切ない」

教室のドアをきっちり閉めて、辰巳は昇降口へ向かった。

 

 


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まだ続くってゆったら駄目ですか。

030901

 

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