恐れていた季節になった。


な み だ


「別れたんだって」
「……」

誰が、と訪ねかけて、中西の視線で気付く。談話室のテーブルで、大学資料を広げているのは近藤だ。

「何日って?」
「12、日曜」
「日曜って三上他行く予定だったよな」
「こっちにするか?俺どっちでもいいや、去年も行ったし」
「何しに行くんだよ」
「過去問もらいに」
「あぁ、そういや関本も行きたいとか言ってた」
「ふぅん、一緒に行くなら別にいいけど」
「後で声かけとく」

まだ志望校を決めかねている三上に付き合って、大学のオープンスクールへ行くらしい。高校も3年目、もうのんびりしてはいられなかった。

「ふん、何さ、カッコつけて」
「何のことだよ」

ちらりと中西を一瞥し、近藤は部屋を出ていった。何故だか中西は酷く立腹している。

「…帰るぞ」
「……」

辰巳を睨み、中西は一度辰巳の肩を叩いて足取り荒く談話室を後にした。溜息をついてそれについて行く。

「お前が怒ったってしょうがないだろう」
「近藤がふったってのに納得いかないの」
「…不器用だからな」
「たかが受験で」

当然のように、中西は辰巳の部屋へ。もう今更のことなので辰巳も何も思わない。

「…ねぇ辰巳」

ドアに手をかけて中西は止まる。こちらを見上げ、しばらく見つめ合った。

「────受験との同時進行はしんどい?」
「……かもな」

 

 

 

引退試合は負けた。最後に優勝は飾れなかったが、桐原が珍しく文句をひとつも言わなかったので、あの渋沢さえも涙を流す惨事となった。守護神の崩壊はギャラリーにまで被害を及ぼし、取材にきていたレポーターさえもらい泣きをしたと言うが定かではない。
中西はひとり、グランドを見ていた。こうしてひとつひとつ、終わって行くのか。優勝校が喜びを分かち合っているのが見える。例え勝ったとて────今日で終わりだったのだ。ならば負けてよかったのだと思う。全体的に不安定だった空気での優勝など欲しくなかった。優勝を目標に掲げていても、みんなの思いが同じでも、優勝が最優先だったかと言えばそれは嘘だ。みんな自分の将来を案じていたし、先に待つ別れに不安を抱く。
風はない。流れが止まって息苦しさを感じる気がする。

「やめたくないよ」

中学、いやそれ以前から、ここにある熱量だけを頼りに進んできたのだ。前へ、前へ。これからどうしたらいいのだろう。この手に何が残っていると言うのか。

「…でも最後なんだね」

俺たちの思いとはかけ離れたところで時は流れる。きっと時間と言うのは藤代のように足が速い。気まぐれで、優秀。

「…中西」

隣に立った男が中西の手を取る。熱い大きな手。少し手を見て顔を上げれば、中西から視線を外して、多分泣いていた。妙な時ばかり積極的だ。

「…辰巳」
「……」
「…やっぱいいや、何でもない」

きっとこの男はひとりで先を決めたのだ。進む道を迷わず、中西なんかに囚われず。

「ありがと」

後ろでざわめきがあって振り返る。こっちを見ていた三上がつないだ手を見てぎょっとしたが、すぐに無視を決め込んだ。さっきまで泣いていた顔はお世辞にも綺麗ではないが、何度となく見た顔で安心する。

「何?」
「桐原泣いた!」
「嘘ッマジで!?」

ごめん、と辰巳の手を離して中西は急いで輪へ向かう。うおっほんとだ、誰かカメラ持ってねぇの?中西が騒ぐのを聞いて何人かが笑顔を取り戻している。
戻らなかった辰巳のそばに笠井が来た。目を泣き腫らしている。副キャプテン、の肩書きがつくのにプレッシャーを感じているのかもしれない。しばらく隣でグランドを見つめた。芝生があちこちめくれている。傷だらけだ、

「お疲れ様です」
「あぁ。…頑張れよ」
「はは…。────先輩、聞いて貰いたいことがあって」
「何だ?」
「誰にも言わないでほしいんです。王様の耳はロバの耳、じゃないですけど、」
「あぁ」
「…ご迷惑になるならいいですけど」
「先輩らしいことさせてくれ」
「……三上先輩はどう思ってるか知らないけど…別れました」
「────」
「…だって、邪魔でしょう?」

今だけじゃない。この先、ずっと未来に。

「だって会えなくなったら、多分俺のことなんかいらなくなる、」
「俺は違う」
「…中西先輩に言ってあげて下さい」

…先輩らしいことをするばかりか泣かせてしまった。謝るのは違う気がして、汗に濡れた後輩の頭を撫でる。
中西には何も言う気がなかった。言わなくても伝わるなんて思っていない。それでも、聞かれれば応えるが、口にするのは怖かった。

 

 

「勉強と両立出来ないならやめちまえ!」
「…だからやめたんだろうが」

ちゃっと伊達眼鏡を上げて、中西は近藤の模試の結果を掲げた。何なんだこの成績は!お前のような駄目息子に出してやる学費はないぞ!中西の悪ふざけに頭を抱え、洒落にならないからやめろ、近藤は結果を取り返す。

「つうかお前は」
「俺が頭悪いの知ってるじゃん」
「悪くはねぇだろ。…よくないけど」
「……」
「自分で言ったんだろ!」

チキチキとカッターナイフを取り出した中西から慌ててそれを取り上げる。

「辰巳!こいつの面倒見てろよ!」
「…聞きにきたのは誰だ」
「中西の面倒を見た上で俺に英語を教えろ」
「ふざけるな」

中西はつまらなさそうに唇をとがらせ、近藤の開く問題を覗き込む。先日の模試は、中西の結果は最悪だった。
自己採点をして泣きそうになり、そうしなかったのは辰巳と一緒だったからだ。むしろ一緒だったからこそ泣きたくなったのかもしれない。

「…どっちから言い出したの」
「何が?」
「彼女と別れたんでしょ」
「…特に、どっちからっつうこともなく」
「でもどっちかが先に言葉にしてるでしょ」
「……俺」
「ふぅん」
「何だよ」
「別に」
「…ただでさえ会う時間なかったのに、勉強してたらほんとに無理だし」
「向こう何系?」
「看護」
「あぁ」
「…俺は、お前らが聞きてぇよ」

近藤の声に目を合わせる。互いの意志を確認したことはない。

「…なるようになる」

呟いた一言が、重い。中西が黙って辰巳を見て、サイズの合っていないらしい眼鏡を上げて部屋を出る。

「…何?聞いちゃいけない感じだった?」
「いや…いいんだ」
「中西変なとこで女々しいんだよな。あれ女だったら可愛いって思うかも…いや、悪い」
「…俺も可愛いとは流石に思ってないよ」

電子辞書を叩いていた手を止める。強さに、惹かれた。あんなに脆いなんて知らなかった。きっと表面しか見ていなかったのだろう。だから、しきり直しをするなら今。

「近藤は、受験終わったときのことは考えなかったのか」
「…どっちにしろあいつ四国の方受けるらしいから。受かったらばあちゃんちから通うんだと。俺は遠恋とかできるほど人が出来てない」

手持ち無沙汰に近藤はシャーペンを回す。その近藤と目が合った。
近藤も知らないのだろうか。三上と笠井のことを。…笠井は三上の気持ちは知らないと言った。お互い本意ではないのだろう。

「…俺は離れる気はない」
「…中西に言ってやれよ」

 

 


中西オンリ用だったけど何となくテンションが低いので没った。

060611

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