「最低だ」

そんなこと改めて言われたくたって、俺が一番知ってるさ。


言 葉 を 閉 じ る


(イテー…)

鼻血を抑えならが拭く物を探したが、生憎ティッシュもハンカチも見当たらないまま、血液は無情にも指の隙間から流れてカッターシャツを汚した。やべぇ、こればれるんじゃねーの。ちゃんと落として帰らないと。ネクタイ外しててよかったな、あれ洗えないしなんて思う。
冷静な笠井の様子に寧ろ警戒する、たった今笠井を殴った拳はまだかたかった。どうも折り合いの悪いサッカー部員。何でこんなことになったのかな、と考えながら鼻をつまむ。あまり見せられた姿ではない。止まらない血は腕を伝い、笠井は袖をまくる。しかしその手にも血がついていたようで、結局袖に血がついた。被害が広がっていく。
溜息の吐きたくなる状況だ。階段の踊り場で出会いがしらにチームメイトに殴られて、油断していた上に歩く勢いがあったものだからクリーンヒット。

(あ、鞄にタオル)

しかしその鞄は階段の下。さっき笠井の意思に反して転げ落ち、否、投げ捨てられた。ガラス製品は入ってはいないがウォークマンが心配だ。そういえば借りたCDも。いや、それよりも美術の課題がまずい。彫刻刀を使った木枠のフォトスタンド、割れていたらどうしてくれよう。300円を出して削り直しなんて避けたい。
取り乱す様子もなく鼻血が止まるのを待っている笠井に、目の前の彼はますます感情を募らせていた。その感情の名前を、笠井は知らない。怒りには似ている。

「ッ…お前ッ、むかつく」
「……」

何か言い返そうと思ったが、鼻を押さえる手で口元は隠れているし、おまけに鼻を押さえているから変な声になる気がしてやめた。どうせ何を言ってもあおるだけだ。少しずつ口内に血の味が広がっていく。気分が悪い。
どうして殴られたのやら。相手に怒りは生まれなかった。

「笠井、ホモだってな」

ええその通り。俺の好きな人は男だからそれで間違いはないよ。自分のことながら学問的にはなんていうのか知らないけどね。
肘を伝った血が床に落ちて、流石にまずいなと思う。荷物は階段の下、彼の向こう。
仕方ないので黙ったまま彼の傍を素通りし、彼の怒りを肌で感じながらゆっくり階段を降りる。上下の振動で余計に血が流れている気がする。鞄の前まで降りて、足でひっくり返して汚れた手でタオルを引っ張り出した。手についたのは赤茶に乾いてしまっている。

(げっ、爪の間まで入った)

タオルで鼻を押さえなおし、白いタオルに同情する。そしてさっきまで汗を拭いていたものだから、自分のものとはいえあまり気分はよろしくない。

「…笠井!」
「…何だよ。まだ満足しないわけ、俺がどうすればいいの」
「……」
「先輩と別れろって言う?サッカー部やめろって言う?」
「…お前が、先輩を」
「……」

違う。逆だ逆、染められたのは俺の方。
だけど笠井は口を閉じて、鼻血が治まってきたかと思えばリアルに痛みを感じてきた。腫れたらどうしようかなぁ、何がって、先輩に隠すの難しくなる。

「かッ…笠井のせいだろ」
「…何」
「三上先輩が、志望校変えたの」
「…詳しいね」

もう止まっただろうかと少しタオルを離してみれば、ぽたりとまた新たにしみが増えた。うんざりしてまたタオルを押し付ける。
志望校。笠井は考えてみる。でも考えたところで笠井は三上の志望校を知らないのだ。何度聞いてもはぐらかされた。

「もっといいとこ狙えるのに、」
「……俺が」

あぁくそう、鼻血のせいでどうも決まらない。間抜けだ。

「俺があの人にそうしろと言ったわけじゃない」
「それでもお前のせいだろ!」
「だって俺はあの人の傍にいたいんだ」
「なっ…」
「あの人にサッカー捨てさせる覚悟だってある」
「…サイッテー…」
「お前はリスクを抱える勇気がないんだろ」
「!」
「俺はどんなリスクも承知であの人が好きなんだ」
「ッ…」
「だからお前がどんなに先輩のことが好きでも、俺は負けない」
「おぉッ…俺はッ、先輩のことが好きとかじゃないッ!」
「どの面下げて?」

お、止まってきた。どうにか鼻血が治まって、また流れてはたまらないので笠井は慎重に手や顔を拭った。あとで鏡を見に行こう。口の中もゆすぎたい。

「俺と同じ奴ぐらい見ればわかる」
「……」
「三上先輩が好きなら好きって言えばいい」
「違う!」
「じゃあなんで俺を殴るわけ」
「それはッ」
「俺ばっかりがあの人に抱かれるから嫉妬してるんじゃなくて?」
「違うッ!」
「じゃあ理由もなく俺を殴ったわけ?」
「……ッ…俺はッ…」

あぁ、いじめすぎたかなぁ。でも俺だって痛いんだよ、シャツ洗うのもタオル洗うのも俺だし。寮まで隠しながら帰って見つからないうちに洗ってさ。何度かこんなことはあったけど、流血沙汰になったのは流石に初めてだよ。
笠井は溜息を吐く、相手の気分を害したようだが、鞄を拾って歩き出した。

「かっ…笠井!」
「次 殴りたくなったら頭にしてよ」

顔にしろ腹にしろ、ばれちゃうのは一緒だからさ。
ささやかに優越感を漂わせたセリフを残す。あぁ俺って悪役だなぁ、これって三上先輩が悪役になるシーンじゃないの?畜生。

(これを惚れた弱みというのかしら?)

昔に聞いた、中西の言を借りてみる。今ならそれもしっくりきた。

 

 


シリアスとわ言われましたがね。幾らなんでもこれはないよね。

051006

 

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