絶対何か言ってくると思ったからただ黙って待っていた。
だけど結局は一言の文句もなく、…そのまま言葉はしまわれたまま。


タ イ ム オ ー バ ー


(だって今更、去年の話…)

時折通りをよぎる影を忘れたいのに、それはずっと辰巳を悩ませていた。机の引き出しの奥深く、ほこりを被らないように保管されたアレ。さっさと取り出して封を開けてしまえばあれに理由はなくなってしまうのに、一度そうと決めてしまったことを撤回することは辰巳には難しかった。
読みかけの単行本を開いたまま、視線が同じ行を往復する。目が認識していない。

――――昼休みの教室は騒がしい。生徒が一番活発になる時間ではなかろうか。
今は聞きたくない人物の声がする。自分へ向かうのではなく、自分の後方でクラスメイトと騒いでいる。

「お前それやばいって、朝からその眉毛?」
「マジで時間なかったんだって。鏡も忘れたしよー」
「それでも朝からはないっしょー。ははっ、ペンは?書いたげる」
「お前らそれホモくせー」
「エー、俺はこいつみたいなお子様に見合う相手じゃなくてよ?」
「じゃあ誰ならいいんだよ!」
「そりゃーお金持ちのおじ様vでしょう」

どっと笑い声がする。彼の周りには人が集まる。いい意味でも悪い意味でも目立つ男。
…何故、自分なんかに目をつけたのだろう。何度か聞いてみたが理解できないままだった。

「あーでも調教する側ってのもたまらんね」
「中西が言うと洒落になんねーよ!」

何となく音を殺して立ち上がった。本を手にしたまま、廊下へ。
何処へ行こうか。中西のいない世界があればいいのに、と思ってから、そんな世界に耐えられるはずがないのだと自分で分かっていた。

言わないけど確かに好きだ。

 

 

「それ何?」
「見ての通りレシートだ」

辰巳の手からそれを奪って、中西はベッドに飛び込んだ。ベッドが軋んで悲鳴を上げる。
何気なく本のしおり代わりにしていたものだったが、辰巳を悩ませるには十分なものだった。ああどうして、どこまでも。

気付いた頃には中西が自分の部屋で寛いでいるのが普通のことになってしまった。勿論中西だって自分のすることや気分があるから毎日来るわけではない。それでもずっとひとりで使っていたこの部屋に、他の誰かがいる、という状況に慣れたのは確かだ。ひとりでも違和感はない。でもふたりでも気にならない。
最近は辰巳が本を読んでいても気にせずに、用がなくても辰巳の部屋で何かしている。寝るだけだったり宿題をしたり誰かから借りた漫画を読んだり、あまつさえは誰かと電話をしていたり。
ここじゃなくてもいいだろうと、言うのも飽きた。

「雑貨。何?何買ったの?」
「忘れた」
「えー、なんだろ。最近雑貨なんか増えてないじゃんお前。この値段だとなー、えー、ブックカバーとか?」
「使わない」
「そうだよねー、お前読むペース早いから付けかえるの面倒なだけだよね。んじゃなんだ?しおり?も買わないもんね」
「…なんだっていいだろう」
「いーや気になる。27、27日。あれか、辰巳図書館行った日じゃない?今日返さなきゃいけないの忘れてたって」
「そうだったか?」
「えー、うんそうそう。俺27日はあれだったもん、大木たちと遊びに行ったから、そんとき会ったじゃん」
「…そうだったかもな。27だっけ」
「うん27。あの後買い物行ったんだ?」
「……」

何だろー。部屋を見回して中西は考えている。見つかるはずはない、それは机の奥深く、自分の気持ちと一緒にしまってある。
もう、明日、中西が起きてくる前にさっさと処分してしまおうと、ついさっき決心したばっかりなのに。
中西はまだ何か喋っているが、返事をするのも面倒で本を読み始めた。気が散る、と思いながら、それでも必死で本を読む。やっぱり同じ行から進まない。自分の集中力はそんなに弱くない自信はあるけれど、ただ、中西がいないとき、の条件付で。

「えー、なんか気になる!お前が雑貨って何?」
「忘れたって!」
「思い出せー!」
「うるさい!」
「何よー、ヒドーイ」
「……」

調教、

されたんじゃないだろうか。ぞっと背筋が寒くなる。
どうしよう。すごく、   …抱きしめたいなんて。

「…笠井に」
「ん?」
「頼まれたんだ」
「雑貨?」
「そう」
「何買ったの?」
「祝ってやれって」
「岩?」

……通訳!
時々起こる、言語障害。原因は分かってる、自分が慣れないことを言うからだ。中西が、辰巳がこんなことを言うはずないと決めてかかってるのだ。辰巳だって、思ってる。こんな言葉、言うはずじゃなかった。

「祝う、だ」
「祝う。なんかあったっけ?」
「お前の誕生日だっただろうが」
「27じゃないよ」
「知ってるよ」
「……あー…うん、28日」

きょとんと目を丸くした中西はしばらく辰巳を見上げて考えて、そのうちひらりとレシートを手放した。ふわふわ、空気の抵抗を受けてゆっくり紙片は落ちていく。体を回して中西は向こうを向いてしまった。
こんなはずじゃなかったのだ。どうせ、中西が自分から祝えと言ってくると思っていたから。

ああ、なんで今更口にしてしまったんだろう。用意していた物だってそんなに対したものではなかったし、マグカップ、出来れば今すぐ叩き割りたい。
ついでに、自分の頭も叩き割れたら、なんて。自分が可笑しいのはわかってる。中西一人に惑わされて、惑わしているつもりのない中西の手の上でひとりで勝手に踊っているのだ。

「……えーと…年明けたんですけど?大分前に」
「知ってる」
「後生大事に、プレゼントを、持ってるわけ?」
「そこの机の引き出しにな!」

畜生!
中西の笑い声がする前に部屋を飛び出した。

 

 


…や、だから………だって、神様の誕生日が悪くね?日付がよォ。
中西が好きでたまらん辰巳は書くのが楽しい。びっくりするほど滑稽です。

060117

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